城内潜入② ー櫓ー
「……以上。質問?」
作戦を一通り話し終え、幹兵衛が皆を見回し促す。
だが、誰の手も上がらず……。
全員の心は、もう既に城の中へと向いているようだ。
梅丸が、鋼太郎の肩に止まる捏を、懐にするりとしまう。
「くっくーー」
「静かにしててくれよな。よろしく」
布越しに、そっと優しく撫でた。
「鉢、焙烙玉、没収」
「えっ⁉︎ あ、あぁ……そうだな」
ごそごそと懐から取り出し、幹兵衛の掌へころころころと乗せていく。
……一体いくつ持ってきたのだ?
受け取ったのとは反対の彼の手から別な玉……煙玉と眠り玉が鉢ノ助の手に渡った。
「使う、こっち」
「だな! 城の家臣、ぶっ飛ばしちまったら大騒ぎだもんな」
「……騒ぐだけで済んだら、誰も苦労しねぇよ。阿呆」
梅丸が冷静に毒吐く……が、いつもより少々苛立っている。
辰ノ組の統率は大体、幹兵衛が取っているが、これから始まる潜入組三人の指揮は梅丸に賭かっている。
……そう梅丸、彼に賭かっているのだ。
なにせ、同伴者がこの鉢ノ助と蘇芳丸なのだから。
「あぁ、くそっ! 不安しかねぇ……」
「頑張ろうな!」
「おう! やってやるぜ‼︎」
温度差のある一対ニの構図。
たが、どう嘆こうが……やるしかないのだ。
三人は堀を挟んで、対側の土手へとひょいと登る。
「鋼太郎」
「は、はい! じ、じゃあ……よし来いっ!」
幹兵衛に促され、鋼太郎は城壁側を背にし、両手を前で組み、腰を落として構える!
彼が、待機組になっているのはこの役目もあるからだろう。
「ちっ!」
舌打ちと共に、梅丸が小さく助走を付けて、跳ぶ!
がっ!
「‼︎」
鋼太郎の手掌面に着地、反動を利用し、空へと高く高く舞い上がる‼︎
小さな肢体がくるりと空中で美しい弧を描く。
「次は俺ーーっ!」
ばっ!
同様に、鉢ノ助も空へと放り投げられた!
今いる地点が最も低地。
堀下げられた側面の土塁、その上に石垣、さらに壁が高く聳えるが、彼等は何の問題もなく軽々と壁を乗り越えた。
皆の跳躍力と鋼太郎の怪力があれば鉤縄を使う必要もない。時間短縮。
「おっしゃ! 俺も行ってくるぜ‼︎」
「す、蘇芳……が、頑張ってね」
「おう!」
優しく声を掛ける鋼太郎に、笑顔を返し、彼も壁の向こう側へと消えた。
乗り越える直前に、霞消の術を展開しながら……。
「い、行ってらっしゃ〜い」
「見つかる、なよ」
三人には届かない送り言葉を溢し、二人は小さく手を振った。
「さて……」
城郭外での待機組とて、何もせずに休むわけではない。
こちらはこちらで役割がある。
「ね、ねぇ幹兵衛。ぼ、僕思ったんだけど……こ、この『おつかい』ってさ……成功すれば若と胡桃に叱られ、失敗すれば汎様に詰られる……よね?」
「正解。……不条理」
「……だね。ま、まぁ仕方ない……か。僕らは忍びだから、命令は絶対だ……ね」
「……」
弱々しく呟く鋼太郎の言葉に、こくりと幹兵衛は頷く。
頭の動きで、少年の眼鏡が少しずり下がった。
それを見て、鋼太郎が幹兵衛の眼鏡をそっと外す。
「……? 何、だ?」
「み、幹兵衛は……今、何処が悪いんだい?」
「!」
この少年は、とても心配症だ。
だからこそ、周りをよく観察している。
そして誰かと違って、けして馬鹿ではない……あぁ、誰とは言わない、あえて。
「か、隠しても、き、気づくよ……僕達は、な、仲間なんだから」
そう言って、鋼太郎は柔らかく微笑んだ。
◇◇◇◇
「はぁはぁはぁ……」
「おい、五月蝿え。さっさとこいつら脱がせるぞ、阿呆め」
「まぁそういうなよ、梅」
「はぁはぁ……息止めて走んのは……いくら頑丈な俺だって、流石に……しんどいんだぜ?」
膝に手を付き肩で息をする蘇芳丸。
荒れた呼吸の中、何とか声を絞り出しながら答える。
三人の足元には、軽く首を絞め気絶させた櫓番が丁度よく三人、転がっている。
きっと自分の身に何が起こったかも分からずに夢の世界へと行ったのだろう……。
辰ノ組の三人共、術を発動しながら城壁を乗り越え、屋根を渡り、見張り番のいるこの櫓まで足を止めることなく一気に駆け抜けた。
普通の城の潜入なら容易いのだが、何せここは吉伏城……浅緋の忍びが入れ知恵をした、忍びの嫌がる城だ。
その上、動きやすい忍び装束は本来、闇に潜むに適した格好だ。
陽の高い時間帯では悪目立ちが過ぎる。
「そんな程度で息荒げたんじゃ、捏に負けるぞ?」
「はぁ? ……俺は鳩に負けるのか⁉︎」
「くっくーー!」
蘇芳丸を少し小馬鹿にした調子で、捏が梅丸の着物の中から鳴き声を上げる。
蘇芳丸による霞消の術はまだまだ未熟だ。
だが、あのかくれんぼの後に『息を止めて展開すると、気配を少しだけ消しやすい』という偶然の発見に至った。
しかし、これは諸刃の剣。
ただでさえ蘇芳丸が苦手とする術に加えて、息止めの消耗は生半可ではない。
いくら体力があろうとも、魚ではない。
人間の息止めには限度がある。
「失礼しまーーす。後で返しますね」
一言詫びてから、見張り番の着物を剥ぎ取り、忍び装束の上から羽織って化ける鉢ノ助。
梅丸も蘇芳丸も急ぎ着替える。
「お前ら……忍びが最も嫌がることは、何だ?」
「「?」」
「『暴かれること』だ。行くぞ、阿呆共」
「阿呆阿呆言うなよ、くそっ」
梅丸が階下へと向かい、蘇芳丸が後へと続く。
「じゃ、これ使って次行こ〜〜」
懐から玉を一つ取り出す鉢ノ助。
さっと腕を捲り、前腕に装着した鉄甲を擦る!
ぼっ!
無から有は作れないが、有から有は至極当然のように生み出せる。
火を起こし、玉の導火線に点ければ、見る間に甘い香りの煙が立ち込める。
気絶させた見張り番には長く眠っていてもらいたい……眠り玉を焚き、三人は櫓を後にする。
若のいるであろう天守閣の広間を目指して……。
その時、先頭を進む梅丸が呟いた。
「忍び……か。蘇芳はともかく、忍びの生まれの鉢に向かって……全くどの口が言っているんだか」
ははっと自嘲気味な笑いを溢しながら……。
◇◇◇◇
「み、皆……だ、大丈夫かな?」
鋼太郎が聳える城を遠目に見ながら、呟く。
待機組の二人は場所を移動し、先程の城郭外から少し距離を取っている。
「櫓番、眠らせ、移動…かな」
「す、蘇芳が何も、こ、壊してなきゃいいけど……」
「祈る、のみ」
二人して同時に溜息を吐く。
落とした視線の先には、青々と草が生い茂る。
「あっ! つ、露草だ……つ、摘んで帰れたらよかったのに……」
「食べれる。若、喜ぶのに。残念」
「わ、若、何だかんだ食い意地張っているから……た、食べられる野草探すの好きだもんな。『おつかい』じゃなきゃ、持って帰れたのに……」
「何も、なければ、持って、帰れる」
「……や、やめてよ。そ、そんな含みのある言い方……」
むうっと頬を膨らせた鋼太郎が、両手で幹兵衛の頬を左右からぎゅっと挟み潰す。
「……やめれ」
雑に手を振り払う幹兵衛。
潜入組の三人、一気に駆け抜ければ櫓には容易く侵入できる。
そこからが問題である。
息を止めながらでの術展開では、蘇芳丸が城の本曲輪までは辿り着けない。
その前には三曲輪、ニ曲輪と順にあり、その最奥に居城が構えているのだから。
息が上がり、術が切れた時に動けなければ、城兵に捕らえられてしまう。
物を壊さず、誰も傷つけず、気づかれることなく、忍び込む。
これを蘇芳丸がこなせるのか……いや、こなせない盆暗は浅緋の忍びと呼べない。
「……す、蘇芳って、変装は…まぁ大丈夫だった、よね?」
「術、集中、すれば」
「か、霞面の術……何かに邪魔されなければ、きっと上手くいく、よね!」
「だと、いいが。……梅も、鉢も、いる。きっと、大丈夫……」
どぉぉぉぉぉん‼︎
その時、城の方角から焙烙玉の音が鳴り響く!
鋼太郎の顔は真っ青になり、幹兵衛の眼鏡はずり落ちた。
「ち、ちょっと……何やってんだよ〜〜鉢!」
「回収、し損ねた、か」
二人は城を見遣る。
空は天高く晴れ渡る……こんな日は、激しい夕立がやってきそうだ。