城内潜入①
若と胡桃が城内の廊下で吉伏城の家臣とすれ違っている頃、辰ノ組は一番外側の城郭土塁付近へと到着した。
若は気配を察知する能力が頗る高いが、周囲に人間が多い場所では、その能力を完全には発揮できない。
二人が城門外にいる段階での到着だったなら、五人は即刻見つかり、若にきつく尋問されていたことだろう。
……これが吉と出るのか、凶と出るのか。
「こ、これから、ど、どうするの?」
鋼太郎が弱々しい声を上げる。
彼の肩には見覚えのある河原鳩、捏が止まっていた。
先程、街道を駆け抜け、城付近にて忍び装束へと着物を脱ぐ際に、里長が遣いで出した捏が追いついてきた。
ばささっ!
「くっくーー!」
里長に飼われているだけあって、鳩ながら気配を殺すよう仕込まれている。
話を盗み聞き次第、里長の元へ伝達出来るようにとの算段か。
この土塁周囲に見張り番は見当たらない……いや、態々ここを超えようとする愚かな侵入者がいないので、配置する必要がないのだ。
五人で円を作る形でしゃがみ、話を進める。
「では、確認。梅」
幹兵衛が促す。
「はいよ。花鳥衆から借りてきた城内の地図。鉢は読めないんだから、よく聞いて頭に叩き込めよ。」
「おう!」
そう言って、梅丸は懐から簡素な一枚の紙を取り出し、ばさっと開く。
「若、ここ」
「ああ、ここが天守閣、最上階の間。若が仕事であれ客人としてであれ、訪問したのなら必ずここに通されるはず」
幹兵衛の指示を通訳するように、以前、花鳥衆と城内に入ったことのある梅丸が、地図を指差しながら説明する。
「侵入、ここ」
「だな。侵入するとしたら、門から離れた今いるここの堀からが妥当だろう。武士は登れないが、俺らは楽勝」
地面を指差し、形の良い唇端を引き上げて梅丸がにやりと笑う。
「さて、本題」
「……誰が行くか、だろ?」
声を上げた者が行きたがっていることを全員が理解している。
「だ、大丈夫? 蘇芳……?」
鋼太郎が不安げな声を漏らした。
眼鏡の少年は全員の顔を見回し、言葉を放つ。
「梅、鉢、潜入。鋼太郎、僕、待機」
「えっ⁉︎ ぼ、僕? な、なんで⁉︎」
幹兵衛の決定に驚きの声を上げる鋼太郎。
本人としては予想外だったのだろう、人の心配をしてる場合ではない。
「……まあ、だろうな。吉伏城の家臣をぶっ殺しちゃまずいからなぁ〜〜」
「ま、妥当だな」
鉢ノ助と梅丸は納得の顔で揃って頷く。
「そ、そっかあ……」
俯く少年、彼自身も己の弱点は理解している為、それ以上は何も言わない。
あくまでも諜報活動。
今後の城と里の関係を考慮すれば、万が一にでも怪我人を出すわけにはいかない。
潜入能力は素晴らしいが、殺傷能力が高すぎる鋼太郎は此度の『おつかい』には不向きなのだ。
「……えっ、あれ? おい、俺は?」
「蘇芳、止めても、無駄」
かちゃりと眼鏡を押し上げ、幹兵衛が呟く。
抑揚なく話すその言葉には、けして諦めなどではなく、仲間への深い情がこもっている。
「上手く、やれ」
蘇芳丸がずっと研修任務にも出れず、燻っていたのは皆、よく見知っている。
そう……これは却って好機。
里長の我儘が蘇芳丸に機会を与えたことになる。
今回の行動成果の如何で、若が少しでも蘇芳丸に対する態度を軟化してくれることを狙いたいのだ。
……それが里長の策略なのか、ただの気紛れなのかは誰にも分からない。
「幹兵衛!」
「しっかり、気配、消す」
浮かれる蘇芳丸に、幹兵衛が念押しをする。
「足引っ張んなよ、阿呆」
「よろしくなーー」
「き、気をつけてね」
辰ノ組は仲間である。
五人の内、誰が欠けても意味が無い。
「若、胡桃、気づく。でも、話、止めない」
「な、なるほど……」
「あぁ、確かに」
「「⁇⁇」」
幹兵衛の言葉足らずな説明を鋼太郎と梅丸は瞬時に理解するが、鉢ノ助と蘇芳丸の頭は要領を得ない。
「梅」
「はいはい。幹兵衛が言いたいのは、若と胡桃は俺らの気配に気づくだろうが、『自分の里の者が忍んで来たんですぅ』なんて、口が裂けても殿様に進言出来ない。まして、話を遮り止めるなんて無礼もしない。よって、ちゃんと広間へ侵入出来れば諜報は可能。汎様の『おつかい』は遂行できる」
「「なるほど!」」
二人は嬉しそうに、ぱぁっと顔を明るくする。
それを見て、幹兵衛は深く溜息を吐くのだった。
「……心配」