かくれんぼ③ ー樫の木ー
もし仮にこのかくれんぼが、『里中に紛れた何者かもわからぬ、数も不明な隠者を全て曝け出せ!』という命令だったなら、私にとっては骨が折れただろう。
……蘇芳丸以外の四人だったら、私の術を掻い潜り、上手く隠れ退けられたかもしれない。
しかし、探知の対象が『辰ノ組の五人』と特定されているなら話は別、いとも容易い。
私はけして、辰ノ組を過小も過大も評価してはいないし、適正な判断を下せるよう、常に冷静に見ているつもりだ。
そう……本当であれば、この五人の能力は優秀……でも、まだまだ私の望む領域には届かないのだ。
「蘇芳は後回しだな……」
姿を隠す霞消の術が蘇芳丸は苦手だ。
己が苦手なことを長時間、集中力を切らさずに継続するのは、かなりの力を消費する。
しかも、面白い程に短気な男だ。
じっと堪え忍ぶのは彼にとって苦痛以外の何物でもない。
蘇芳丸と正面から向き合えば、見つけた瞬間、恐るべき速さで逃げられてしまう。
まともに捕らえることは私の身体能力ではまず不可能……。
体力も精神力もできるだけ削りたい。
卑怯だろうと、泥臭かろうと、どんな手を使ってでも勝つのは私だよ、蘇芳丸……。
「まずは……そうだな……」
東の方向を見遣ると、家が何軒かと畑が広がる。
「最初は鋼太郎に会いに行こうか……」
私は静かに駆け出した。
◇◇◇◇
「この辺りかな……」
最初の探知で大体の居場所に見当はつけてある。
皆、一度隠れ場所を決めたら動かず、息を潜めて気配を殺す。
鬼の接近に気づき逃走を図ろうものなら、即、異変に気づいた鬼に捕まるからだ。
もう一度、地面に手を突き、鋼太郎の気配を探す……。
ぶわっ!
霞が漂い、見知った少年の陰影をすぅっと浮かび上がらせる……お、いたいた。
畑の隣に大きな樫の木が一本。
木の上、枝葉の隙間に身を潜めているのだな……下から見上げても見つからない位置かな……気配もよく消せている。
上手い上手い。
……鋼太郎はまだ鬼の存在に気づいていないな。
すっ……
私は懐から焙烙玉をそっと取り出し、着火……樫の木の根元に向けて思い切り投げつけた!
どぉぉぉぉぉぉぉん!
爆轟音が鳴り渡り、振動で樫の大木が揺れる!
「あっ!」
驚き慌てた鋼太郎が僅かに声を漏らした。
「鋼太郎、みーーっけ!」
「わ、若……ず、狡いよぉーー‼︎」
鋼太郎が涙声を上げながら、幹の裏からひょこっと顔を出す。
長い前髪の隙間から見えた瞳にはやや恨みが滲む。
長い付き合いで皆の性格はおおよそ知っている。
小心者で陰思考な鋼太郎を揺さぶるには、これが一番簡単なのだ。
「勝負に狡いも汚いもなかろうに」
するすると木から降りてくる鋼太郎にそう言い放つ。
忍びは狡猾で非情で残忍である。
「敵に見つかったら、狡いなんて言ってられない。死んだら終わりだぞ?」
俯いた彼の肩に手を置く。
「私は……お前達には生きて欲しいのだ。……それだけは嘘偽りない」
「う、うん……」
「捕虜は屋敷で待っておれ」
さて、次は梅かな……。
一瞬、視線を逸らした時、鋼太郎が何かを投げるのが、目の端に映る。
しまった! 油断した!
きぃぃぃぃん!
高音の澄んだ金属音が里に響き渡る……音鳴玉か⁉︎
そうか、捕まったら仲間に合図を送るのだな⁉︎
……なるほど、それぞれ所持しているのか。
団結……悪くない。
「わ、若を護りたいから……勝つよ、僕らは」
そう言って、優しく少年は微笑んだ。
………………
それは無意識だった。
ばっ!
鋼太郎が微笑んだ瞬間、私は後方へと大きく飛び下がる!
かかかっ‼︎
今しがた、自分が立っていた位置に苦無が三本、綺麗に地面に突き刺さっている!
私の草履を狙ったな……。
その着物の下に、今日も一体、何本の暗器を隠し持っているのやら。
あの茸狩りの時と同じ……鋼太郎が狙うは、私に霞消の術印を結ばせないこと、か。
この暑い季節、身につけているのは薄い着物が一枚だけ。
木に磔られたら、流石に脱ぎ逃げるのが躊躇われる……裸になってまでの逃走は御免被りたい。
ならば、こちらは……。
「うっ!」
飛び下がり、接地と同時に片膝を着き、地面にしゃがみ込む。
左膝下を抑えた両手の隙間から、鮮血がだらりと垂れた。
「えっ⁉︎ わ、若‼︎ そ、そんな‼︎」
油断大敵だよ、鋼太郎……。
手掌に隠した手裏剣で自らの身体に傷をつけ、隙を作り、私は素早く印を結んだ。
ばっ!
「……狂言だ。お前は……私に優しすぎるよ」
舌を出して、あかんべー。
春ではない陽炎の揺らめきに混ざり、私の姿は溶け消えた。
足元には数滴の血痕を残して……。
◇◇◇◇
樫の木から、然程離れていない、里の東のとある屋敷を訪ねる。
「たのもーー青葉殿ーー? 失礼致すーー!」
ぱたぱたぱた……
「あらあら、若。いらっしゃい」
戸口から声をかけると、明るい女性が奥から出てくる。
彼女に手を引かれ、拾われ子の二人も顔を出した。
昼餉を食って落ち着いたのだな、もうすっかり馴染んでおる……青葉殿のお陰だ。
はにかむ表情、穏やかに愛らしい……やはり幼な子は笑っているのが一番だな。
そっと頭を撫でやる。
「ちょっとお邪魔しても良いか?」
「あら、若。やだ、怪我してるじゃない! どれ、見せてご覧?」
脛の傷に気づいた青葉殿の行動は素早い。
こちらが断る暇もなく、あっという間に腰掛けさせられ、処置を施してくれる、ありがたい、が……奥への注意は逸らさない。
身体を捻り、暗い室内に向けて声を掛ける。
「うーーめーー! いるんだろーー?」
しんと静まっている……勿論返事はあるわけがない。
手当てが終わったら、会いに行くよ、梅。
小心者 : ビビり
陰思考 : ネガティブ




