かくれんぼ② ー多数決ー
時は少しだけ遡る……。
蘇芳丸が態度を嗜められた後、呆れ顔の若は一人部屋から静かに出て行った。
「ったく、若はいちいち細けぇなぁ」
「いや、普通」
寧ろ、最低限の礼儀を知らないことは生きていく上で恥である。
若の指摘は優しさ故だが、蘇芳丸はそれに気づかないどころか、煙たがる。
幹兵衛は深い溜息を吐き、眼鏡を人差し指で押し上げた。
「ど、ど、どうするの? あんなこと言って……蘇芳、な、なんか秘策があるんだよね?」
「秘策? んなもんはねぇ! 気合いだ!」
「……阿呆め」
梅丸が容赦なく切り捨てると、短気な蘇芳丸は負けじと言い返す。
「はん、梅、かくれんぼやったことねぇだろ〜〜? 俺が教えてやろうか?」
「ようは日没まで隠れきればいい遊びだろ? 簡単じゃん」
それを聞いて、鋼太郎と鉢ノ助は青ざめる。
「そ、それが……難しいんだよ……」
「あぁ、若は自分なんて非力だなんだって謙遜するが……ありゃある意味化け物だ」
「何が? 忍びだろ? 隠れんの仕事だろ? いつもやってることじゃん?」
不思議そうに梅丸は首を傾げる。
彼の言葉を聞いて鋼太郎が肩をすくめると、長い前髪がさらりと揺れた。
「敵を探索する顕霞の術……ぼ、僕らの術ではせいぜい目の届く範囲まで。若は七つのときに里の半分は手中だったよ。い、今ではどのくらいの精度なのかわかんない」
「……は? 里の半分⁉︎ 広すぎんだろ⁉︎ 聞いてねぇぞ、そんな話‼︎」
苦々しい顔をする梅丸。
「見つかる、当然。どう、逃げる、か」
「む、無理だよ〜〜」
鋼太郎が弱気な声を出す。
子供の頃、どこへ上手に隠れても見つかる……一方的すぎてそもそも遊びとして成立しなかった。
だから幼い頃、若に勝てる者は誰一人いなかった。
鋼太郎、鉢ノ助に梅丸も暗く沈んだ顔。
幹兵衛は相変わらずの無表情。
「いや……子供の頃とは訳が違う! 幹兵衛が言った通り、日没まで逃げ切ればいいんだよ!」
四人とは真反対、蘇芳丸はやる気に満ち、力強く意気込む。
「ん? どういうこと?」
「わかんねぇか、鉢? もし捕まっちまったなら足掻いて足掻いて他の奴が逃げる隙を作るんだ……よ……」
そう言った蘇芳丸の顔がさぁっと曇る。
……一体、誰を思い出したのか。
「……蘇芳?」
「あ、いや……なんでも……しっかし、本当、流石は汎様! 俺達のことをしっかりと考えてくれてる! 若とは大違い‼︎」
無理矢理に話をすり替える。
それを聞いて、ぽつりと鋼太郎が口を開く。
「わ、若……僕達のこと、ちゃんと考えてくれてる……。汎様は……こ、怖いよ……」
「俺、も。若が、いい」
「は?」
「俺もーー!」
「な、何だ? 三人とも……う、梅はもちろん汎様のがいいよな?」
くるりと振り向いて、梅丸に同意を求める。
「あーー俺は正直、拾われた恩義はあるが……俺らが元服したら若に仕えんだろ? だったら……若だな」
「はぁ? 何なんだよ……」
四対一……多数決なら若に軍配が上がるのだった。
◇◇◇◇
五人の作戦会議は昼餉前まで続いた。
「ど、どうにか……ぜ、全滅だけは避けたい……ね。だとしたら……す、蘇芳が最後に逃げ切れるようにしないと……」
鋼太郎が提案する。
「何で俺? 逆じゃねぇ? 一番隠れ下手な俺が少しでも長く若を足止めすれば、お前らが一人でも多く逃げられるだろ?」
「若の、性格……蘇芳、最後」
「はぁ?」
幹兵衛の言葉に不思議がる蘇芳丸。
「蘇芳、強い。霞消……術、苦手。消耗」
「ん? あぁ、確かに…あれ、超疲れる」
不得手な物事に取り組むのは、精神的にも肉体的にも甚だしく消耗する。
「だ・か・ら、お前を弱らせ集中力の切れたぼろっかすの状態にしてから、ひょいっと捕まえちゃえば、絶望感を与えられるだろ? ……ってわけでお前は最後、ってこと」
「うわっ……若、やっぱ性格悪ぃ」
梅丸の説明で、蘇芳丸の眉間の皺がぐぐっと深くなる。
「でもなーーかくれんぼ、里長命令だかんなーー。全力でやんないとまずいしなーー。もちろん、勝てたら一番いいんだけど……」
頭の手拭いに手を当て、うーん、と悩む鉢ノ助。
他の皆も揃って黙り込んでしまった。
「……ねぇ……わ、若の弱点って……な、何だと思う?」
「若は禿だ!」
「そりゃただの悪口だろ、阿呆」
口を挟んだ梅丸も背は高くないからか、『禿』という語に敏感だ。
「そうだな……あいつは……体力がねぇな。顕霞の術だって常に発動し続けることは出来ねぇだろうしな」
「じゃあ、若の体力切れを狙いつつ、逃げ切るってことか!」
「……如何、に?」
話し合いに飽きてきた鉢ノ助が強引にまとめようとしたが、幹兵衛が具体策を所望する。
………………
「なぁ、どこに潜んでも意味無いんだったら、もう捕まる前提で考えようぜ」
梅丸が少し投げやり気味に話を振る。
「うーーん、じゃあもし捕まっちまったら、とにかく少しでも若に抵抗して時間を稼ぐ。それで、隙を見て、これ鳴らそうぜ」
鉢ノ助が懐から、すっと五つ音鳴玉を取り出す。
『音鳴玉』
火薬を使ってはおらず、投げつけることで金属の高音が鳴り響き、味方に知らせる合図音を発する玉。
「蘇芳丸はなるべく体力温存。三人目が捕まって音鳴玉が鳴ったら、四人目と同時に音とは真逆の方角へ、高速で移動する」
「若より俺らの方が足速いしなーー。逃げ切るぞ!」
「……そ、そんなに、うまく……い、いくかなぁ……」
「ただ、実行」
「よっしゃーー‼︎ 絶対に若に勝ってやるからなーー!」
五人は円陣を作り、右手を中央で重ねる。
「勝つぞーー‼︎」
「「「「おーー‼︎‼︎」」」」
辰ノ組はこの時、初めての団結力を見せるのだった。
◇◇◇◇
「もう皆捕まえた。残るは蘇芳……お前だけだよ」
まだまだ、日が夕焼けに変わる気配は微塵もなく、高い位置で燦々と輝いている。
若は蘇芳丸の潜む草叢の傍らに立ち、ぽつりと溢したのだった。