学生たちにできること
祖国アラトニアによる宣戦布告の噂は瞬く間に広まり、当然貴族の多いカーネリアン学園でもすぐさま話題に上るようになった。
「おい、フォーサイス。自国へ戻るなら早くしなくてはいけない。なぜ学園に来ているんだ」
アラマンスが心配そうに告げる。教室には最近では非常事態故に登校する者が減ってきており、まばらにしか生徒がいない。そんな中律儀に留学生のフォーサイスが登校しているのを気にかけてのことだ。
留学生のフォーサイスは開戦間近のジルコニアに残る必要はない。ならば戻るために早めに出国しなければ開戦時の混乱に巻き込まれる。人質としての留学ではあるものの、それは非公式だ。この非常時において彼を引き止める者はいない。
「イヤ。僕はここに残るヨ」
「なぜだ?」
「有事に貢献シテイタ方が今後の交渉にも効果的ダロ」
「打算的だな」
お互いそれは建前だとわかっていながらも、ニヤリと普段の冗談のように笑い合う。この非常事態にそばにいてくれる者こそ本当の友であろう。
「ジルフォード様。我が国はこれからどうなってしまうのでしょうか」
もちろん平民の間でも噂は広まっていたが、情報の精度において貴族の方が勝っていた。ジルフォードはじめ貴族の子女たちは漠然とした不安を語り合うのではなく、お互いできる限りの情報を引き出し、これからの一番安全な身の振り方を見定めるための情報戦を行っているのだ。
「大丈夫。僕らには強い味方がいる」
ジルフォードの言葉にサブリナはじめ周りにいた生徒は一瞬彼の言葉に希望を見出したが、彼がアイルの肩を抱いたことでそれは失望に変わった。
「ジル。いくら何でも女の子一人に何かできるなんて思ってるわけじゃないだろ?」
王族が一人の少女に入れ込んでいるのだ。平常時ならそれでも看過できただろうが、今この状態では皆半眼になるだけだ。
「いや、アイルは奇跡の技を持った人なんだ」
「ジル! いくらアイルが影でも無理よ!」
サブリナがジルフォードをいさめる。
「え、アイルちゃん影だったの?」
気さくなアラマンスが驚愕する。
場は混乱の極みだ。冷静なのはアイル一人。
「相手方、翼竜まで持ち出してきてる」
おしゃべりなデイビッドソンが自前の情報を提供した。
「なんだって? 翼竜なんてまだ実戦に耐えられないだろ。古代の『竜戦争時代』でもあるまいし、そんな……」
「イヤ、ソノハナシ、ホント」
留学生のフォーサイスも自国経由の情報を流す。その話を皆真剣に聞いていた。
貴族の集まるこの場は情報の宝庫だ。欠席している生徒よりこの場にいる生徒の方が生存率が上がるだろうとここの皆が確信している。しかし、旗色の悪い情報ばかりに皆顔色が悪くなっていた。逃亡経路を話す方が賢明だろうと思い、留学生のフォーサイスに声をかけるものが増えてきていた。
そんな中、ジルフォードも情報を整理しつつ皆の声を聴く。王族ではあるが未成年。会議には呼ばれずできることが少ないなか、自国の存続の道を探る。ふと藁にもすがる思いでアイルをみると、何故か彼女は嬉しそうにしていた。
「あの子達がいる。この戦争、話にもならない。大丈夫。ジル、あなたの国を助けてあげる」
「どうやって……」
ジルが問いかけても、うなずくだけのアイル。
「そもそも、なんで?」
その問いかけに、わけもなくアイルは答える。
「あなたたちは友達になってくれた。ランサムが、友達は助けるものだって言っていた。ジル、クッキーをありがとう。サブリナ、カエルもありがとう。今度は食べられるものがいい」
そして、『ランサムから教わったことがもう一つあった』そう言うアイル。
アイルはこの場の誰よりも洗練された淑女の礼を取り、告げる。
「クッキーをくれたジルフォード。御礼として、この国を一度救って差し上げましょう」
 




