アイルの望み
よろしくお願いします
アラトニア急襲の一報があってから、六年が過ぎた。
今ジルフォードは妻サブリナと三歳の娘とともに馬車に揺られ、旅行をしている。戦争があったなどとは思えぬほどの平穏さだ。
「そうしたらね、翼竜が一斉に炎を吹いたんだ。しかも、自分たちを飼っている国、アラトニアに向かってね」
「ブォーって? すごいすごい!」
身振り手振りを混ぜながら娘に話してやると、両手をぱちぱち叩きながら興奮した娘が喜んだ。
「まさか伝説の国の生き残りがこの地にいるなんて、アラトニアの人間は思いもしなかったのでしょうね」
穏やかな顔でサブリナは娘を膝に乗せている。
「そうだね。でも僕らもアイルが翼竜まで使いこなせるなんて思ってもいなかったよね」
あの日。アラトニアから幾千もの兵士が押し寄せ、その背後に翼竜まで引き連れているのを見たジルコニアの兵士たちは、自分たちの国の敗北を早々に予想した。それほどまでに戦力差があったのだ。
アラトニアは戦争の長期化を望んでいない。一気に叩くつもりで割けるだけの戦力を向かわせ、前兆も感じないほどの唐突さで襲い掛かったのだ。
戦法としては正しかったのだろう。順当にいけば双方大した被害も出さずに完全勝利にてアラトニアはジルコニアを手中に収めていたはずだった、のに。
『この国を救ってさし上げましょう』
そう言ったアイルによって、戦況は覆された。
少女一人によって国同士の戦争の展開が変わるなど通常あり得ない。時折英雄などの存在が兵士たちの士気を上げることはあっても、それだけだ。
しかし、アイルは通常の存在ではない。アラトニアが秘蔵の兵器として飼いならした翼竜。その生態もよく知られていない生物兵器ではあるが、ようやく実戦投入できる段階に入ったところであった。むしろこの翼竜がいたからこそアラトニアはこの戦争に踏み切ったという面もある。
だが残念ながら、翼竜原産地はアイルの育ったゲノムの里。何なら飼育担当はアイルその人。アラトニアにおいてはその生態も知られていないが、彼女はその手で孵化をさせ、獲物の取り方を、空の駆け方をも教えた人。
「まさか、あの可愛い顔をした方が、影の長となる人だったなんて」
「サブリナ。君、一時期は嫉妬して嫌がらせまでしてたんだって聞いたよ。ずいぶん危ない事してたんだな」
「だってあなたったら、私という婚約者がありながら、デレデレとしていて腹が立って仕方がなかったのですよ」
「ああ、ごめんよ。僕は憧れの人が目の前にいたから、確かに周りが見えなくなっていたのかもしれないね。でも、デレデレしていたつもりはなかったんだ。彼女は恋愛対象とかではなく、僕にとってのヒーローだったんだよ」
「ヒロインではなくて?」
「う~ん。英雄と言えばいいかな」
「……そうね。当時はわからなかったけれど、今となっては私にもわかるわ。この国の人たちすべてにとって彼女は英雄よ」
アイルは両軍が対峙し、戦争の火ぶたが切って落とされそうになるその直前、すべての翼竜とついでにアラトニアの影も併せて支配下に置き、戦争を開始すらさせなかった。自らの切り札、翼竜たちから突然牙をむかれ、飼い犬に手を噛まれるどころか翼竜に襲われそうになったアラトニアの兵士たちの慌てようは見ものだった。
ただそれを見ていたジルコニアの兵士も何が起こったのか分からず、それが自陣のしかも単なる少女の手による助力だなどとは夢にも思わず、いつその翼竜の牙や鋭い爪が自分たちに襲い掛かるか分からないので戦々恐々としながらただただその地獄絵図を見守るしかできなかった。
「そう。英雄」
「えいゆう!」
アイルのこのお話が好きな娘は、嬉しそうにはしゃぐ。
「この国を救ったのだから、何でも望むものが与えられるというのに。あんなものが欲しいなんてやっぱりあの子は変わっているわ」
「一応僕の親戚が管理している森なんだ。そんな言い方しないでやってくれないかな」
「わかったわ」
サブリナは苦笑いしながら肩をすくめる。憎き恋敵改め、誘拐犯からも敵国からも救ってくれた親友。変わっていると思いつつ妥当でもあるとも思っていた。
「ランサムおじたまのもり! わたしもヨクリュウのる!」
そう。三人が向かう先は、アイルが望んだもの、ランサムの管理する白樺の森。
壮絶な環境で生まれ育ち、故郷を失い友を失い、一時は貴族令嬢に擬態したアイルが一番望んだもの。それは、貴族としての華やかな暮らしなどではなく、白樺の森。やはり一番落ち着くのは生まれ育った環境に似た土地だったのだ。
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