誘拐事件
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「このままでは、サブリナ様のみならず、われら一族も滅んでしまいます。下手をすると、大陸中の影にも影響が……」自身の影たちに懸命に説得されるサブリナ。
それでも納得できなかったサブリナだが、ある一件を機にアイルに手を出さなくなる。というよりもアイルを恐れるようになり、まるで借りてきた猫のようになってしまった。
その一件というのは、誘拐事件。小説やドラマではともかく、現実では貴族のように護衛などが付ついている者が誘拐されることはないだろうと思われがちだが、実はそうではない。
貴族の子女を対象とした誘拐事件は頻繁に起こっている。高額な身代金が魅力なのは勿論、政治的な理由や派閥争いが主なものだ。また経済不安による犯罪者の増加で、下調べが不足して手を出してはいけないものにまで手を出してしまうという事例がある。
今回は後者の例。下調べが圧倒的に不足していた。影を持つサブリナ、王族のジルフォード、そして王族の関係者と見做されているアイル。この三人を対象とした誘拐。
はたしてそんな半端な犯罪者に、王族の協力者を得ることどころかまともな仲間を集めることなどなどもちろんできない。得たのは、交通誘導係。その誘導係に工事中の看板を建てさせたのだ。ただそれだけのことなのだが、それが意外にも効果的だった。
そうとは知らず、罠である道をすすむジルフォードたちの馬車。
「ぼっちゃま。道が工事で封鎖されとります。最近では事前連絡がない工事が増えて困ったものですな」
御者は自分の落ち度を覆い隠すように、行政の手際を攻める言葉を口にした。
その後彼ら一行は交通誘導員に迂回路を案内され、僻地へ誘われる。
徐々に人気のなくなる道。同じように迂回路に回っている者がいるのなら前後に何台かは馬車がそうなものだが、そんな様子はない。御者がそう不審に思ったときにはもう敵の手の内だった。
道端に何か大きな袋のような影が見えたのだが、辺りは木立に囲まれ薄暗くなっていたため直前で気が付き、すんでのところで馬車を止めた御者。しかしその止まった馬車を取り囲むように、複数人の男たちが木立の陰から出てきた。
「おいおい。ひき逃げか。どうしてくれるんだよ」
そういう無精ひげの男が指し示す先には、どうやらうずくまっている人間らしきものが。しかし、それが何なのか、はっきりとは見えない。そもそも接触すらしていないのだ。ひき逃げも何もないと主張したい御者だったが、この男たちが単に言いがかりをつけたいだけだということも、気が付いていた。
「どうしたんだ」
「坊ちゃま。降りてはなりません」
異変に気が付いて馬車の小窓から外を覗くジルフォード。窓からは明らかに堅気ではないと思われる人間が見え、
「スマートな誘拐犯ではなく、寄せ集めのごろつき」
そうつぶやいた。
サブリナは思わずジルフォドにすがりつく。ジルフォードも流石に自身の婚約者をその腕にかばう。
「ジル様怖いです。助けて」
ジルに何かできると思っているわけではないが、思わずそう口にしていた。
対してジルは一歩、歩み出る。何か打開策があるのかと期待したが、そうではなかった。
「お願い、アイル。助けて」
そう懇願する。サブリナは目を疑った。女の子一人になんとかできる状況だとは到底思えない。まさか生贄としてさしだそうというのか。憎たらしいとは思っていたが、犯罪者の慰み物にしようとまでは思っていない。己の婚約者の人格を疑った。
対するアイルはその渦中にあっても特になんの反応もせず平然としている。当然アイルにとってなんの驚異も感じられない状況だ。クッキーのお礼がまだあったなと思い、その願いを叶えてあげることにした。
アイルによって、問題はあっけなく解決に至り、三人は再び馬車に揺られている。
平穏を取り戻した馬車の中、青白い顔をしたサブリナと興奮して赤い顔をしたジルフォード、いつも通りの白い顔をしたアイルが三者三様の様子でいた。
ちなみに御者も青い顔である。そして地に置いて行かれた犯罪者は紅に染まっている。
「みんな殺してしまうなんて……!」
そう言うのは、興奮したジルフォード。かつての救出劇を再び自分の目で見ることができ、また非日常さから受けるストレスで若干ハイになって早口で語る。
「殺してはいません。ランサムから禁じられています」
まじめな顔をしてアイルは模範生のように答えた。
二人の会話を聞きながら、ジルフォードがここまでアイルに傾倒する理由を知り、サブリナの影がここまでアイルを忌避する理由を知ったサブリナ。そして、自分がとんでもない存在に嫌がらせをしていたのだと知り、顔を青くするどころか土気色になっていた。
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