◇五年前の話①
10話の前に11話を投稿してしまっていました。すみません。
ストーリー的に順不同ですが、10話を見逃した方、よければ覗いてみてください。
アイルの故郷である、里の殲滅。
それはアイルがジルフォードたちと優雅にランチをしているその五年前、唐突に始まった。
その日、里の長が族長会議を開いた。広く暗い集会所に音もなく集まる族長たち。ここはいくつかの氏族が集まり山間に一つの里を形成している地域、ゲノムの里。その族長を束ねる者を里長と呼んだ。アイルの親も族長であり、アイルも次期族長に決まっているのでこの集会に参加している。
部屋の奥に作務衣を着た小柄なお爺さんが座っていた。これが里長である。そのさらに奥に座ってニコニコしてるのが里長の奥方。
「母なる国、延珠が滅んでしまった。この大陸を覆いつくさんばかりの魔物の大反乱から、母なる国といえども逃れることができなかったのだ」
里長は淡々と話す。
「我らゲノムの里に住まう者の掟の中に、延珠以外への情報漏洩の禁止があるのは知っているな。つまり、母なる国がなくなってしまった今なすべきことは一つ」
里長は息を一つ吸う。
「里を閉じよ」
アイルには怖いものが二つあった。一つは族長である母親。もう一つは、里長の奥方。『里を閉じる』、つまり自滅の道を選んだ里長の後ろで奥方はニコニコしているのである。
里長の奥方には得体のしれない怖さがあったが、母親の方は純粋に怖い、そうアイルは感じていた。なぜなら彼女は心の奥からこの里に染まった、命令通りに動く殺戮者。今しがた里長より下された命令も、何の疑念もなく遂行するだろう。つまり、今この時より、殺戮が開始されるわけだ。
アイルは里長が最後の言葉を口にし終わる前に小刀を投げた。小刀は吸い込まれるように里長の奥方の喉元へ向かったがそれがどうなったか見届ける前に身を翻して脱出する。
アイルの母親は次期里長候補だ。そしてアイルは母親の後を継いで次期族長となる。つまりこの里におけるエリート。それでも百戦錬磨の里長夫婦や母親を出し抜けたのは奇跡に近い。しかし不意打ちではあるが当然アイル自身に実力がなければ、小刀を取り出すことすらできなかっただろう。
里長の命令を聞こうとする者、逃走を図ろうとする者、または里長の真意をとらえあぐねる者までいる中、アイルは一人、死の気配しかしない部屋からの脱出に成功した。
しかし脱出しただけだ。アイルの母によって集会所の中にいる者の殲滅が終わった際には、面白くもないゲームが始まる。母親との命がけの鬼ごっこの開始だった。
「フィー! どうした、なにがあった」
「シュウ」
『あの音ヤベえぞ』と言って飛び出してきたのはアイルと同年代の男の子、シュウ。フィーというのは里でのアイルの名。ちなみにアイルという名前はジルフォードに尋ねられて適当に名乗った名前だ。任務で偽名をよく使うため、彼らにとって名前などあまり重要ではなかった。
「集会でみんな死ねと言われた」
フィーことアイルは平然とした顔でそう告げる。絶望的状況ではあるが、それが彼女の日常でもあるのだ。
里で危険な人物とされるのは三人。
アイルの生まれ育った場所、ゲノムの里に住まう者がすべて一流の暗殺者なわけではない。各部門に分けられ、暗器製造の専門家や情報分析の専門家などがいた。その中で危険な存在――つまり里長の下した『里を閉じる』という言葉に素直に従い正確に実行しそうな存在。それは一流の暗殺者である『アイルの母』。『砲撃狂』。里長の奥方の『毒姫』。この三人。
その他にも何名か自分でものを考えない戦闘員がおり、その三人に追従するかのように里長の合図に応じて里の民の殲滅作戦を始めていた。
アイルとシュウは命がけで逃げる。
「くそっ」
なんでだよと言いながらシュウも駆ける。
栄華を極めた影の存在の集落は、その主に仕えるという盲目さ、一途さゆえに自らの運命を閉ざすことを選んだのだ。
※ゲノムの里……アイルの故郷。
※母なる国、延珠……ゲノムの郷に住む影の一族に指令を出している国。魔物の暴走で滅びた。




