友人に紹介
王子ジルフォードは近頃アイルにドはまりしてしまっていた。
アイルは、ジルフォードがサブリナに説明したような『助けを呼んでくれた人』ではもちろんない。『圧倒的な戦闘力』で『命を救ってくれた』『クッキーの妖精』である。そんな、少年の夢とロマンとを詰め込んだ存在に思わぬところで再会できたのだ。夢中になっても仕方のないことだろう。
しかし、そんな特殊な事情を知らない周りの人間は、ただただドン引きするのみ。
あろうことかジルフォードは学園内でもアイルに事あるごとに話しかけ、昼時間にはランチを共にし、下校時には自らの馬車に乗せて帰ることすらあった。
婚約者がいるのにも関わらず子爵令嬢にしきりに話しかける王子の噂は、学園中に瞬く間に広まった。
ジルフォードにアイルの紹介をされて戸惑ったのは彼の友人たちだ。ジルフォードは憧れに目が曇って正しい判断ができていなかったのだが、人を見る目に少しでも長けている者が見れば何かがおかしいと思ったはずだ。
ジルフォード貴族連の友人たちはこの得体のしれない存在にどう対応すればいいのかと考えあぐねた。いきなり命の恩人だとして紹介されても疑いの目はぬぐえない。
「みんな。ようやく紹介ができた。この子はアイル・キングストン。オーランド子爵の娘だ」
昼食の時間。学年の異なるアイルを迎えに行っていたため少し遅れてやってきたジルフォードは、カフェテラスに着くなりそう説明した。
ここは高位貴族用のカフェテラスだ。広大な敷地を有する学園には様々な施設が用意されている。食堂や軽食を取る場所は階級ごとに大まかに分かれており、高位貴族用のカフェテラスはゆったりとしたバルコニーが複数設けられており、派閥ごとに使い分けられている。
これまでは別の場所でジルフォードとアイル、そしてサブリナの三人で昼食を取っていた。しかし、当然ながら不自然なこの組み合わせはサブリナに多大なストレスを与える。
『この状況がおかしいとなぜ微塵も思わないのよ!』
とうとう我慢の限界が来たサブリナに言われて、この日から今まで通りカフェテラスで友人たちと食べることになったのだ。
ランチの席には五人の友人達が座っていた。ジルフォードは次いでアイルに友人の紹介をする。
「おしゃべりなデイビッドソン。気さくなアラマンス。無口なランドルフ。サブリナは知っているね。隣国からの留学生のフォーサイス」
「ようやくか。ジル。先んじて噂だけはよく聞いていたよ」
友人のデイビットソンがそう皮肉を交えて告げるが、盲目となったジルフォードは
「そんなに目立っていたかな」
となぜかテレ顔だ。
ちなみにサブリナは怒りのあまり三白眼。婚約者を放置して後輩を迎えに行っているジルフォードに友人たちは微妙な視線を送っている。
そもそも厳しい権力争いの中生き残っていたジルフォードは基本とても真面目で慎重、友人の前ですら気を抜かないタイプだった。それなのに今の腑抜けた表情はなんだと友人たちは内心思う。が、口には出さず見守る。
すでに王弟が身元不明な少女を引き取ったいう話は流れてきていた。ランサムの御付きのオーランド子爵が養子にしたというが、実質的にはランサムの身内となったということだろう。きな臭い話の絶えない王家だ。変人と言われてほぼ放逐されているランサムでも、何らかの策略をもっていないとも限らない。
そう友人たちは警戒しながらも、謎の存在アイルに興味を惹かれ、適度な距離を保ちつつ関わることに決めた。ジルフォードと友人でいる利、アイルの情報を得られる利を考えてのことでもあったが。
「こんにちは。アイルちゃん」
誰にでも気さくに話しかける友人アラマンスが話しかける。
「……こんにちは」
妙な間を空けアイルは返事をする。宰相の息子であるアラマンスは普段からも話し相手が緊張のあまり言葉を詰まらせることに慣れているのだが、アイルについては違和感があった。アラマンスが相手を観察することはよくあるのだが、逆に観察されているような。
「アラマンスガ、カタマッテル」
そう横やりを入れたのは留学生のフォーサイス。そのあとに自国の言葉でアラマンスをからかう。それが最近彼らの流行であった。フォーサイスの国の言葉を理解しているのは、おしゃべりデイビッドソンとジルフォードだけなので、三人だけで笑いあった後で拗ねるアラマンスを宥めるのが高度な教育を受けた彼らの戯れなのだ。
だが、アイルがそれに同じ言葉で流暢に答えた。まさかの状況に逆にその場の5人が固まる。
フォーサイスの出身国は、祖国アラトニアではなく、ジルコニアの友好国でもない。モリア共和国というまだ交流のない国であり、今後友好関係を築くためにいわば人質の意味として首長の息子であるフォーサイスを留学させたといういきさつがあった。つまり、聞き取れる者はかろうじているものの、モリア共和国の言葉が話せる者はジルコニアにはまずいないのだ。
いたとして、モリア共和国との交流窓口となっている外交官一族と、その政治的流れに敏感な一部の貴族・商人が初歩的な言葉を話せる程度だろう。
「……すごいな。一流の教育を受けてきたようだ」
「王弟殿下の教育は流石だな」
デイビットソンとアラマンスが場の空気をフォローするようにそう口にした。違和感はぬぐえない。しかしなぜ話せるのか、深く追及すると藪蛇になると察し、懸命にごまかす。保護してから一年と聞いているが、いくら王族の専門家が付いていようと短期間でここまでできるとは思えない。友人たちはみな無言で顔を見合わせる。ランサムの隠し子説が強まる。そうするとアイルの立場はどのようなものか、慎重に見極めなければいけない。
しかし王子は妄信的だ。友人たちの微妙な空気に全く気が付かないまま、反応の薄いアイルの対して懸命に話しかけていた。
こうして正体不明な子爵令嬢を交えたランチタイムは優雅に過ぎていく。




