王子と婚約と戦争と(後編)
王国歴146年3月、神聖同盟は、年にわたる王国との係争関係に決着をつけるべく、国軍の最精鋭である聖堂騎士団を出撃させた。
その数、一万二千。我々王国側の即応能力を大きく超える大戦力だ。
戦争は、敵勢力を確実に凌駕する大戦力をもってあったるべし。
戦略的な見地からすると、彼らの動きは完全に正しい。
対する王国軍は、王都配備の近衛師団から即応部隊二千を抽出、西部国境線守備の要であるメシナ要塞へと急行させた。
王国は山間の国だ。
だからこそ大国相手に戦争して生き延びている。
しかし、その代わりに国内の街道は曲がりくねっていて、戦域の移動には時間がかかる。
この問題をヴィヴィアンが解決していた。
彼女は無料の炊き出しなどでかき集めた難民を使役して、王都から国境地帯への直通ルートを造らせたのだ。
その時、奴が見せた悪魔染みた手練手管については後に回す。
彼女は五年がかりの大事業で、大部隊の進軍にも耐えうるショートカットルート(通称、ヴィヴィアン・ルート)を完成させた。
我が父国王ジェームズ三世はそれを利用し、流民主体に新編した山岳猟兵三千とともにこのルートを駆け抜けた。
荒地踏破能力に長ける山岳猟兵は、神聖同盟の部隊が到着に先立って着陣すると、メシナ要塞前面の森林地帯に潜伏した。
一方、街道を進んだ王国軍本隊は神聖同盟の侵略軍とほぼ同じタイミングで要塞へと到着した。
両軍が対陣する。
同盟は王国内の街道に斥候を放ちその戦力を掴んでいた。
同盟軍一万二千に対して、籠城側は国境守備隊と増援が合わせて三千程度と彼らは判断。そして後詰めもいない。
王国側の戦力を完全に見誤った奴らは「数的優位ですりつぶす」と要塞城壁に食いつき、その日の晩、背後に潜伏していた山岳猟兵三千とそれに呼応した要塞守備隊二千に挟撃され、本陣が爆発四散して敗走。
神聖同盟側の損害は、死者約七百に加え捕虜二千強。
対する王国軍は、戦死三十二、魔導師の損失にいたってはゼロという大勝利であった。
ヴィヴィアンがうなった。
「いや、これ、完全に陛下のスタンドプレイじゃん。私が造った道路とか関係なくない?」
「その親父が『この奇襲はヴィヴィアン・ルートによって成功した』って言ってるんだよなぁ」
「そう、じゃあ、そうなんだろうね。うまく使ってもらえて私も嬉しいよ。これで感謝の気持ちをちゃんと形でもらえたらもっと嬉しいな」
「それについては身代金予定額の三割をお前んとこの商会に振り込んどきました。あとで確認と受け取り印をお願いします」
「おっす、ゴチになります! やー、やっぱ陛下最高っすわ、一生ついてきますぜ、ぐへへ!」
ヴィヴィアンがげへげへと笑った。
きたない笑顔だ。
公爵家の令嬢の姿か? これが……。
「なぁ、お前の笑顔、なんでそんなにニチャッとしてんの? すごく醜いんだけど」
「マジ? というか言い方酷くない?」
「だって本当に気持ち悪い。その恵まれた容姿をもってして、見る人間に漏れなく生理的嫌悪感催させるぐらいおぞましいとか相当だと思う」
「そんなに……」
ヴィヴィアンが、ショックを受けた顔をしたのもつかの間のこと。
すぐに気を取り直すと、またぐふぐふと笑いながら身代金の総額について確認を始めた。
これが、聖女か……。
ほんと奴らはこの女のどこを見て、「清らか」だの「天使」だのと言ってるんだろうな……。
面の良さしか見てないだろ。
よくわからんことに、ヴィヴィアンの聖女話だが、最近は海外でも有名になりつつある。
神聖同盟の第一皇女のシャルロットちゃん(十三歳)など、この女に対抗して慈善活動を始めてしまったらしい。
プロパガンダによる外交戦らしいのだが、そもそも俺達王国はそんなもの意図していない。「あいつらは一体何と戦っているんだ……」と思いながら眺めている。
この女も炊き出しなどを行うが、その目的は人気取りと人間の調達だ。闇ギルドやヤクザ組織が行うそれと同じ。
教会が慈善活動で行う炊き出しとは、根本的な精神からして違うのだがなぜばれない?
「国家権力盾に手配士の元締め業独占できるんだから、笑いが止まらねぇよなぁ。げっへっへ」
とか笑う聖女がいてたまるかって話だ。
ちなみに、王都の裏社会はこいつと宰相の支配下にある。もう完全に裏ボス。
だから、王子の私を前にして、ふんぞり返って放屁もできる。
「ばすん!」とかいうちょっと他の方にはお聞かせできない音量の屁をこかれて、流石の私も動揺した。
ちなみこれは本人的にも不本意だったらしく、珍しく赤くなっていた。
赤くなりゃいいってもんでもないな、と私は思った。
「この際はっきり言うぞ。お前の能力、財力、マンパワー、どれ一つとっても野放しにはしておけない。この点、王家も宮廷も見解は一致している。諦めて俺と婚約してくれ、ヴィヴィ」
ヴィヴィアンは露骨に嫌そうな顔をした。
「そうは言うけどさぁ……、でも、その話、私になんのメリットも無いじゃんか」
「この俺と結婚できるんだぞ? 最高だろが」
「ハッ(鼻で笑う音)」
おいこら! おいこら、公爵令嬢!
お前、屠殺場で突然命乞い始めた豚さんに向けるような目で自分の国の王子様を見るのはとても失礼なことなんだぞ、わかってるのか、おい!!
……まぁ、私のほうが立場的に弱いから、完全に無力なわけですがね。ははは! はぁ……。
……理詰めでいくより感情に訴えたほうがまだ目がありそうだな。
「母さんがさ。お前に娘にきて欲しいっていってるんだ。もっと一緒に過ごしたいって。それじゃ駄目か?」
「うっ! それは……!」
効いてる。
こいつにも人並みの情緒があったんだな。新鮮な驚きだ。このまま押し切れると楽なんだが。
しかしヴィヴィアンは首を横に振った。
「いや、でもディアナ様にはいつでも会いに行けるし! 私、王城のフリーパス持ってるし!」
「父さんも、お前と戦術談義を戦わせられるのを楽しみにしてるって」
「あ、それはどうでもいいです、はい」
……すんって顔をされた。
父、哀れ。
そして、役立たずがッ!
まぁ、しょせん戦争が歴代最強に強いことぐらいしか取り柄が無いおっさんの力なんてこんなものだ。最初から期待などしていない。
だが、困った。こうなると、もう私には最後の手段しか残っていない。
できればこの手は使いたくなかったのだが……。
やむを得んな。くらえ!
「それにソフィア(第一王女 私の妹 十歳 超絶可愛い)も毎日お前に会えるのを楽しみにしているぞ」
「なぬ!?」
「『お兄様がお義姉さまとご結婚されたら、毎朝髪の毛梳かしっことかしたいわ! 本当に楽しみ!』って言ったぞ。それから他にも……」
「OK, I got it(ネイティブな発音で). すぐハンコもってくる。ハイジ、私の花押持ってきて、ASAP。あ、捺印でもいいかな、ウィル?」
「めっちゃ早口でしゃべる……。どっちでもいいし、なんならサインでも構わないぞ」
「ひゅう! 最高だぜ! 愛してるよウィル~!」
「きもっ」
「死ね」
私の侍従が婚約の同意書を差し出すと、ヴィヴィアンはそれを光の速さでひったくった。
さらさらと署名し、花押と捺印をこれでもかと連打、良い顔したこの女はそれをこちらにすっと寄越した。
「これでいい?」
「ああ、パーフェクトだ。これからもよろしく頼む」
「もちろんだぜ、兄弟~」
そして私とヴィヴィアンはがっちり握手した。
この女の握力がおかしいことに目をつぶれば、完璧な結末だ。
みしっとかべきっとか、しちゃいけない音がしたが、どうということはない。
つうか、いってぇな、おい!
くそぉ、最後まで意趣返しか!
骨の二、三本はいったか?
ソフィアの回復魔法で一発だが痛いもんは痛い。
……まぁ、とにかく書面は用意できた。
あとは、この女の気が変わらないうちに、こいつを王城まで届ければ俺も晴れて家に帰れる。
護衛の騎士に同意書を手渡すと、彼は緊張の面持ちで退出していった。
屋敷の外には近衛の小隊が待機している。
彼らは護送隊列を形成し、王城の公文書保管所まで向かう手はずになっている。
複写を三枚ほど作り各保管場所に封印すれば作業は完了だ。
どんだけ必死だ、うちの王家。
やかましい。
こっちもいろいろあるんじゃい!
まぁ、みな必死なのだ。
一方のヴィヴィアンは、ソファの上で「……あぁ~、ソフィアちゃん! ソフィアちゃん!」と呻きながら、活きのいいウナギのように身をくねらせていた。
幸せそうな顔をしているが、その挙動は妖怪変化の類だ。
村の外れの祠とか壊したときに封印解かれて出てくるあれ。
言い伝え聞いてるおばあちゃんとかが「あんたたち、なんてことしてくれたんだい!」とか言って血相変えるヤツ。
ヴィヴィアンが喜色満面でくねくねしながらしゃべり出した。
「うふふ、一緒に遊ぼうねぇ、ソフィアちゃん! それで髪の梳かしっことしようねぇ! 『ソフィアの髪は本当にきれいね……、でも、きっと他のところもキレイなんでしょうね……、もっとあなたを私に見せて……』『え、お姉さま様、なんですか? あ、あんっ! お姉さま、くすぐったい、だめ、やだ、そんなとこ、ソフィア困ります、いや、やめて、お願い、なんだかソフィア変な気持ちに……!』みたいな! みたいなね! おうふ、やっべ、鼻血出るわ、フォフフ……。こりゃ失敬。ソフィアちゃんの恥ずかしいね! でも、おねぇちゃん我慢できないね! こちょこちょしちゃうね。それで、そのまま、お、おふとんに、ぐへ、ぐへへへへへへ……」
「黙れ」
「なによ」
「不快だ。心底不快だ。虫唾が走る。本当に気持ち悪い。今すぐ口を閉じるかさもなくば死ね」
「罵詈雑言の嵐。でも、しょうがないじゃん。ソフィアちゃん可愛いんだもん」
「まぁ、それはそうだが」
キリッとした顔でうなずき合う。
正直、可愛いソフィアをこの女に近づけたくはない。
絶対に悪い影響受ける。
ソフィアは良い子だから、すぐこいつの真似するだろうし。
それで、そのうちソファの上にふんぞり返って、「がはは! おっと屁が出た、失敬失敬!」とか笑うようになるんだ……。
最悪だ……。お兄ちゃん泣いちゃう。まずい、想像しただけで涙出てきた……。
……落ち着け、私。
涙を拭くと、ヴィヴィが見ていた。
「落ち着けよ。情緒不安定か?」
「うるさいよ。誰のせいだと思ってんだ」
「私のせいだよ?」
「自覚あんのかよ!」
「あるよ! でも、なんでも人のせいにするんじゃ無いよ。お前も王子なら国で起きた全ての問題を自分事として捉える主体性を持て」
「突然思い出したように正論っぽい空言を吐くのはやめろ」
こいつをソフィアの側に置くのは不安まみれだが、メリットが無いわけでもない。
なにせこの女はボディーガードとして優秀なのだ。
まずもって、こいつが負けるところが想像できない。
十回殺しても十三回ぐらいは復活してくる。
復活回数が死んだ回数より多いのは、復活時に確率で二体に分裂するからだ。
下手な神話生物より頑強でしぶといという確信がある。
可愛いソフィアの身の守りに地獄の番犬雇うようなものと考えれば良い。
その餌代が多少かかるぐらいのこと甘受すべきだ。
周囲に犠牲も出るだろうが、コラテラルダメージだ、コラテラルダメージ。
私は以前、ヴィヴィアンに家族全てを失うというくそったれな未来予測を聞かされた。
それを回避するためならば、相応の手は打たせてもらう。
すっきりした顔をしたヴィヴィアンが俺を見た。
「じゃあ、もう用事も済んだよね。お疲れ様です。お帰りはあちらですよ?」
「徹頭徹尾の塩対応だな。お前の辞書に優しさって言葉はないのか、ヴィヴィ?」
「もちろんあるよ。それを捧げる相手があんたじゃないってだけの話さウィル」
「そうかそうか、……今からちょっとだけ泣いていいか?」
「ダメ」
この女が嫁にくるらしい。
楽しい未来がまったく予想できない。私はどうすればいいのかな?
笑えば良いと思うよと、私の心の中のヴィヴィが言った。
お前が言うな、と私は思った。
「一応、俺、婚約者になったんだからさ。食事ぐらいは出してくれないか? 時間も時間だし」
「ぶぶ漬けしかないけど、それでいい?」
「あれうまいよな、頼む」
「いや、さっさと帰れっていう意味だよ」
「知ってるよ。でも帰らねぇよ!」
言われて「はいそうですか」と帰るようじゃ、お前とは付き合っていけないんだよ!
私はそれから二時間ほど粘り、無事、茶漬けの馳走に預かった。
出汁が利いていて美味しかった。具は、梅干しだけだった。
けち!