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【白銀甲虫】シルバービート〜装殻系短編集〜  作者: 凡仙狼のpeco
メタルヒューマンシリーズ季節物
12/12

キュアーズのバレンタイン

「おや、買い物か?」


 学校帰り、『ディライン』本部に現れたいやしに、死骸はそう声を掛けた。

 いやしは手にスーパーの袋を下げている。


「はい。もうすぐバレンタインなのでチョコを作ります!」


 死骸に対してほんわかした笑顔で答えるいやしに、死骸は首を傾げた。


「そうか、もうそんな季節か」


 話を聞くと、何やら今日、カレンはデートらしい。

 カレンの要領の良さに比べ、特に任務がある訳ではない日も顔を出すのは、いやしらしい真面目さだと死骸は思った。


「そういえば死骸さん、バレンタイン知ってるんですね?」


 白く美しい手を頬に当てていやしが首を傾げると、彼女の細い首筋に薄く血管が浮いているのが見えた。

 そこを食んでやれば、さぞかし良い反応を見せてくれるだろうな、と思いつつ、死骸は会話を続ける。


「女が男にリダリカを送る日だろう?」

「りだりか?」


 形の良い目を丸くして不思議そうな顔をするいやしの頬に、死骸は手を伸ばして指先で撫でた。

 きめ細かく、滑らかな肌だ。


 しみ一つないかと思っていたが、撫でた頬と首筋の間に小さなほくろが一つ。

 ゾクゾクするほど色っぽい。

 むしろそのほくろが、神の造形と呼べるほど絶妙な位置にある。


「あ、あの……?」


 少し戸惑ったように頬を紅潮させるいやしに、死骸は我に返った。


「おっと。質問に答えていなかったな。リダリカというのは、チョコの事だ。向こうではそう呼んでいた。メサイアの奴が『女は全員、俺にチョコを寄越せ』とユートピアの法にしていたからな」

「……それはまた、なんとも言えませんね」


 自分の頬を撫でるのをやめない死骸にも、なんとも言えない目を向けるいやし。


 やめてほしいが、何故それを死骸がしているのか分からない。

 だから上目遣いで訴えている、というところだろうか。


 その黒目がちの瞳が、潤んだように自分に向けられている理由を正確に理解しながらも、死骸はあえて無視する。


 死骸的には、あまりの手触りの良さにネコを撫でているような気持ちだったのだが、全く、実際に〝ネコ〟にしたくなるほどに嗜虐心を煽る娘である。


「まぁ、メサイアは色狂いだからな」


 女というものがいやしのような子ばかりならそうなるのも分からないでもないのだが、誰でも彼でもという美学の無さも、死骸がメサイアを嫌う理由である。


「……あの」

「貴様は本当にウブだな」


 あまり虐め過ぎて自分が本気になっても困るので、死骸はいやしの頬から手を離した。


「しかしバレンタインか。懐かしいな」

「死骸さんも、誰かにチョコをあげたことがあるんですか?」

「二度ほどな。口に含んでナメさせてやった事と、手ずから食わせてやった事がある」

「ナメ……ッ!?」


 いやしの顔が燃え上がるように赤色に染まった。

 

「そ、な、」

「貴様も、チョコをくれてやる相手にしてやったらどうだ?」


 死骸の言葉に、いやしは首を思い切り横に振った。


「ででで、出来る訳ないじゃないですかー!!!」

「何故だ?」


 いやしは、そのままノボせてしまうのではないかと思う程に赤くなったまま、顔を伏せた。


「あげるの、ひ、一人は、可憐ちゃんですし……」

「じゃあもう一人は?」


 いやしは、口をぱくぱくさせたまま視線を彷徨わせたあげくに。


「しし、死骸さんは誰かにあげない、ん、で、すか?」


 物凄く分かりやすいごまかしを口にした。


「そうだな……敵になら、くれてやってもいい」

「え?」

「アタシが、チョコをくれてやった二人の話をしてやろう。中々興味深いと思うぞ?」


 死骸は、そう言って婉然と微笑んだ。


※※※


 かつて『ユートピア』でメサイアへの反抗組織に接触し、準備を終えた頃の事だ。


リダリカチョコを食わせてくれ」


 反抗組織のリーダーである男に割り当てられた自室で。

 死骸に移植された舌のみのゾンビである喋る舌ピーピング・タンが、突然そんな事を言い出した。


(アタシに食事は必要ないんだが)


 死骸は、自分の意志で喋る事は出来ない。

 彼女は別々の人種の目を移植された黒と青のオッドアイを持つが、片方の目はタンと繋がっている。


 彼女は会話をする時に鏡があればそれを見ながらタンと話すのがクセになっていた。

 

「いーじゃねぇか。バレンタインとやらは男にチョコを送る日なんだろ? 俺の死骸に色目使ういけ好かねぇ〝ユダ〟の野郎には与えてやるんだろ。なら、俺にも寄越しておかしかねぇだろ?」


 死骸は首を横に振った。


(ユダにやる気はない。それに、誰が貴様のだ)

「およ? そうなのか?」

(いらんそうだ。そして貴様にくれてやる理由もない)

「そんな事言って良いのかい? ある事ない事べらべら喋るぜ。お前のことなら体の隅々まで知ってるんだぜー、俺はよ」

(引き抜くぞ)

「おっかねぇ事言うない。冗談だよ。ちっとくらい楽しい事考えてもいいじゃねーか、ったくよー」


 お喋りをやめないタンに対して死骸は溜息を吐き、部屋を見回した。

 冷蔵庫に目を向けて中を見ると律儀に食材が放りこまれており、中に瓶詰めになった一口サイズのそれがあるのを見つける。


(いつも働いてもらってるのは事実だからな。今日だけだ)


 言って、死骸は口に茶色いそれを放りこんだ。

 死骸自身に味は感じられない。


 必要もなく楽しみでもなければ食事の必要はない為、死骸に引っ付くタンにとっては久しぶりの味わいだろう。


「おお旨ぇ……」


 べろべろと口の中で勝手に蠢くタンに、死骸は眉をしかめる。


(貴様どさくさにまぎれてアタシの口の中まで舐めているだろう。噛み千切るぞ)

「気にすんなよ。ああ、好きな女の唾液と混じって最高の味わいだ……」

(何? 貴様、アタシに惚れていたのか?)


 驚きの事実だ。

 そう思った死骸に対して、食事を終えたタンが心外そうに言った。


「じゃなけりゃ誰が他人の舌代わりになんかなるかよ。俺はお前に、会った時からヒトメボレのベタボレだよ、死骸」

(そうか。なら、最後まで付き合ってくれ)


 死骸は、鏡に映る復讐鬼の顔を眺めながら婉然と笑みを浮かべた。

 タンへの前払いの報酬として。


(ユダは先程、殺されてしまった上に私の血を拒否したからな。残る相棒は、お前だけだ)

「地獄の底まで付き合うよ。腐らない限りはな」


 死骸の両目とタンは、あくまでも応急的に死骸に縫い付けられたものだ。

 彼女の内に流れる神の血の力に耐えられなくなれば、腐れ落ちる運命にある。


 そして、その時は近い。


※※※


 ふと死骸が気付くと、いやしが青ざめた顔をしていた。


「刺激が強過ぎたか?」


 死骸が聞くと、いやしは曖昧に首を傾げてから、死骸が予想していなかったような事を訊いて来た。


「しし、死骸さんの舌と目って、今も、ゾンビなんです、か?」

「いいや。今は自前さ」


 自分本来の、漆黒の瞳でいやしを見据えながら顔を寄せ、薄桃色の舌でいやしの頬を一つ舐める。


「ひっ……」

「ふむ。良い感触だ。噛みたくなる」

「ややや、やめてください!」


 本気で一歩後じさるいやしに、死骸は笑う。


「冗談だ。タンはメサイアに引き抜かれて死んだよ」


 ユダ同様、救済を望まなかったタン。

 死骸の復讐への道のりを、最も長く共に歩んだ男だった。


 死骸の声から何かを感じたのか、哀しそうに目を伏せるいやし。

 優しい奴だ。


 こんなに純粋に他人を想える人間が未だ存在する事に、死骸は妙な感慨を覚える。

 死骸自身にも、こんな頃があっただろうか。


 ゾンビだった頃はこんな風に他人を思いやっていたような気がするが、それすらも遥か昔の話だ。


「もう一つの話はやめておこう」


 いやしにはさらに刺激の強い話になってしまう。

 なんせ、そちらの話は、死骸のもう一つの復讐の話だ。


※※※


「今日も大猟だな」


 メサイアが消え、彼がやっていたのと同じようにゾンビ共を人に戻して『人間区』の生き神として祭り上げられていた頃。

 死骸は、毎日ミイラになるまで血を抜かれる前に必ずやっている事があった。


 午前の分の血を抜いたばかりで青白い顔をした死骸は、捕獲されてきたゾンビどもを前に暗い笑みを浮かべている。

 ゾンビは出来る限り捕獲するように、という死骸の命令は、回帰の絶望に沈む顔を死骸が見たいから発したものだった。


「では、やるか」


 檻の中にいるゾンビを一段高い位置から見下ろしながら、死骸は自らの血を貯めたタンクの栓を緩め、赤い霧のように血を噴射する。

 血染めに変わったゾンビどもは、呻き、叫びながら人の姿に戻った。


 自らの腐臭に吐き、その後、死骸を見上げて崇め始める者と怨嗟を吐き捨てる者に別れる。

いつもの事だった。


「聖女の祝福だ。嬉しいだろう? ……いつも通り、怨嗟を吐く者は殺さなくて良い。外へ放り出せ。感謝を示した者は中へ受け入れろ。そこから先はいつも通り、好きにさせろ」


 応える兵に目もくれず、死骸はふらふらと自室へ戻った。

 午後からはまた、今度はミイラ化するまで血を抜くのだ。


 この楽しみの為だけに、血を抜く作業を二回に分けさせているのだから。

 しかし今日は、血抜きの前に来客があった。


 豪奢なベッドで横になる死骸の前に居たのは、ゾンビに噛まれて苦しむ男。

 名前は覚えていなかったが、彼女の為に従順に敵を殺し、ゾンビを狩り続けている男だ。


 最初の頃にゾンビから戻してやってから熱い視線を向けてくるが、所詮は死骸を放って〝死の安寧〟を貪っていた男である。

 まるで相手にしていなかった。


 ユダほど良い男でもなければ、タンほどマシな頭をしている訳でもない、平凡な奴だ。


「お助け下さい、聖女よ……」


 男は深く頭を下げて、床にこすりつけ、懇願する。


 死骸は、動くのが億劫だった。

 大体、元に戻りたいなら彼女の血は幾らでも保存してある。


 それをわざわざこの場に来る、というのは、単に自分の権力と地位を誇示しているだけだ。

 クソつまらない男だが、しかしゾンビに戻してやるのは癪である。


 ゾンビで在る奴らを殲滅する為に、死骸はこいつらを利用しているのだから。

 起き上がった死骸の目にふと、枕元のナイトテーブルに置いてあるグラスプレートの上で置かれたリガリタが見えた。


「今日は何日だ?」

「2月14日です」

「クッ……ククク」

「聖女?」


 笑みが込み上げて来た死骸は呼び掛ける従者を捨て置くと、自らが思い付いた面白い趣向を実行に移すために、果物ナイフを手に取った。

 自分の指先をピッと薄く裂き、ボタボタと血の溢れ出す指先でリガリタを摘んで捧げ持つ。


 手首を、不快な感触を残しながら自らの血の筋が流れ落ちていった。


「喜べ。従順な貴様に、望み通りに手ずから祝福をくれてやる」


 死骸は男に歩み寄り、袖を抑えながらそっと血塗れのリガリタを男の口許に運んだ。

 水から揚げられて、酸欠になった魚のようにパクパクと必死で口を開く男の滑稽な様を楽しみながら、焦らすようにゆらゆらと指先を揺らす。


 そして、滴る血が男の口許を外れるのと同時に、リガリタを放り込んだ。


「ああ……」


 しばらくして、男が恍惚としたように呻きを上げて気絶した。

 男の腕からは、噛み傷が消える。


「寝かせてやれ」


 男が気を失うと、興味も失せた死骸は命じて、ベッドへと戻った。

 何が祝福だ、と死骸は思う。


 ―――ゾンビで在れる幸福を理解しない愚者めが。


※※※


 バレンタインの数日前。

 クラスの男の子の一人と待ち合わせしながら、カレンはじ〜っとすぐ傍にあるショップのウィンドウを眺めていた。


「どうしたんだ?」

「うん……」


 カレンは笑顔で待ち合わせの男子に挨拶しながらも、目線をショップに名残惜しそうに向けた。


「カレンちゃん、そんな顔してると心配になるよ。言ってみなよ」

「大丈夫だよ〜。カレン、あれが欲しいんだけど、今月は買えないんだ〜。チョコレートの準備で、お金使っちゃったから〜」


 ほんわかと笑顔で言うカレンに、男子は、え、と顔を強ばらせる。


「だ、誰にあげるの? チョコ」

「え〜。そんなの、決まってるでしょ〜?」


 ニコニコと男子を見上げながら、萌え袖の隙間から出した指で、軽く男子の指先を握るカレン。


「う……!」

「でも、いいんだ〜。だってカレン、チョコ喜んでもらえるほうが嬉しいから〜!」


 天真爛漫な顔で言うカレンに。

 男子は、ぐ、と顎を噛み締めると、真剣な顔で言う。


「カレンちゃん。なら、俺がアレ、買ってあげるよ」

「えぇ〜! 駄目だよ〜! アレ、高いのに〜」

「良いんだ。俺の為にカレンちゃんを我慢させるなんて!」


 男子は、ショップへと突撃してしまう。

 

「あ……」

 

 と見送ったカレンは、どうしたら良いか分からない、というおろおろとした演技をしながらも、軽く唇の端を上げる。


「……ごめんね」


 その顔には、『計・画・通・り』と書いてあった。


※※※


 そしてバレンタイン当日。


 昼休みごとにさりげなく一人一人に手渡しでチョコを配ったカレンは。

 『皆にバレちゃうと恥ずかしいから、ナイショだよ?』と男子達にきっちり口止めして、ついでに指先を絡めるサービスを要領よく済ませた後。

 

 放課後、公民館のトイレで着替えた。

 自分の可愛らしさを最大限に引き立てる私服に、さりげなく、ケバくない程度の装飾品。

 顔には、薄く見える化粧を、少しだけ背伸びした女の子系に整えて。


 少し離れた本屋の駐車場で待っていた車に乗り込んだ。


「今日は可愛らしいね」

「ありがとうございます!」


 カズマという名の、道場の門下生の一人で同じ師範代である彼に、いつもとは違う心からの笑みで答える。

 服、装飾品、靴などは全て、チョコレートをあげた男子からの捧げ物プレゼントである。


 ちなみに、これから何をする訳でもない。

 道場の必要な道具の買い出しをするだけである。


 しかしカレンは、その時間を存分に楽しんだ。


※※※


「いやし」

「キョウスケくん!」


 バレンタイン当日の放課後。

 駅で待っていたいやしは、改札から出てきた少年に手を振った。


「ああ、あの。これ……」


 差し出された飾り付けられたシックな包みを、キョウスケは照れ臭そうな顔で受け取った。


「わざわざありがとうな」

「ううん、こないだの、お詫び……だから」


 いやしの言葉に何故か少し残念そうな顔をしたキョウスケだが、すぐに気を取り直したように質問する。


「これ、手作り、とか?」

「う、うん……」


 いやしの渡した袋の中身は生チョコだった。

 簡単なものだが、キョウスケは甘いものが好きだと聞いていたので、嫌がられはしないと思ったが、不安そうないやしの視線を理解したのか、キョウスケは言葉を重ねた。


「嬉しいよ」


 いやしは、その言葉と表情にほっとした。

 帰り道の半分くらいまで一緒なので、並んで歩きながらいやしは、キョウスケの横顔を眺めた。


 出会いは最悪だった。

 彼を悪者扱いしたあげくに腕を折ると言う暴挙……しかも〝キルブレス〟としての恥ずかしい恰好を見られると言うオマケ付きだ。

 後日再会した時にコスプレ扱いされて泣きそうになったのも、今となっては良い想い出だ。


「今日はカレンはいないのか?」


 キョウスケとカレンは犬猿の仲に見えて、実は結構気が合ってるんじゃないか、といやしは思っている。

 その事に少しもやもやするが、何故自分がもやもやするのかはイマイチ分かっていない。


 訊かれて、少しだけ不愉快な気分になった自分を嫌だな、と思いながらも、いやしは微笑んだ。


「今日は、カズマさんと会うんだって」


 少しだけ意地悪な気持ちで言ういやしに。


「ふーん」


 大して気にもしていないどころか、逆に嬉しそうなキョウスケに、いやしは首を傾げた。


「なんか、嬉しそうだね?」

「そりゃ……」


 と答えかけたキョウスケは、何かに気付いて口をつぐむ。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。それよりさ」


 キョウスケは、分かれる角まで来ると不意に足を止めて、ポケットから何かを取り出した。


「ほら」

「え?」


 彼が差し出したのは、小さな包みだった。


「今日呼び出されたから、貰えるんだろうなと思って。これ、お返し」

「え? え?」


 予想外の事態に慌てるいやし。


「だだ、だって、お詫びなのに、お返しって! しし、しかも」


 こじんまりとした包み。

 正方形のそれは、リボンでラッピングされている。


 なんだか、これは、例のアレでは? と、いやしは頬を紅潮させたが。


「いや、これ、ただのマシュマロだからな?」


 いやしの勘違いに気付いたのか、キョウスケも少し赤くなりながら目線を逸らした。


「ホワイトデーとか、会えるかも分かんねーし。俺、あれをお詫びとかされるような事だと思ってなかったっつーか……むしろ俺の方が、礼言わないといけねーじゃん」


 目を伏せるキョウスケに、いやしは首を横に振った。


「そんな事ないよ! アレは……」

「いいから」


 キョウスケはいやしの掌にマシュマロの箱を押し付けると、ぐいっと腕を掴んで引き寄せた。

 いやしは息を呑むが、目の前にあるキョウスケの真剣な目に呑まれて恥ずかしさよりも驚きを覚える。


「キョウスケくん……」

「俺は本気で感謝してるんだ、いやし」


 彼の少ししゃがれた声を聞くと安心するようになったのは、いつからだろう。


「俺があんな風になっちまって。お前が助けてくれなかったら、俺はここにこうして居る事は出来なかっただろ?」


 いやしは、キョウスケの言葉に、腕を掴むキョウスケの頬に逆に手を添えて、微笑んだ。


「ううん。そんなの当たり前だよ。だって、私が頑張れたのは、キョウスケくんの言葉のお陰だから」

「俺の?」

「そう。前、言ってくれた、ありがとうっていう言葉が、私を、きちんと〝キルブレス〟として立たせてくれる言葉だったんだよ」

「いやし……」


 見つめ合う二人だったが。


「はい〜、そこまで〜ぇ」


 突如掛かった声に、バッと離れる二人。


「門下生〜? 強くなるまでお預けっていう協定は、どうなったのかなぁ〜?」

「カレン……ッ!」


 ギリ、と歯を噛み締めて忌々し気にキョウスケが睨みつけた先にいたのは、誰あろうカレンだった。


「かか、カレンちゃん、今日はカズマさんと会ってたんじゃ……!?」

「今車で送ってもらってたんだけど〜。カレンと犬の姿を見掛けたから下ろしてもらったんだよ〜」


 ニコニコとキョウスケを犬呼ばわりするカレン。


「犬じゃなくて狼だっつってんだろーが!」

「そんな口の利き方して良いのぉ〜? 接触禁止をお父さんに進言してもいいんだよ〜?」

「ぐぅ……!」


 キョウスケはどういう事情か、最近カレンの父の道場に通っているらしい。

 聞いたところによると筋も良いそうで、カレンの父はしごきにしごきまくっているそうだ。


 そう思い返してみれば、キョウスケからは最近湿布薬の匂いが絶えない。


「今に見てやがれ、絶対にてめぇより強くなってやるからな!」

「一生無理だよ〜。自分でハードル上げてないで、早く家に帰りなさいよ〜」


 カレンはいやしの手を引っ張り、キョウスケに対して、犬でも追い払うようにしっし、と手を振った。


「〜〜〜ッ! いやし! またな!」

「う、うん」


 何故か悔しそうに踵を返したキョウスケを、いやしは手を振って見送った。


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