単純な男(シオン視点)
あの姉の動向を探らせようとマリアをリリーの会に潜入させたのはいい。その判断をしたのは俺だ。あいつもうまく馴染んでいるらしく、友達も出来たらしい。それは構わない。ただどこかで何かが気に食わない。先日、廊下を歩いていたらマリアとすれ違った。元々、廊下で遭遇したからといって会話をするような仲でもない。あいつにとって俺は主であり、俺にとってあいつは下僕である。そしてこの関係は周囲には隠されている。だから当然のことなのだが。以前なら廊下ですれ違ったとしてもあいつは一人だった。しかし、今ではあいつは楽しそうに友達と話しながら歩いている。何かが気に食わない。
「シオン様。聞いてくださいよ-。私にひっついて回ってたデブな女ったら最近調子にのってリリーの会にまで入って。一体どうやってユリア様に取り入ったのかしら。気に食わないったらありゃしないわ!!」
そうだ。先ほどからマリアの悪口をぴーちくぱーちくさえずっているこの女のせいで俺は不機嫌なんだ。アンナ・ソワーヌ。食事をしようと食堂に来たら絡まれて迷惑である。
「そんな女性いましたっけ?私は覚えておりませんが」
「まあ!きっと興味がなかったのですわね!!」
途端に上機嫌になる。むしろお前に興味がないんだがな。見た目も悪くない。家柄は申し分ない女であるが、いちいち鬱陶しいな。こんなことに時間を使わねばならんこと自体が気に食わない。あの紫紺の瞳が脳裏に浮かぶ。あと2か月で学年が変わる。そうすればあいつを生徒会入れて今よりも近い距離にいられる。アムナートと恋仲ということになってるのが非常に腹立たしいがな。
「アンナ様…」
駆け寄ってそっと声をかけてきたのはアンナの下僕の女である。
「未確認の情報ですが、マリアがユリア様の寮の自室に招かれたようです」
「あの女ったら体を使ってユリア様に取り入ったのね!!」
いや、女同士だろうが。しかし、あの姉昔からやたら可愛い女の子が好きだった気がする。少し、警戒してマリアには釘を刺しておいたが。まさか。まさかとは思うがマリアはやたら色っぽい。表情もあまり変わらないし、動作も優雅で気品がある。あの姉がいつも連れ回してるソフィアのように可愛いというタイプではないが。いや、でもたまに素になると表情もくるくる変わるし、ふいに距離が近くなる。そういうところが可愛くてたまらない。まさかとは思うが。
「悪いが、やらなければいけないことができた。失礼するよ」
「はい、シオン様。またお食事ご一緒してくださいね」
とても残念そうにアンナが言っているが、俺としてはもう二度とご一緒したくない。
下僕を呼び出して、事実確認をしてから動かねばなるまい。あとは明日の朝にマリアを温室に呼び出すようにアムナートに指示を出さねばなるまい。
「下僕風情が、いい度胸だ…」
思わず漏れた笑みにすれ違った女生徒がびくっと体を震わせた。俺はニッコリと王子に相応しい対外的な笑みを彼女に向けた。頬を赤らめてそのまま彼女は走り去っていく。あの下僕もこれくらい単純だったらいいんだがな。いや、それでは面白くないな。
翌日、マリアを呼び出して事実を聞いた俺は脱力することになる。その日一日頗る機嫌が良かったらしく、アムナートには呆れられていた。