第二話『ある伝説の書』‐⑥
オレっち、ネイル、ハイネ、カスミ、エリカ、レイコ、そして、あまりこの名前をいいたくないが、マリエ。『怪奇特捜組』の仲間がこの小屋に勢ぞろいしている。このうちエリカとレイコ、それにカスミは、マリエが身体を横たえているベッドのそばに。マリエは気がついたみたいだ。声をかければ、全員がこっちのテーブルへつくに違いない。
(お菓子もたいらげたことだし、そろそろ『死神の鎌』の探索について話しあってみるか)
エリカらも読み終えたとみえてハイネに本を返している。オレっちは全員が情報を共有している、と思いこみ、まだ知らない者が一人いることを失念していた。
「それじゃあ」と話を切りだそうとしたその時、
「あれっ。それは?」と、ハイネに話しかけるネイルの声が耳に届いた。見れば、ハイネのかたわらにあるものに視線をあわせている。
(そうか。ネイルは知らないんだっけ)
「この本のことかい? 今まで読んでいたんだよ」
「へぇぇ。……買ったんですか? ハイネ」
「ほらぁ、背表紙を見てごらんよぉ」
「ええと。……ああ、村の書庫から借りたんですね。それでどんな」
ネイルの言葉が終わらないうちにミアンが口を開いた。
「それがにゃ、ネイルにゃん。『釜めし』のお話みたいなのにゃん」
(ミアン。お前、一体なにを……)
「『釜めし』って、あの釜めしのことですか?」
「そうにゃん。あの釜めしのことにゃよ」
「それはまたなんで?」
「近いうちにここにいる仲間全員で釜めし大会を開くのにゃと。みんなが好きな具をそれぞれ持ってきて調理。誰が一番おいしいかを競うみたいなのにゃん」
「面白そうな話ですね、それは。でも、一体誰が提案したんですか?」
「もちろん、『怪奇特捜組』の組長にゃんよ」
「へぇ。ソラが」
「そうにゃよ。にゃから、本を読んで一番おいしいものを造ろうとしているのにゃ。ネイルにゃんもぐずぐずしてはいられないのにゃよ」
「というと?」
「みんなに遅れにゃいよう大急ぎで具材を選択、調理を始めるのにゃん。もちろん、具材を煮こむ『たれ』が、ごはんとも相性がよくなければならにゃいことを忘れてはいけないのにゃよ」
「そうですね、それじゃあ早速帰って」
「うんにゃ。ウチも味見を手伝うのにゃん」
「そういって頂けると心強いです。ミアンさん。きっと、今までにないおいしい」
「ちょっと待て、ネイル」
意外な話の展開に呆然としてしまい、今の今までつっこむのすら忘れてしまっていた。
「なんです? ソラ。用事ならお早めにお願いします。これから釜めし大会の準備をしなければならないので忙しいんですよ」
「だから、ちょっと待て、っていってんだよ。
なぁ、ネイル。それにミアンよ。誰がいつどこで、釜めし大会をやる、なんていったんだ?」
「だからそれは」「あんたにゃ」
ネイルとミアンの指先がオレっちに向けられた。
「当然そうに指さしやがって。オレっちがそんなことをいうわけねぇだろうが!」
「にゃんと!」
「ミアンさん。ソラはああいっていますが」
ミアンは首をかしげている。
「おかしいにゃあ。さっき、本を読んでいるさなかにそんにゃ話を聴いた気が。
……にゃあ、ミーにゃん。ミーにゃんは覚えているのにゃろ?」
「釜めし? そんな話聞いたこともないわん」
「うそにゃん。ミーにゃんは具がいろいろ入っている五目釜めしがいいといったじゃにゃいか。にゃあ、ミーにゃん。ミーにゃんってばぁ」
(なんか泣きそうだな)
「ミアン。悪いけどアタシ、そんなことこれっぽっちもいっていないわん。本を読んでいるさなかに、っていっていたけど、確かミアンはうとうととしていたはずよ。夢の中で見たできごとを現実だと思ったのに違いないわん」
「にゃ、にゃ、にゃんと! ……うそにゃあ、うそに決まっているのにゃあ。……ぐすん」
(あぁあ。ついに涙ぐみやがった。……ま、まずい。オレっちの目からも)
床に一てきのしずくが。落ちるのをとめることはできなかった。
「ミアンさん」
『おぉ、よしよし』とミアンを抱きかかえるネイル。
「ウチは、……ぐすん。
ウチは折角おいしい釜めしを食べられると思ったのにぃ。……ぐすん」
「ミアンさん。今夜は僕が腕によりをかけて飛びっきりおいしい釜めしを造ってあげます。だからほら、いつもの笑顔に戻ってくださいよ。ミアンさんのそんな顔を見せられると、僕まで悲しくなってしまいます」
「ぐすん。……ありがとうにゃん、ネイルにゃん」
(ふぅ。どうやら、釜めし騒動は終わったみたいだな。やれやれ)
「ハイネ、それで一体その本は?」
「ネイル君。だからこれは」
「ハイネさん、アタシに任せて」
ぐいっ、とネイルとハイネの間に割りこむミーナ。
「ずばり、『おかま』の話だわん!」
ががぁぁん!
いきなり、ものすごいものを頭にぶつけられたような気がした。
(ミーナ。お前、一体なにを……)
「『おかま』って、あのおかまのことですか?」
「当然、あのおかまのことだわん」
「それはまたなんで?」
(なんかさっきと同じような会話を耳にしている気が)
「ネイルさん。ここだけの話よ」
ミーナはさも秘めごとであるかのごとく声をひそめる。
「実はね。ソラさんは女の子になりたいの」
「ええっ!」「なにぃ!」
ネイルどころか、オレっちまでおどろいてしまった。思わず顔を見あわせる。
「ソラ……。本気」
「なわけねぇだろうが!」
「ですが……、火のないところに煙は立たないともいいますし……」
心なしかネイルの顔が引きつっている。あとずさりさえ始めた。まるで身の危険を感じたかのように。
「火をつけているのは、こいつだ!」
オレっちはミーナを指さす。
「オレっち自身は無実だぁ!」
「えっ。でも確かさっき、本を読んでいるさなかにいったよ。
女装して可愛い女の子になったら、男の子となんとかかんとかって」
「いってねぇよ。大体、ミーナ。お前だってミアンのせなかで寝ていただろうが」
「そうなの? 全然覚えていないわん」
「判ったよ。じゃあ、想いだすまで口を開くな。いいな!」
「ええっ! どうしてよぉ!」
(どうしてよぉ、って……。ややっこしくなる一方だってぇのに。なに考えてんだ? こいつ)
抗議の声をあげるミーナに困惑するオレっち。耳元になにやら笑い声がひびいてきた。
「にゃははは。そういうわけだったのにゃん」
(あれっ。ついさっきまで泣きべそをかいていた化け猫がもう笑ってやがる。
くそっ。こんちくしょう。やい、ミアン。オレっちが流した涙の一てきを返しやがれ)
オレっちのくやしい思いをよそに不敵なつらがまえとなったミアンは、ネイルの腕から飛びおりて、ミーナとテーブルの上で向かいあう。
「ミーにゃん。あんたが眠っていた以上、さっきの証言は全て無効にゃん。とすればにゃ。釜めし伝説は復活にゃあ。やっぱり正しいのは釜めしにゃよ!」
「なにいってんのよ、ミアン。おかま伝説よ。おかまこそが真実なのよ」
「釜めし伝説にゃん!」「おかま伝説だわん!」
「釜めし伝説にゃん!」「おかま伝説だわん!」
「釜めし伝説にゃん!」「おかま伝説だわん!」
…………。 …………。
「はぁはぁはぁ……」 「ふにゃふにゃふにゃあ……」
疲れ果てたみたいな両者。いきなり、オレっちをふり向いた。
「ソラにゃん! どっちにゃん!」
「ソラさん! どっちなの?」
(釜めしとおかま以外、選択肢はねぇのかよ)
「どっちでもねぇ!」
オレっちの一喝にあい、二体は怒られたみたいにそろって、しゅん、とおとなしくなった。
「ということは……全部ミーナさんとミアンさんの夢物語だったんですね」
オレっちは、ネイルが正しい認識を示してくれたことでほっとした。
「やっと判ってくれたか。……いらぬ時間をすごしちまったぜ」
「でも、ソラ」「なんだ?」「本当に?」「あたりまえだ!」
(こいつ、まだ疑ってやがるのか)
「そうですか……。いやあ、ほっとしました。釜めしの件はともかく、おかまが本当だったら」
(ちょっと気になる言葉の終わり方だな……。一応、聞いてみるか)
「本当だったら、なんだよ?」
「いや、『怖いなぁ』と思って。ソラもちょっと考えてみてください。自分の顔を白ぬりにしてぇ、髪をこしぐらいまでだらぁっとさげてぇ、女装してぇ、なんて感じで」
(ええと、ええと……、うわっ!)
「怖っ!」
自分のことながら、せすじが凍るような容姿。
「本当。怖いわぁ」
いつしかカスミがそばに来ていた。ミーナとミアンが話に参加しているのと、オレっちのことが話題のネタになっているから、気になったのに違いない。
「でも怖いものみたさっていうか、たまには見てみたいわ、そんなの。
ねぇ、ソラ。一度でいいから」
「やらねぇよ」
(やってたまるかぁ!)
「まぁ、冗談はともかくとして」
ネイルは本のタイトルに目を向けた。
「冗談ですむかぁ!」
激しくつっこんだものの、誰にも相手にされなかった。
(なんか……悲しい)
そんなオレっちの心を知ってか知らずか、ネイルはカスミやハイネと話をつづけている。
「『天空の村の不思議』……ですか。これって、村に伝わる伝説をまとめた書ですよね。史実といい伝えをごちゃまぜにした」
「ネイル。あなたも見たことがあるの?」
カスミは意外そうな感じだ。
「ええ。最初は書店でちらっと。でも、すぐになくなっちゃいましたけどね。次に目にしたのは病院の休憩室で」
「えっ、休憩室だって? 気がつかなかったなぁ。これってあそこの本棚にあったものなの?」
「ハイネ、休憩室には置いてありません」
ネイルは手をふった。
「この前、村役場のマリアさんが持ってきてくれたんですよ。『こんなものが手に入りましたよ』って。ちらっ、としか目をとおしていないからなんともいえないんですけど、どんな感じの本でしたか?」
「結構、面白い話に仕上がっていたよ」
ハイネはうれしそう。
「よかったですね、いい本にめぐりあえて。それでどこらへんに一番興味をそそられました?」
「ここさ。ソラ君も関心をもってくれてね」
ハイネは例のぺーじを開くと、ネイルに手わたした。
「どうも。ええと……、『死神の鎌』ですか?」
「そうだよ。ところでネイル君。呪術師の君に聞きたいことがあるんだけどさ。かまわないかい?」
「聞きたいこと? なんです? ハイネ」
「このタイトルの『死神の鎌』ってさ。今もこの村にあるの?」
「ありますよ」
ネイルはこともなげにいう。
(へぇ。やっぱり、あるのか……)
「それって一体どこにあるんだよ?」「近いの?」
オレっちとカスミも身を乗りだし、立てつづけに質問を浴びせた。それに対するネイルの答えは簡単きわまりないものだった。
「村の一番大きな山に」
すぐにどこか判った。
(ネイル。暗示めいた言葉を使う必要があるのか? まぁ、どうでもいいことだが)
「村で一番……。ネイル。ひょっとしたら、『亜矢華』のこと?」
(カスミ……。
ひょっとしなくても、一番大きいっていったらそこしかねぇだろう? 常識だぞ)
オレっちはカスミから、『ぶじょくしているの?』って非難めいたことをいわれるのがいやで、この言葉は口には出さず飲みこんだ。
「そうです。自由の森にある霊山『亜矢華』。その中腹に建てられたほこらの中に封印されています」
「えっ!」
思いがけない言葉だったんだろう。ハイネが目を丸くしている。
「本当かい、ネイル君。本当にあの『亜矢華』に」
「以前、レミナさんから聞いたことがあるんですよ」
「えっ。レミ姉から?」
「なんだよ、ハイネ。お前、レミナの姉御を補佐しているんだろう? それなのに聞いたことがねぇのか?」
「全然」
ハイネはオレっちの言葉に、ぶんぶん、と首を横にふる。
「お料理とか装飾具の話だったら、そりゃあもう、ひんぱんにするんだけどねぇ。この手の話は、さっぱりなんだよ」
「うっふぅん。わたちにもそうなのぉん。しぃかもね。目の色なぁんかも変えちゃあってぇん」
レミナの姉御を話題にしたせいか、いつの間にかマリエがエリカやレイコとともにテーブルへ戻っていた。
「ふふ。判りますよ、ハイネ、マリエさん。僕に話してくれるのも大概それだし」
「そういやあ、オレっちもお飾りの話につきあわされたことがあったっけ。つまらないから、知らぬ間に居眠りしちまっていたがな」
オレっちの言葉にハイネも、
「男のぼくたちには全然興味のない話なのにね」とあいづちをうつ。
(ネイルは『僕』で、ハイネは『ぼく』か。なんとなくややっこしいなぁ)
オレっちとハイネ、それにネイルと。この三人で顔を見あわせてうなずく。
「ええっ! そうなのぉ!」
オレっちのすぐとなりには男心の判らない幼なじみがいた。
「やっだぁぁん。あの輝きに、ときめかぬわぁいなんてぇん」
ハイネの幼なじみもそうだった。




