第十七話『あっけない結末』
第十七話『あっけない結末』
ディルド。……オレっちらドラスさえも『りょうが(凌駕)』する、身体能力と霊力を備えた大よくりゅう(翼竜)。空を飛ぶ生きものにかぎっていうなら、天空の村ずいいち(随一)の力といっても過言じゃない。
姿かたちを言葉にすれば、四つ足としっぽはドラスとなんら変わらない。だが顔の形状はだいぶちがう。とりわけ異なるのが口部だ。ドラスが長くとがっているのに対し、ディルドはとがっていない分、ってほどでもないが、ドラスよりも口が横に大きく開く。『下あご』の左右からは、するどいきば(牙)も飛びだしている。いかにもどうもう(獰猛)な、といった印象を受けずにはいられない。同世代どうしではドラスよりもひとまわり大きく、黄金色の身体をしている。せなかに生えているつばさも二枚多くて全部で四枚。あっとう(圧倒)的な速さをもって空を、地をもかけぬける。
(といって、『ドラスが負けてばかり』ってわけでもねぇけどな)
四枚よく(翼)で羽ばたくディルド。行き先はもちろん、黄色い砂のような姿をした霊魔カァネスだ。
「がうぅっ! がうぅっ!(カァネス。ずいぶんとひどい目にあわせてくれたね。このお礼はきっちりとつけさえてもらうよ!)」
「なにをぬかす。今度こそ貴様をこの手でほうむってくれるわ」
ディルドとカァネス。そうほう(双方)がにらみあう。
(いよいよ始まるかぁ)
「なぁ、ネイル。どっちが勝つと思う?」
個人的には、手にあせ(汗)にぎる、といった場面を期待している。ところがネイルの返事は、そんなオレっちのささやかな夢さえ、いとも簡単に打ちくだく。
「聞くまでもありません。ハイネの圧勝ですよ、ソラ。あなただって判っているでしょうに」
(そりゃあ判っちゃいるがな……。ちぇっ。本当、おもしろ味のねぇ野郎だ)
「なぁ、ネイルよ。オレっちら親友だよな」
「ええ。でも、なんです? いきなり」
「ものは相談だが……。うそでもいいからさ。『どっちでしょうか? さっぱり判りません』っていってはもらえねぇか?」
「それで気がすむんですか?」
「ああ」
「判りました。じゃあ、もう一度、聞いてください」
「よぉし。じゃあ、いくぞぉ」
(なんかすっごくわざとらしい気もするが……、まぁいいや)
「ごほん。なぁ、ネイル。どっちが勝つと思う?」
「どっちでしょうか? さっぱり判りません」
がくり。
「あのなぁ。だれが棒読みでしゃべろ、っていったんだよ。もうちょっと心を、だな」
「いちいち注文が多い人ですね。それじゃあ、人間として大成するのはなかなか難しいかと」
「うるせぇ。だまってオレっちのいうとおりに……ぐっ!」
いきなり、ネイルの右手がオレっちの口をふさいだ。
「おや。ハイネが先に動きだしましたよ」
「ぐぐ……。ぷわぁっ。なにぃ!」
ネイルがじゃまな手をどけたのであわてて見あげた。そんなオレっちの耳元に、なにやら楽しげな声が届く。
「にゃあ、ミーにゃん。ミーにゃんはどっちと思うのにゃん?」
「アタシは砂にまみれたくはないわん」
「にゃったら、ハイネにゃんのディルドをおうえん(応援)しようにゃ」
「もちろん、だわん」
ふれえっ! ふれえっ!
戦いというものは、たとえ見るだけではあっても、人の心に火をつける力がある。霊体どもがせいえん(声援)を送る中、戦いの火ぶたは切っておとされた。
(あぁあ。なんてつまらねぇ……)
予想をしていなくもなかったが、あっという間に終わった。戦いをつまらなくした一番の原因をあげるとすれば、短時間でかつ、一方的な決着で終わったことにちがいない。だがほかにも、『どうしてだ?』と不満をつのらせたことがある。
ハイネとカァネス。どんな理由があるのかは知らないが、霊覚交信を『閉じた交信』へと切りかえてしまったのだ。この場合の『閉じた』は、『やめた』という意味じゃない。交信相手を限定した、ということ。戦いのさなか、ずっと二体は自分たちだけが伝わる交信をつづけていた。だから、こちとらにはどんな会話のやりとりがあったのか、どんな心の動きがあったのか、などがまったく届かなかった。
(くそっ。あとで文句のひとつでもいってやらなきゃ、腹の虫がおさまらねぇ)
ってなわけで、オレっちとネイルは視界に映る光景でしか、戦いの状況を楽しむことが……、いや、知ることができなかった。
(ディルドが本気で戦う以上、こちとらはじゃまになるだけだから観客にまわるしかねぇ。ハイネもそれぐらいは判っていたはず。となれば、だ。もう少し盛りあげる工夫なり、努力をするのがふつうじゃねぇか? 本当、ネイルと同じで気の利かない野郎だぜ、まったく)
オレっちは口には出さないものの、心の中ではしきりに悪態をついていた。
(性格がいいんでな)
ふり返ってみると、こんな、だったと思う。
ハイネのディルドが右の前足から光波弾を放つと、カァネスは砂の中に穴を造って、すどおりさせようとした。ところが、砂の間に入ったとたん、光波弾は、ぷわあっ、と拡散、黄色い砂全体をえんじょう(炎上)させてしまう。
苦しみの表情をうかべたカァネスは、最後の手段とばかり、リイゼルが手にしていた黒鎌にとりついた。黒鎌と残り三体の鎌から刃の部分だけが飛びだす。四つの刃はそれぞれの根元がくっつくことで、十字型の『死神の刃』を造りあげた。
死神の刃は高速回転、円状の光刃となってディルドにおそいかかる。ところが、むかえうつディルドも身体全身に光刃をまとっている。同じ光刃といっても、ディルドのほうがはるかに大きい。ぶつかったしゅんかん、死神の刃はふらふら状態。それを見のがすディルドじゃない。すかさず、しし(四肢)全てから光刃弾を連続発射。死神の刃に集中砲火を浴びせて、これをふんさい(粉砕)した。
死神の刃は、ちり(塵)となって消えた。もちろん、依り代としていた霊体も。
そして……おそらくはカァネスも。
オレっちとネイルは戦いの行方をじっと見守っていた。っていうか、手を出したくても出しようがなかった、といったほうが本音のところだ。
「あまりにも一方的でしたね。しかも力技で。いつものハイネならもっと」
「楽しんでやるのにな」
「よっぽど、腹にすえかねたんでしょうが、あれじゃあまるで」
「メル・ドラス。いや、カスミだな」
「ソラ。カスミさんが乗りうつったのはハイネだったりなんかして」
「かもしれねぇな」
今、二人で見た光景なだけに否定のしようがなかった。
ここらへんでそろそろ、と思っていたら、案の定、霊体どもの声が聞こえてきた。
「ミーにゃん。ウチとしてはあれで満足なのにゃけれども、ミーにゃんは?」
「痛快だったわん。ばがんばがん! ぼがんぼがん! 最高だったわん」
「近ごろは、にゃ。頭とおしゃべりで相手を追いつめ、『勝つ』というのが流行っているらしいのにゃけれども」
「アタシとミアンではとても無理だわん。やっぱり」
「うんにゃ。ばがんばがん! ぼがんぼがん! がいいにゃん」
「そのほうが判りやすいわん。それ以外は『ぺけ』だわん」
(おいおい。レイコが悲しむようなことをいうんじゃねぇ。
……とはいっても、オレっちは大賛成だがな)
ひゅぅっ。
静まりかえった森の中、広場にふくいちじん(一陣)の風がオレっちのほおをやさしくなでる。『さぁ、もうお帰りなさい』とでもいうように。
「にしてもネイルよぉ。ずいぶんとあっけなかったな」
「ソラ。終わりっていうのは、いつでもそんなものですよ」
上空にうかぶは今や、ディルド一頭のみ。
「がううぅぅっ!」
勝利のほうこう(咆哮)をあげていた。
(ハイネ、おつかれさん)
「おおい!」
人間の姿にもどったハイネが走ってきた。
「どうだった? ぼくのかつやく(活躍)は?」
さぞや満足したのにちがいない。さわやかな笑みをうかべている。
「うん。カスミだった」
「カスミさんでしたね」
「そんなぁ」
ハイネは打ちのめされたように、がっくりとひざを落とす。この姿を見たとたん、『よっしゃあ!』と不満が一気にふっ飛んだ。
「あれといっしょにするなんて……」
「おい。人の幼なじみに『あれ』呼ばわりはやめろ。あと、がっかりもするんじゃねぇ」
(まぁ、気持ちは判るがな。オレっちもいわれたくないし)
「もっとさぁ。『やったなぁ!』とか、『おめでとう!』とか、はしゃいでくれてもいいんだよ。それがだめならせめて、『よかった』とか『おつかれさま』とかぐらいは」
(さっきからぐだぐだと、なにあま(甘)ったれたことをぬかしてやがるんだ、こいつは)
「そんな気にはならねぇよ。これからやることを考えたらな」
苦い顔をしているであろうオレっちに対し、『まぁまぁ』とネイルが笑顔で話しかけてくる。
「ソラ。それでも一応、死神の鎌については決着がついたんだし、ハイネのけんとう(健闘)を祝して、『ばんざい』ぐらいはやりましょうよ」
「今すぐにか?」
「おや。今やらなくて、いつやるんです?」
「そりゃそうだ」
(あとでやったら、ただのアホだ)
「それじゃあ、いきますよ。せぇのぉっ!」
『「三羽か? 組」、ばんざぁい!』
オレっちだけが言葉をまちがえた。いや、正しいはず、なのだが。
「お前らなぁ……。なんで、『三羽組』っていわねぇんだよ」
そう口にしたあと、『ああ、そうか』って判ったような気がした。
(みんなに『か?』なんてつけられ、アホあつかいされたおかげで、オレっちらのつきあいも深まったんだ。身をよせあい、支えあってもこれたんだ。今回の件がなんとかできたのだって、それが理由かもしれねぇな)
「いいじゃないですか。『三羽か? 組』で。さぁ、ソラもいっしょに」
「そうだよ、ソラ君」
「ああ。判ったよ」
不本意だが、オレっちもいっしょになってさけんでやった。
『「三羽か? 組」、ばんざぁい!』
この際だ。オレっちは、『もひとつ、ついでにぃ!』と言葉をつづける。
「『死神の鎌』の探索および調査をこれにて」
『終了!』
うおぉぉっ!
『三羽か? 組』の三人が三人、声を張りあげて両うでを高くかかげた。
(ふぅ。やっと終わったぜ)
オレっちらは、日が暮れる前に、と、てっしゅう(撤収)を始める。そんな中、思わずうれしくなる発言がハイネの口から飛びだした。
「ソラ君。中央病院へ行くんだろう? だったらぼくが全部運んでいくよ」
(ふぅ。ありがたい。荷物係をまぬがれた)
「判った。それじゃあ、お言葉にあま(甘)えさせてもらうぜ」
たちまちのうちにハイネはディルドへと変化した。気を失っているエリカとリイゼル。それにカスミの遺体が入った大袋をせなかに乗せる。もちろん、オレっちとネイル、ミーナとミアンも乗りこんだ。
「いいぞ、ハイネ」
「じゃあ、行くからね」
ハイネのディルドが大空へとまいあがる。
「ところで、ネイルよ」
「はい? なんでしょうか?」
「どうやってあいつらに、セレンの姉ごへ連絡をとらせたんだ?
『亜矢華』からじゃあ、とどかねぇはずだが」
「ああ、それ」
ネイルはほほえむ。
「ここには、『愛』を判ってくれる僕の信者がいるんです。霊山の中でも霊力が使える奇特な霊体さんでしてね。彼に手伝ってもらったんですよ」
「『愛』を判ってくれるって……」
いやな予感がした。
「そいつってまさか」
「ええ。もちごろうさんです。以前、お見かけした時よりも、だいぶ小さくは、なっていましたが、『おれさまは』なんて相変わらず、いば(威張)っておいでで、たいそう、お元気そうでしたよ」
(あいつ、生きのび、いや、にげのびやがったのか)
「ソラも会ったことがありますよね」
「えっ。ああ」
「もし会うことがあったら、って伝言をたのまれたんですが」
「へぇ。なんていっていたんだ?」
「確かこんなぁ……」
ネイルは覚えている言葉……多分、そのまま……を口にした。
『おれさまがぶざまな負け方をしたのは、「自分が強かったから」、などとうぬぼれてはいまいな? 敗因はほかのだれでもない。おれさま自身なのだ。いわゆる、「強者のおごり」というやつが、おれさまの負けをさそった、と考えるのが正しいものの見方である。たとえどんな小物相手であろうとも、戦う以上は全力をつくす。そんな基本とすらいえる戦いの極意さえも忘れた者に、勝利など訪れるはずがなかったのだ。
聞けば貴様は愛の伝道師とか。ならば、おれさまの愛を以って今一度の戦いを所望したい。とはいっても、「我が身が元にもどるまでこの地で待て」、などの無理をいうつもりは毛頭ない。戦えるようになり次第、霊覚を用いてただちに知らせる。ゆえに受けとったら、ここへかけつければよいのだ。どうだ? おれさまの身に余る温情は。うれしくてなみだがとまらぬであろうが。わっはっはっはっ。
ソラとやら。再びあいまみえるその日を心待ちにしておるからな。今度こそ、手加減なし、正々堂々の勝負をしようではないか。
熱くたぎらせたおもちを力の許すかぎりたくさんぶつけ、必ずや貴様の息の根をとめてみせようぞ。
わっはっはっはっ。わあっはっはっはっ』
「ってなことを」
「なんでオレっちに。あいつを相手にしたのはカスミとマリエ、いや、メル・ドラスとディルドだぞ」
「僕にいわれても」
「ところでネイル。愛の伝道師ってだれのことだ?」
「これ」
「オレっちを『これ』呼ばわりするんじゃねぇ。あと、指さすのもやめろ」
「なに、かりかりしているんですか?」
「人に無断でつまらん『かた(肩)書き』をこさえるんじゃねぇ、っていいたいだけだ」
「ほぉ。愛がつまらないと? 愛がいらないと? 一生、ひとりでいたいと?」
「いや、そこまでは」
「ソラ。人間はね。なんのかんのといっても、愛を求めてさまよう生きものなんですよ。いわば、みんながみんな、愛の伝道師なんです。ただそれを自覚していないか、あるいは心に秘めて表に出さないか、のちがいだけで」
「判ったような判らないようなことをいいやがって。……まぁ、いいや。
なぁ、ネイル。お前、いつかまた、やつに会うことがあったら、オレっちの返事を伝えてくれねぇか」
「構いませんよ。なんていえばいいんですか?」
「『やなこった』。それだけでいい」
「ふふっ。ソラ、らしい言葉ですね」
オレっちはかたわらに置いた黒い大袋に手を乗せた。
「なぁ、ネイル。カスミを元にもどせるのか?」
「ソラ、できるかぎりの手はつくします」
「できるかぎり……か」
「すみません。月並みないい方で。ですが、今はこれしかいえません。かんべんしてください」
「……ああ」
「大丈夫だから」
「えっ」
オレっちの心にカスミの声が伝わった。
「ネイルとセレンのお姉さまに任せよう。きっと元の身体にもどしてくれる。また会えるよ」
「……そうだな。オレっちもそう思う」
こくり、とうなずいた。
ごろごろごろ。ごろごろごろ。
遊んでいるのか、ミーナとミアンがディルドのせなかを転がっている。
(まぁ、オレっちらが立とうが、ね(寝)転ぼうが、ここなら安心だがな)
せなかから立ちのぼる霊波に守られながら、一路、中央病院へと飛んでいった。




