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ж ж ж ж ж ж ж ж


 平幸四郎たいらこうしろうは、留置場の白い壁を見つめながら

物思いにふけっていた。白い壁は少しくすみ、ライトグレーに近づい

ていた。体育座りで両ひざの上に顎を乗せながら、一点を見つめ続け

る。昨日の聴取も大したことなかったわ。平は回想する。


 若い刑事はこう言った。

「キミがHくんを殺害したのは間違いないんやな」

 何度も何度も聞かれた質問だ。もう反抗するのも億劫になっていた

平は、にべもなく返答した。

「そうや。間違いない」

「犯行の方法は?どうやって殺したんや?」

 平は少し考えるふりをして、しばらく間をあけて答えた。

「記憶がないんや。焼き殺したんちゃうか」

「ハー」

 若い刑事は、あからさまにうんざりとした様子でため息を吐いた。

平は内心ほくそ笑んだ。若い刑事は、初めて出会ったときから明らか

に疲労して、めっきり老けこんでいた。言を左右して、平が明言しな

いのが効いているようだ。

「凶器はどこにあるんや」

「家の押し入れにしまった。あれ、机の引き出しやったかな」

 平は、凶器となりそうなものがそこにないことを知っていた。言い

逃れをしておけば、警察は自分を拘留できないと思っていた。

「そこにはなかったんや。キミの家には凶器となりそうなもんは……」

 刑事は自信がなさそうだ。

「じゃあ、台所かも」

「もうええ。凶器はもうええ。キミは遺体を置いた現場に、つまりHく

 んの首を置いたキミの中学校やな、どうやって行ったんや」

「歩いて行ったやん」

「いや、そういうことやない。家には人もおったやろ。家族の目をご

 まかしてどうやって置きに行ったんや」

「僕はエスパーやねん。留置場からも抜け出せるで」

 刑事は、瞬間、戸惑った表情をした。どっちが刑事やら。平は思わ

ず笑みがこぼれた。若い刑事は、平におちょくられているのは分かっ

ているが、内心葛藤があるのか、彼に強硬な態度で接することはでき

ないようだった。それが彼の態度を大きくさせた。

「脱獄はやめてんか。なぁ、ホンマのこと話してくれんか」

「せやから、僕が殺したんは間違いない。でもいろいろ忘れたんやっ

 て、言うとるやろ」

 そんなことをしている間に、夕方になり、平は聴取から解放された。



 こんなことしとる場合ちゃうで。留置場の白い壁を見つめるのにも飽

きてきた。ぐるぐる視界をまわして、ごろんと床に横になった。

 僕の人生はいったい何やったんや。いじめられて、学校にもよう行か

んようになって、荒れて、ケンカもようした。あいつら何で嘘つくん。

僕に殴られたいうても、嘘ついて仕返すなんて最低や。猫なんぞ殺すか

いや。気持ち悪い。

 少年の頭は、留置場以外の普段の生活のことでいっぱいだった。警

察とのやり取りは、彼にとってはどうでも良いことで、どうなろうが

関係なかった。何度も繰り返される聴取という行為に、飽き飽きして

いた。

 ごろごろしているところに、頭から声をかけられた。

「平、出えや」


 年上の刑事と、昨日の若い刑事に連れ添われて第一取調室に通され

ると、手錠が解かれた。

「ほいで、今日の取り調べはワシが担当する。田中や」

 昨日の若い刑事は、田中の後ろに控えていた。

「おっちゃん、いつになったら終わるんやコレ」

「お前が自白ゲロったら終わりや。それからぁ」

 田中は平の襟首を勢いよく掴むと、すごんだ。

「おっちゃんはいいが、口のきき方に気をつけえ。目上の人間には敬

 語や」

 田中がパッと手を放すと、少年はパイプ椅子にへたり込んだ。

「おっと、今のは暴力ちゃうで。教育や。三須ちゃん、教育やな?」

 年上の刑事が何かいうのを聞いたが、自分が咳き込む音に紛れて、

平の耳には聞こえなかった。ゴホゴホと激しい調子で咳き込むと、涎

と痰が同時に口からあふれた。思わず涙もあふれた。

「おいおい、そんな強くやってないやん。なぁ。今日は協力してくれ

 るんやろ?」

 両手で顔を拭いながら、平は思わず何度も肯いていた。もう叩かれ

るのは嫌やねん。幼いころの思い出が、平の頭にフラッシュバックす

る。

「お前が殺したんは間違いないんやな」

 こくこくと平は肯く。

「何で殺したんや。まだ年端もいかないガキやで。お前の挑戦状の犯

 行動機とあわないやん。お前はあの子を野菜と思っとったんか」

 こくこくと肯く。何度も何度も。

「野菜やあれへん。あれへんよな。おっちゃんも野菜や思とんのか?

 どんな野菜や。ジャガイモか?」

 たっぷり10秒間たってから、平は答えた。やっと咳がおさまった

ようだ。

「野菜やあれへんです。Hくんも野菜やあれへんです」

「そうやな。野菜やないんやったら、何で殺すねん」

「目立ちたかったからです」

「おかしいのう。目立ちたくて殺すんやったら、おっちゃんみたいな

 大人の方がお前の目的にあっとるんちゃうか。子どもを狙うなんて、

 理解できんのう」

 田中は犯行声明文の犯人の動機を指摘している。

「子どもの方が殺しやすい思ったから」

「敬語っ!」

 バンと机を叩き、田中は少年を威嚇する。デスクランプが揺れる。

「思いました」

 少年はあわてて、付け加えた。

「ホンマ、最初っから教育し直さなあかんのう。

 ほんなら、犯行声明文は嘘やいうことかい。義務教育への復讐なん

 だらいうのも」

「嘘です。嘘を吐きました」

「そしたら、お前はあの子を殺したくって殺したんやな」

「はい。すみませんでした」

「謝ったってあかん。もう遅いねん。動機はあとでもっかい聞くわ。

 凶器はどこにあるんや」

 田中はねちっこい視線を平に向けた。視線をそらすように、平は下

を向いた。

「凶器なんて、知りません」

「知らんやない。お前が殺したんやろ?

 タンク山の裏に入角ノ池いうところあったわいな。あそこに捨てた

 んちゃうか」

「捨ててへん、です。僕、そんなとこ知らん。知りません」

「そこなら血液反応がなくなる思て捨てたんやな。な?」

 表面的にはにこやかな笑みを浮かべているが、田中の笑顔には脅し

の調子があった。安っぽい事務用ペンを、力任せにひん曲げている。

少年の目線は、そのペンにだけくぎ付けにされていた。インクがひしゃ

げて、ペンの内部は真っ黒に染まっていた。

「はい。捨てました」

「そうやな。捨てたんやな。入角ノ池で間違いないな」

「はい」

 田中は肯くと、振り向き、調書の書きとりを確認した。

「それからやな、首を切った凶器は何や。ノコギリか」

「そうやと思います」

「普通のノコギリちゃうな。金ノコか」

「はい。そうやと思います」

「そうやと思います、ちゃうねんで。人殺しといてなんや!その態度

 は!」

「すみません」

 平は目にたっぷりと涙を浮かべていた。年若い刑事の方が、年配の

刑事の方に何かぼそぼそ言っている。めんどくさそうに肯くと、田中

は作り笑いを浮かべ、

「すまんかったな。おっちゃんも正義に燃える警察官や。ついつい熱

 くなってまうねん。野菜と思って、お前はHくんの遺体を切断したん

 やな」

「ちゃいます。野菜とは思ってません」

「ほんなら、殺すに飽き足らず、どうして切断したんや」

 しばらく目を伏せたまま、平は考え込んだ。手探りで答えを探すよ

うに黙った。少しのあと、ぽつりともらす。

「切断した方が目立つ思たんです」

「お前の犯行が目立つ、言うことやねんな」

「いえ、彼の遺体が目立つ思たんです。早く発見してもらえる思て。

 思たんです」

「ほいだら、何であんな挑戦状なんぞかくねん!こっちは赤っ恥や!」

 机をバンバン叩いて、田中は平を睨みつける。少年はすっかりおび

えていた。

「あれは僕やない。僕が書いたんやありません」

「お前以外の誰が書くねん。警察おちょくるために、お前が書いたん

 やろ」

「田中さん、落ち着いてください」

 若い刑事が、田中を押さえ込んだ。目に余るのか、何ごとかつぶや

きながら田中をなだめている。田中は興奮冷めやらぬ様子で、顔を真

っ赤にしている。

「僕やない。僕やないんや」


 少年はそれっきりふさぎ込んだ。

 少年の精神状態が悪化したので、その日の聴取はそこで終わった。

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