第26話 価値あるもの
「俺ァな、この世の全てが欲しいんだ」
憎たらしい笑みを浮かべる計は、突如乱入してきた戦車の前でそう切り出す。その戦車は今や装甲が削られ黒煙を上げさらにはひっくり返されてと散々な状態だ。当然ここまでブチのめしたのは他でもない計自身だ。
「金とか名誉とかだけじゃねー。コレクター垂涎の銘酒、国が傾くほどの美女、天下を左右できる宝石、世界を滅ぼせる超兵器! この世にゃスバラシイものがごまんとありやがる。そんな世に男として、いや、ネクストとして生まれたからには全てを手に入れるのが世界やスバラシイものたちへの礼儀だって思わねーか?」
『…………』
「『力を持つ者全てを持つべき』。俺が昔から思ってることだ。よえー奴が身も丈に合わねーモンを持っててもその価値に泥がつくだけ。そう考えると俺の思想と行動はいわば救済なんだろーな」
『救済……だって……?』
戦車のスピーカーから聞こえる怒りに震える声に、計の笑みがますます残酷に歪む。
「そーだよ救済だよ。持たれるものだって持つものを選ぶ権利があり、そのどれもが俺のよーな最高位に位置する人間に持たれることを望んでんだ。俺はその願いを叶えて、そして壊すんだ!」
『ッ!』
「かつて誰かのだったものをこの手に収めて、ブッ壊す。あの取り返しのつかない消失感と破壊の快感こそが俺が人間である実感を覚える瞬間だ。その点テルミはダメだ。あんなサイコーな実験動物を飼い殺しにしてるとことか見てらんねーよ。壊してこそ価値があるモンを大事そうに守るだなんてイかれてるとしか思えねー」
『イかれてるのは……貴様の方だよ……ッ!』
装甲越しにも分かるメガネの少年の怒りの感情に、計は神経を逆撫でする高笑いで応える。
「クァーッカッカッカッカッ! この世の全ては適材適所。最高には最高の環境を、平凡には平凡な環境を充てることが世界を上手く回す最善策の一つになってる。だから俺に最高のオモチャを提供するのは当然の摂理だってんだ」
『あの娘は貴様のオモチャなんかじゃない。テルとお互いを理解し合う大切なパートナーだッ。貴様なんかに二人の絆を壊させはしないッ!』
「あー悪い、そーゆー形のねーモンには興味がねーんだわ。それにな、今の俺が欲しいものはもっと別のモンなんだよ」
ドン、と戦車に手を置いて寄りかかる計が、その瞳に明確な破壊の意思を宿らせる。
「俺ァ今まで生物機械問わずあらゆるものと戦ってきた。いや、いたぶってきたと言うべきだな。どいつもこいつも話になんねー。ちょいと電流流しただけでイっちまうなり壊れるなりしちまうんだもの。まーそんな俺に渡り合ったのがコレだってことだ」
ガンガンとノックするが中にいるメガネの少年はピクリとも動かない。おそらく極度の恐怖で感覚が死んでいるのだろう。
「コレ、一人で動かしてんだろ。隠しても無駄だぜ、俺には能力の応用で内部の情報なんざレーダーみてーに一目瞭然だ。スゲーよな、たぶん通常の仕様に囚われねー独自の規格と技術で作ったんだろーよ。つまり俺のモノになる資格と価値は充分にあるっつーこった。オラ、泣いて喜べよ、カカカカ!」
行動不能の獲物を前にする喜びや緊張をほぐすため、その蛇のようなスプリットタンで唇を一舐めする。
「安心しな。天国への片道旅行に行くテメェに手向けとしてテメェの弟妹を送ってやんよ。向こうでもいつも通りの関係でいられっかは知らねーけどなァ! クカァーッカッカッカカカカ!」
高らかに笑い終わった後、楽にさせるために戦車に添えた手に力を込めようとする。
その直前、スピーカーからメガネの少年の声が響いた。
『フフフ。クフフフフフフフフフ』
それはこの状況にはあまりに似つかわしくない楽しさに彩られていた笑い声だった。そして、自分が人をバカにする時にするものとなぜか酷似していた。
『いやあ面白い。いくら価値があっても所有者が馬鹿だったら持ち腐れだというのに、それにすら気づかないなんてもはや救いようがないよ』
いや、酷似も何も、つまりはそういうことなのか。
『残念だけどこの「A-MAX」は操縦手、砲手、装填手、無線手、機関手、機銃手、観測手のすべての役割を一人で担うために相当複雑な操縦フォーマットに構築していてね、僕の処理能力、つまり頭の回転の早さでやっと動かせるものなんだ。お前みたいなチンピラの脳みそじゃ一生かかっても運用どころかキャタピラ一つ動かせないよ』
普段自分が発する軽侮の感情を自分に向けられ、計はえも言えぬ嫌悪感を覚える。
『妹たちが僕を恨むと言いたいのかい? チンピラと言えど面白くないことを言うね。僕はあの子たちを愛している。あの子たちも僕を愛してくれてる。お前と戦った結果がもしそうだったら納得してくれるさ』
「……あー?」
『空井さんの存在はテルと一緒にいてこそその真価を発揮する。お前みたいな破壊ジャンキーだと宝の持ち腐れもいいところだね』
「言いてーことはハッキリ言いやがれクソメガネ。まどろっこしーのはナシだ」
『クフフ、ごめんごめん。どうも僕は嬉しくなると話が長くなる癖があってね。単刀直入に言うよ』
能力越しにもはっきりと分かる嘲笑とともに、メガネの少年はこう言ってのけた。
『お前にあの二人は壊せない。彼らの何をも奪うことはできないよ』
その言葉を聞いてビギリ、と青筋を立てた計は今度こそ『A-MAX』に添えた手に全力の雷を込めようとする。そのコンマ数秒の間に、装甲部分がバラバラに弾け飛び、籠城していたはずのメガネの少年が目の前に躍り出た。
計の能力は『雷神の鼓』。生体電気の電圧を放電できるまでに引き上げることができる電気系統最高位の能力で、それは電磁力による擬似念動力や電磁波の反射を利用したレーダー能力など応用が利く。だが、ボルトやナットなどで組み立てられたものを解体するほどの正確性はまだ持ち合わせていない。
そして、資料に記されていたメガネの少年の持つ才能を思い出し、かつ彼が指に挟んでいるものを見ればこの摩訶不思議な現象に納得できた。
「クソがッ! 『解体』の才能か!」
「その左腕、いただくよ」
メガネの少年の持つ数多の工具が投げ捨てられ、その双手が計の左腕に襲いかかる。瞬きもしないうちに計の五指がクモの足のように不自然に長くなり、続いて手首のあたりが掴み取りセールの袋のように不気味に隆起した。
「あ、お、……っらあああああああああああああああああああ!!」
ここでようやく斥力を全開にしてメガネの少年を『A-MAX』の中へと押し戻し、そして痛みと怒りに絶叫を上げる。
「このドブネズミがッ! 左手の関節全部外しやがって! クソ、痛ぇ、痛ぇよ!」
「クフフフ。この程度で、痛いだって? うん、それは面白いよ。彼らの味わった苦痛の0.00000000000000000000000000000000001%にも満たないというのに、ギャーギャー喚くお前はとても面白いよ」
吹き飛ばされた際に頭を強く打ったようでメガネの少年の額が紅に染まる。もちろんその程度で許す気などこれっぽっちもない。
「こん、の……ブチ殺しゃらがおらあああああ!!」
唾を撒き散らして怒りを露わにする計に、メガネの少年が笑みを向ける。
「僕の役目は終わった」
「役目? 役目ならまだあんぞ! この俺にボロ雑巾になるまで弄ばれて動けなくなったら爪先から五ミリ単位で細かく刻まれて燃えるゴミに出される役目だ! せーぜー十分は持ってくれよなカァーッカカカカカカカカカカ!!」
「クフフフ」
『A-MAX』の中に踏み込もうとした計はその笑い声にピタリと動きを止める。
死に瀕しているはずのメガネの少年ははっきりしている意識のまま、どういうことか遠くを見るような目をして言葉を紡いだ。
「観察しなよ。お前が今、どういった状況に置かれているのかを。そして理解しろ。自分の運命が誰に委ねられているかを」
「テメェの運命が俺に委ねられていることを忘れてんじゃねーぞッ!!」
その右手に最大電力を込めた雷神の槍を顕現、間を置かずそれを投げようとして、
ドサッ、という音が背後から聞こえた。
弾かれるようにして振り返る。そこに広がる信じられない光景に、計は愕然とすることしかできなかった。
極雷の手によって肉体の隅々まで炭化し、魂をも焼き消されたはずの照光が、横たわる実験体の少女の側で跪いていたのだ。しかも今の彼に炭となっている部分は見当たらずそれどころか怪我の一つも見当たらない。
まるで、今までのことがすべてなかったかのようだった。
「……ッ! 聖母の……愛か……!」
あらゆる事象をなかったことにする能力。
聖母の愛。
照光の側に横たわる少女がいたことから原因は容易に想像できた。しかしまさかそれがこの世の摂理や法則をも捻じ曲げるほどのものだったとは夢にも思わず、生き返っている事実を目撃した今でも信じ難かった。
それに分からない。少女の能力は『リバティーランド』の影響でリミッターが解除されており、つまり常に脳に多大な負荷がかかっている状態だ。そんな時に能力を使えば瞬く間にオーバーヒートしてやられてしまう。それにも構わず行使して生き返らせるだけの価値が、果たして照光にあるのだろうか。
まあどちらにしろ、直ったならまた壊せばいい。今度は生き返った原因が再起不能なのだから、この手にある雷神の槍を奴に投げればいいだけなのだ。
たったそれだけいいのだ。
だが、その『たったそれだけ』を計はできずにいた。動かない少女に必死に語りかけて顔を歪ませる照光は無防備そのもので、この光景を見れば誰もがその姿を鉄パイプの一本でもあれば倒せそうなほど脆弱に思うはずなのに、計の目にはそれが全身を逆鱗で包んだ黒龍が瀕死の白猫を看病しているように映り、指一本動かせずにいた。
そんな地に足着かずな計を知ってか知らずか、照光はおもむろに立ち上がって一つの笑顔を向けてきた。
その笑顔が、生き返る以上の価値があると言わんばかりに。
「クフフフ。僕は知っているよ。真に価値のあるものは、無価値に壊されることだけは絶対にないということを。価値を見極めずに欲しいと思ったものだけを壊す強欲のお前に、二人の絆を壊せるだけの価値があるかどうか。……興味津々で、もう…………たまらないな。クフ、フ…………————」
動くきっかけの一つはメガネの少年の気絶際に残した挑発だった。計は常に人を小馬鹿にする態度を取っているが、自分が馬鹿にされることを何よりも嫌う。つまり、その挑発は何かに縛られていた計を解き放つ効果があったということだ。
「死、……んに晒せえええええ!!」
それを些細なものとして、大部分を占めるのはもっと別のところにあった。
それがなんなのかは雷神の槍を振りかぶる計の目と、未知への存在に自ら襲いかかる獣の怯える目を比較すれば一目瞭然だ。




