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8話 夜半

 日没を正面に見る進路。既に眩しく感じる高さは超えてしまった。

『町が見えてきたよー』

 上空の鳥が告げる。茜色よりもやや暗くなってきた空に、その姿は溶けてしまいそうだ。

「大分暗くなってきたけど、大丈夫?」

『俺、別に鳥目じゃないよ』

 いくらか高度を下げて、鳥は(実際鳥のくせに)抗議してきた。

「じゃあ、猛禽類だったの?」

『そうじゃなくて』

 ふぉん、と風の吹く音と同時にレンは空中で一回転する。そうすれば、すぐに翼だけはそのままに人の姿に変わる。

「俺の目は人間と同じだと思うよ」

 馬の足を緩めることなく、ウォルトは斜め上に陣取るレンを見上げた。レンの降りてきた位置は丁度ウォルトの視界を塞いでしまうのだが、障害物もないので気にせず話を続ける。

 今までレンは色に関してウォルトと認識が異なったことはないし、多少暗くても視界は利く。暗闇では人間と同様行動に制限が付く。

「そりゃオレは人間じゃないから、実際の人間がどう見えてるのか分からないけど……」

「なるほど。それは確かに」

 納得したようにウォルトは頷く。だが、そのタイミングが今の話題の本筋から逸れていたため、レンは首を傾げた。

 ウォルトは、一度自分の後ろを指差す。危ないから後ろに座れ、と。

「人間同士だって、相手の目から物を見れるわけじゃないんだから」

「意味が分からないよ」

 随分唐突だ。指示された通りウォルトの後ろで馬に跨りながら、レンは思った。

「いや、比喩でも何でもなく言葉そのままの意味だよ。

 例えばりんごがあったとして、俺とレンで全く見え方が違ったとする。だけどお互い、それはりんごという名前で赤い色をしている、という認識をしているだけかもしれない。人間同士でもそういった齟齬(そご)はあるかもしれないよ」

 少しだけ肩越しにレンを振り返りながらウォルトは微笑んだ。

「んー……言いたいことはなんとなくは分かったけど」

「けど?」

「とりあえずオレは鳥目じゃないよ」

 拗ねた声で話題を元に戻す精霊に、主人の方は声を上げて笑う。分かってるよ、と笑い声の間に一言、優しい声が混じる。

 拗ねた表情を前に座るウォルトの背に押し付けながら、レンは考える。

 言葉そのままの意味、とウォルトは言った。それは半分本当、半分は嘘。人との違いに悩みを抱える主人のことだから、言いながら考えの違いに思いを至らしていることだろう。

「ウォルトって変に真面目だよね」

「どうしたの、いきなり」

「別にー」

 言ったきり、レンは再び鳥の姿になっていた。鳥になっても会話はできるが、人型のほうが何かと都合がいい。それを鳥になるのだから、この話はおしまい、ということだ。

 レンに話す気がないのなら、ウォルトも無理に問い詰めることはない。

 それに、もう目の前に町の門が迫っている。

 馬の背から降りて、手綱を引きながら門をくぐった。

 王都から伸びる街道を通っただけあり、訪れた町は日が落ちても立ち並ぶ商店の灯りが満ちている。大きな町ではないが、人も多く賑わっている。

「さぁて、早く宿に行って休もうかー」

 わざとらしいくらいに大仰に伸びをして、馬の上にいるレンを振り返る。視線が合うと、ウォルトがにっこりと笑う。

 何か含みがあるようなその表情に黒い鳥は不思議そうに首を傾げた。




 宿の一室には静寂が満ちていた。

 窓から差し込むのは僅かな月明かりだけで、寝台の上の膨らみを照らす。

 音もなく、部屋の扉が開いた。体格のいい男の影が隙間から滑り込んでくる。

 気配を殺した影は月明かりを頼りに寝台に近付き、短剣を抜く。静かな室内に、微かな鞘走りが響いた。

 侵入者は両手で持った短剣を振りかぶると、寝台の膨らみにいっきに突き立てた。

 布団の中に詰められていた羽根が舞い上がる。

「…?」

 突き立てた手に伝わってくる感触に違和感を覚え、侵入者は布団を引っぺがした。

 布団の下の膨らみの正体、それはやはり丸められた布団であった。

 失敗した、と暗殺者は慌てて身を翻そうとする。しかし振り向く直前に背中から蹴り倒され、組み敷かれてしまう。

 振り払おうとした途端、顔の横には長剣が突き立てられていた。

「来ると思ってたよ。――誰の差し金だ?」

 暗殺者の背中に膝を乗せて、ウォルトは静かに問う。お互いにうっすらとしか相手の姿を確認できない。

「……」

「もっとも、大体予想は付いてるけど。国のお偉方だろう?」

 確認の問いに、侵入者の体が微かに震えた。その反応を見てウォルトは唇を噛む。まだ予想の範囲を出ていなかったのだが、これでほぼ確定と見ていい。

「やっぱりか……」

 明らかな落胆。だがそれでも、ウォルトの口調は静かで、優しかった。

 こんな状況でも、それは不気味な静けさではない。本気で争う意思などないのだと、侵入者にもそれが伝わった。

「それで、誰なのか言う気になった? 今後の身の振り方を決める上でも聞いておきたいんだけど」

「……今後の身の振りなんて考えても仕方ないでしょう。外の兵が既に逃げ道は塞いでいる」

「あなたは……」

 侵入者の声に、ウォルトは覚えがあった。問い詰めようと口を開きかけるが、それを遮るように窓が開く。

「外に10人くらい軍の人が来てたんだけど…」

 窓から入ってきたレンは困惑を隠せない。ウォルトの指示で馬を見張っていたところを突然囲まれた。

『え……なんで?』

 見覚えのある格好。それもそのはず、軍の剣士部隊の面々なのだから。

 手っ取り早く全員を眠らせ、そして部屋に戻れば今度はウォルトが男を取り押さえている。困惑しないはずがなかった。

「レン、灯り」

 既に抵抗を諦めている侵入者だが、ウォルトは組み敷く力を弱めたりはしない。

 レンが灯をつけたランプをかざし、侵入者の顔を照らす。

 照らし出された顔には覆面が掛けられていた。それをはがして、ウォルトは溜息をついた。

「ザフィケルさん……」

 吐き出した声は悲しみに染まっていた。

 侵入者は、リオンの部下の一人であった。

まだ暫くはゆっくり更新です。

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