7話 赤風
「ごめん、ありがとうレン」
頭や肩にかかっている土を払い、ウォルトはレンを振り返った。
「怪我がないようで、何より」
ホッとしたようにレンは微笑む。
盛り上がる土で視界が覆われる頃、水の鎌がウォルトの足首を掴む盗賊の手を切りつけた。
手が緩んだ隙に、ウォルトは魔法を放った盗賊の反対側へと抜け出したのだ。暫くは塚の裏に身を潜め、相手の油断を誘い、後は見たとおり。
血で汚れた剣を紙で拭い、鞘に収める。
「助かったよ。それに、いいことも聞けたし」
「いいこと?」
「高く売れるってさ」
ニヤリと、いたずら小僧の笑みを浮かべながら、ウォルトは馬に跨る。
「金に困っ……」
「お金に困っても売らないでね」
ウォルトが言い切るより先に、釘を刺す。その目は笑っていない。
「アタリマエジャナイデスカ」
「何でカタコトなの」
「ごめんごめん」
ウォルトを睨むレンの目に涙が浮かび始めるのを見て、ウォルトは慌てて謝る。だが、笑いながら謝られてもレンの不満は収まらない。
むくれてそっぽを向いていると、唐突にウォルトの笑い声が消えた。身にまとう気配も急に硬質なものへと変化している。
「ウォルト?」
急に真剣な顔をして考え込んでしまったウォルトを訝しんで、表情を伺う。
「え? ああ、いや……なんでもないよ。先を急ごう」
にこりと笑い、ウォルとはレンに腕を差し出す。鳥の姿になれという合図を受けて、レンは再び鳥に戻り、ウォルトの肩にとまった。
馬を進める間、ウォルトは思う。
先ほどの盗賊たちは、何か妙だった。
最後の盗賊が放った魔法は、かなりの魔力を要する大技だったはず。あれだけの魔力を持ちながら、何故最後まで使わなかったのか。
(まさか、俺に魔法が効かないことを知っていた?)
あの魔法なら、魔力が消えても関係なく、対象を生き埋めにできる。
(いや、俺のこと自体は噂で知っていてもおかしくはないか。黒い鳥を連れた白髪の男、なんてそうそういるもんじゃない。だけど……俺が通ることを知っていた理由は? 偶然という様子じゃなかったぞ?)
次から次へと疑問が湧いてくる。これは、何者かに仕組まれたことなのではないか。
「暫く、様子を見るか」
ウォルトは頭を軽く掻くと、馬の背に積んである荷物に手を伸ばした。袋の中から取り出すのは、王都周辺の地図。
馬の手綱を片手に絡め、地図を広げる。レンも身を屈めて地図を覗き込んできた。
「日暮れまでに着ける町は……」
一方、取り残された盗賊たちは。
一名が命を失い、数名が逃げ。そして残った者たちは集まり座り込んでいた。
「くそっ、何なんだアイツ!」
「あそこまで強ぇなんて聞いてねえぞ」
全員の傷は既に癒えている。この中に治癒魔法を使える者がいたのであろう。
口々に不平を並び立て、お互いを慰めあっていた。
「もう降りるぜ俺は! あんなはした金で命捨てられるかよ!」
一人の男が立ち上がる。それを止める者はいない。皆が同じように思っていたのだ。
一人が言えば、あとは早かった。一人、また一人と計画の断念を表明する。
と、一陣の風が吹き、砂埃を巻き上げた。
「失敗したか。使えない奴らだ」
赤い、目視できる風が収まると、腰まである長い銀髪の男が現れた。細身の男は冷たく盗賊たちを見据える。
「あんたは……」
どよめきが盗賊たちの間に走る。
「話が違うじゃねえか、俺たちはもう降りる!」
「何が違う? 私は、魔法の効かぬ剣士を殺せ、と言った筈だが」
筋骨たくましい盗賊たちにすごまれても、男の冷徹な瞳は全く揺らがない。今にも掴みかかりそうな盗賊たちを鼻で笑う。
「貴様らのような雑魚どもに依頼したのが間違いだったようだな」
「ってめぇ!」
侮辱を受けた盗賊たちは顔を赤くし、いきり立つ。
「否定できるのか? 大人数でかかっておきながら男一人殺すこともできないお前らが」
殊更に男は盗賊たちの怒りを煽る発言を繰り返す。
一人の盗賊が短剣を抜く。
「報酬をもらい損なったんだ。このままじゃ帰れねえ」
続いて他の者たちも同様に武器を手に取る。
「身形から察するにいいとこの貴族だろう? あんたの持ち物売りゃあ結構な金になるだろ」
「ふん…痴れ者が」
男は口の端を釣り上げ、静かに片腕を前へと差し出した。
その間に、武器を持つ盗賊はじりじりと間をつめる。中には呪文の詠唱を始めるものもあった。
一斉に男に突きたてられる武器、放たれる魔法。
血しぶきが上がり男は血に倒れ…る筈であった。そうでなければおかしい。
「なっ……!」
武器も魔法もすべて男を通り抜け、何の手応えも盗賊には伝わらない。
「実体じゃないのか……?」
呟きに、クスクスと男は笑った。
「実体じゃないものか。私は確かにここにいる。もっとも、貴様らには私に傷一つ付けることなどできないであろうがな」
「くっ」
焦りながらも盗賊たちは、幾度も男を斬りつける。だが、どれも男に傷をつけることはなかった。
盗賊たちの表情に恐怖が滲む。逆上した盗賊たちは無茶苦茶に剣を振り回していた。
「貴様らはもう用済みだ」
男が差し伸べた手を返したその時。
盗賊たちは、物言わぬ肉片に化していた。
血しぶきを浴びて立つ男の肩に、一人の女がもたれかかる。
背から白い翼を生やした女は、ウェーブがかった髪が頬にかかるのにも構わずうっとりと笑っている。
「ホント、身の程をわきまえない男って嫌あね」
クスクスと無邪気な笑い声をあげ、男に痩身を摺り寄せる。男の顎に手をかける指はほっそりと白い。
「ねえ、早くあの身の程知らずも斬らせてよ。自分の身の丈に合わない精霊を連れてる子」
「まあ待て。我々が直接手を下す必要もないことだ」
女の髪を柔らかく梳き、男は静かに諭すように話す。
赤い風が、一瞬にして盗賊たちの血を乾かし、空気に溶かしていった。
「さて、次の手を打たねばな」
このあと少々プロットを練り直したいので、少々更新速度が落ちるかもしれません。