表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

7話 赤風

「ごめん、ありがとうレン」

 頭や肩にかかっている土を払い、ウォルトはレンを振り返った。

「怪我がないようで、何より」

 ホッとしたようにレンは微笑む。

 盛り上がる土で視界が覆われる頃、水の鎌がウォルトの足首を掴む盗賊の手を切りつけた。

 手が緩んだ隙に、ウォルトは魔法を放った盗賊の反対側へと抜け出したのだ。暫くは塚の裏に身を潜め、相手の油断を誘い、後は見たとおり。

 血で汚れた剣を紙で拭い、鞘に収める。

「助かったよ。それに、いいことも聞けたし」

「いいこと?」

「高く売れるってさ」

 ニヤリと、いたずら小僧の笑みを浮かべながら、ウォルトは馬に跨る。

「金に困っ……」

「お金に困っても売らないでね」

 ウォルトが言い切るより先に、釘を刺す。その目は笑っていない。

「アタリマエジャナイデスカ」

「何でカタコトなの」

「ごめんごめん」

 ウォルトを睨むレンの目に涙が浮かび始めるのを見て、ウォルトは慌てて謝る。だが、笑いながら謝られてもレンの不満は収まらない。

 むくれてそっぽを向いていると、唐突にウォルトの笑い声が消えた。身にまとう気配も急に硬質なものへと変化している。

「ウォルト?」

 急に真剣な顔をして考え込んでしまったウォルトを訝しんで、表情を伺う。

「え? ああ、いや……なんでもないよ。先を急ごう」

 にこりと笑い、ウォルとはレンに腕を差し出す。鳥の姿になれという合図を受けて、レンは再び鳥に戻り、ウォルトの肩にとまった。

 馬を進める間、ウォルトは思う。

 先ほどの盗賊たちは、何か妙だった。

 最後の盗賊が放った魔法は、かなりの魔力を要する大技だったはず。あれだけの魔力を持ちながら、何故最後まで使わなかったのか。

(まさか、俺に魔法が効かないことを知っていた?)

 あの魔法なら、魔力が消えても関係なく、対象を生き埋めにできる。

(いや、俺のこと自体は噂で知っていてもおかしくはないか。黒い鳥を連れた白髪の男、なんてそうそういるもんじゃない。だけど……俺が通ることを知っていた理由は? 偶然という様子じゃなかったぞ?)

 次から次へと疑問が湧いてくる。これは、何者かに仕組まれたことなのではないか。

「暫く、様子を見るか」

 ウォルトは頭を軽く掻くと、馬の背に積んである荷物に手を伸ばした。袋の中から取り出すのは、王都周辺の地図。

 馬の手綱を片手に絡め、地図を広げる。レンも身を屈めて地図を覗き込んできた。

「日暮れまでに着ける町は……」



 一方、取り残された盗賊たちは。

 一名が命を失い、数名が逃げ。そして残った者たちは集まり座り込んでいた。

「くそっ、何なんだアイツ!」

「あそこまで強ぇなんて聞いてねえぞ」

 全員の傷は既に癒えている。この中に治癒魔法を使える者がいたのであろう。

 口々に不平を並び立て、お互いを慰めあっていた。

「もう降りるぜ俺は! あんなはした金で命捨てられるかよ!」

 一人の男が立ち上がる。それを止める者はいない。皆が同じように思っていたのだ。

 一人が言えば、あとは早かった。一人、また一人と計画の断念を表明する。

 と、一陣の風が吹き、砂埃を巻き上げた。

「失敗したか。使えない奴らだ」

 赤い、目視できる風が収まると、腰まである長い銀髪の男が現れた。細身の男は冷たく盗賊たちを見据える。

「あんたは……」

 どよめきが盗賊たちの間に走る。

「話が違うじゃねえか、俺たちはもう降りる!」

「何が違う? 私は、魔法の効かぬ剣士を殺せ、と言った筈だが」

 筋骨たくましい盗賊たちにすごまれても、男の冷徹な瞳は全く揺らがない。今にも掴みかかりそうな盗賊たちを鼻で笑う。

「貴様らのような雑魚どもに依頼したのが間違いだったようだな」

「ってめぇ!」

 侮辱を受けた盗賊たちは顔を赤くし、いきり立つ。

「否定できるのか? 大人数でかかっておきながら男一人殺すこともできないお前らが」

 殊更に男は盗賊たちの怒りを煽る発言を繰り返す。

 一人の盗賊が短剣を抜く。

「報酬をもらい損なったんだ。このままじゃ帰れねえ」

 続いて他の者たちも同様に武器を手に取る。

「身形から察するにいいとこの貴族だろう? あんたの持ち物売りゃあ結構な金になるだろ」

「ふん…痴れ者が」

 男は口の端を釣り上げ、静かに片腕を前へと差し出した。

 その間に、武器を持つ盗賊はじりじりと間をつめる。中には呪文の詠唱を始めるものもあった。

 一斉に男に突きたてられる武器、放たれる魔法。

 血しぶきが上がり男は血に倒れ…る筈であった。そうでなければおかしい。

「なっ……!」

 武器も魔法もすべて男を通り抜け、何の手応えも盗賊には伝わらない。

「実体じゃないのか……?」

 呟きに、クスクスと男は笑った。

「実体じゃないものか。私は確かにここにいる。もっとも、貴様らには私に傷一つ付けることなどできないであろうがな」

「くっ」

 焦りながらも盗賊たちは、幾度も男を斬りつける。だが、どれも男に傷をつけることはなかった。

 盗賊たちの表情に恐怖が滲む。逆上した盗賊たちは無茶苦茶に剣を振り回していた。

「貴様らはもう用済みだ」

 男が差し伸べた手を返したその時。

 盗賊たちは、物言わぬ肉片に化していた。

 血しぶきを浴びて立つ男の肩に、一人の女がもたれかかる。

 背から白い翼を生やした女は、ウェーブがかった髪が頬にかかるのにも構わずうっとりと笑っている。

「ホント、身の程をわきまえない男って嫌あね」

 クスクスと無邪気な笑い声をあげ、男に痩身を摺り寄せる。男の顎に手をかける指はほっそりと白い。

「ねえ、早くあの身の程知らずも斬らせてよ。自分の身の丈に合わない精霊を連れてる子」

「まあ待て。我々が直接手を下す必要もないことだ」

 女の髪を柔らかく梳き、男は静かに諭すように話す。

 赤い風が、一瞬にして盗賊たちの血を乾かし、空気に溶かしていった。

「さて、次の手を打たねばな」


このあと少々プロットを練り直したいので、少々更新速度が落ちるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少しでもこの小説を気に入っていただけましたら、投票お願いいたします。
ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「黒翼〜精霊の物語〜」に投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ