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6話 出発

 朝の爽やかな風が吹き抜ける城下町は、まだどの店も閉ざされ眠っている。

 城壁の外に広がるのは光を浴びる緑の草原。

 それら両方を見渡す位置にあるうまやは、旅人の馬を預かり、また育てた馬を貸し与えている。

「どうですか、最近景気は」

 城門前、馬の黒い毛並みを撫でながらウォルトは厩の主人に尋ねた。艶のある青鹿毛、確かこの厩ではあまり見ない類だったはずだが。

「いまいちだね。移動魔法のが金もかからんし、手軽、しかも早いときた。酔狂な旅人か行商人くらいしか来んよ」

 ごま塩頭の主人は、咥えていた煙管を手に持って答えた。

「それは困りますね。ここが使えなくなったらレンに乗せてもらわないと」

「俺そんなに長距離飛べないよ」

「人の商売を勝手に潰さんでくれ」

 軽口を叩きながら、ウォルトは黒馬にまたがる。

 しゅる、と布の擦れるような音がしたかと思うと、精霊は本来の姿である黒翼の鳥へと姿を変じた。鳥は一つ羽ばたくとウォルトの肩にその居を定める。

「少なくとも、次回も俺はここで借りさせていただきますよ」

「もっと労って乗ってくれれば最高の常連客なんだがなあ」

 ぼやく声に重い門の音が重なった。

 見晴るかす草原に目を細めると、馬を進める。数歩進むと、今度は後方か再び門の軋んだ音が響く。

 重く閉ざされた音は大きく、だからウォルトにも、レンや勿論黒馬にも、主人の言葉を聞くことはできなかった。

『本当に……最高の常連客だったんだが……』



 王都の城壁が見えなくなり、進むにつれ徐々に緑は減って行く。物資補給用に作られた街道の周りは、左側に山、右側に大地が広がっていた。

 ちら、と馬の背を振り返る。支給された食料と金貨が詰まれた袋がそこには積まれていた。食料は僅かで、殆んどが金貨である。

 馬での行程は、目的地まで戦況の報告を行う早駆けの馬でも10日はかかるだろう。だが、それでは馬にも人にも負担が大きすぎる。

 あまりのんびりもしてはいられないが、無理をせずに行くには途中で何度も町で食料の補給をしなければならないだろう。

 そんなことをウォルトが考えていると、ふいに肩にとまっていたレンが高く飛び上がった。

 ウォルトは黒馬の歩みを止め、耳を澄ませる。

 複数の人間の足音、ひそめた息遣いの気配だけが感じられた。

 素早く辺りを見渡すが、ただ広がる大地だけが見える。

 見通しは良好――いや、見えない場所ならば、ある。

 ウォルトは腰に差した剣を抜き放ち、上に向かって一閃。真っ二つになった矢が地に落ちた。

「レン!」

 鋭く名を呼ぶと、心得た精霊は呪文の詠唱を始める。既に鳥の姿ではなく、黒い翼のみそのままに人の姿へと変わっている。

「湖面の盾」

 レンが手を上げるのと第二撃は同時だった。切り立った山の上から、幾本もの矢が降り注ぐ。

 しかしそれは、湖に吸い込まれるがごとく先から柄と順番に消えていった。

 続いて2度、3度と分けて放たれた矢も、ことごとくその存在を消されてしまう。

 これ以上は矢の無駄と悟った崖の上の一団が、滑るように駆け下りてきた。勢いを抑えながらの滑降は大量の土煙を巻き起こし、視界を土色に埋める。

 数は20程だろうか。一団は素早い動きでウォルトの乗る馬を取り囲んだ。

「……レン、馬の方は任せた」

 身を翻し、馬上から飛び降りながらウォルトはレンに命じる。レンに背中側を預け、前方の盗賊たちに相対する。

 相手は徒歩なのだから、掻き分けて逃げることもできる。だが、その際に馬を傷付けられでもしたら困るのだ。

 ウォルトは真っ直ぐ立つと、抜き放った剣を掲げた。

「かような行動、国王勅命の兵と知ってのことか」

 徐々に収まる土煙の中、陽光を反射する剣、その鍔には確かに国紋が掘り込まれている。

 これを持つ者には、手厚く保護を与えよという国を挙げての宣旨。また、危害を加えることは何人たりとも許されることはない、その証明。

 なれば、荒野の盗賊も手出しは控えるようにするものだが。

 しかし返事は嘲笑だけであった。

 仕方ない、と低く剣を構えなおす。

 地を蹴ったのは、一人の盗賊が振り下ろした剣閃を避けるため。攻撃を仕掛けたために集団から外れた一人の剣を叩き落し、頭部に剣の腹で殴りつける。

 相手が倒れるのを横目で確認しながら、振り向きざまに次の一人を片付ける。

 それを見て集団はたじろいだが、それならばと一斉に突進してくる。何の作戦も立てられていない、ただの突進であった。

「統制が取れていないな…」

 今までにウォルトは幾度も戦場で似たような場面に遭遇した。それは領主の私兵であったり、異国の軍隊でもあった。

 それに比べれば、これくらいの数の盗賊など、恐れるほどのものではない。

 真っ直ぐ前へと駆け出して、虚をつかれて一歩引いた一人をなぎ払う。そうしてできた空間から円の外へと抜ける。

 一人二人と切り伏せ、殴り倒していく。その間に、一人が仲間を置いて逃げ出したがウォルトもレンもそれを追うことはしなかった。

「ちっ……馬だけでも押さえろ!」

 レンの方へと三人の盗賊が対象を変える。短剣を振りかざして向かってくる彼らに向かい、レンは右手を差し出した。

「針の雨!」

 呪文を受けて現れたのは、レンと盗賊たちの間を阻むように降る雨。降ると地に突き刺さって消える。

 その範囲は徐々に広がり、盗賊たちを包み込んだ。突き刺さる針は流れる血と混ざり合う。

「ごめんね、暫く寝ててね」

 瞬間、微かにだがレンの瞳には悲しげな色が宿った。次の瞬間には感傷はすっかり消え、水が盗賊たちの顔を覆う。

 苦しげに水を剥がそうともがく盗賊たちが気を失うのを確認して、レンが水を引いたときには既に残っている盗賊は一人だった。

 ウォルトは微かに息を乱しているものの、怪我をしてはいない。残りの一人に剣先を向け、息をつく。

「俺は別に治安維持の任は負っていない。このまま去ってくれればそれで構わない」

 数歩離れた先の盗賊は、呻いて俯いたが、すぐにク、と喉の奥で笑った。

「その甘さが命取りだ」

「っ!?」

 ウォルトの足首が突然掴まれた。下方を確認すると、気絶しているとばかり思っていた盗賊が倒れながらも足首を掴んでいる。

 周囲からボコッという異音が湧き上がった。ウォルトは警戒の視線を周囲に走らせる。

 変化は何も見受けられない。だが……今、足元から振動が伝わったのは気のせいか?

「グレイブ!」

 盗賊の口から発せられたのは、土を操る魔法。

 咄嗟に剣を握りなおし、視線をめぐらせたそのとき。

 周囲の地面が高く、高く盛り上がった。

 上部から、ウォルトめがけて降下する山。これでは、いくら魔力を無効化しても意味がない。

 土煙が舞い上がり、視界を遮る。

 全ての土が落ちきり、土煙が収まった頃に残ったのは小さな塚。

「生き埋めだあ、アハハハハハ!」

 勝ち誇った笑い声が響く。

「墓を建てる手間が省けてよかったなぁ、精霊?」

 盗賊はレンを振り返り、近付いてくる。ニヤニヤといやらしくゆがめられた口元に嫌悪感を示して、レンは目を細めた。激闘を勝ち抜けた喜びからだろうか、盗賊の口調には隠しきれない興奮が滲んでいる。

「珍しい黒い翼だからな。高く売れるぞ」

「それじゃあ、俺にも分け前あるかな?」

「おう、山分けに…――?!」

 ケホン、と小さな咳が聞こえると共に、頬に押し付けられる冷たく硬質な感触に、盗賊は身を強張らせた。

 白髪を土で茶色く汚したウォルトが、盗賊に剣を突きつけている。忙しく視線をめぐらした盗賊は塚盛を確認するが、先ほどのまま、崩れていない。

「飼い主の許可なく生き物を売らないように」

 静かに冷え切った声が盗賊の耳を打つ。

 この世に別れを告げる男に投げかけるには、優しさの欠片もない餞別だった。


バトルが難しい…

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