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2話 兵舎

 翌日、太陽が真上に昇る頃になってからウォルトとレンは家を出た。

 向かう先は王都の中心地、国の最重要施設――つまりは、城である。

 ウォルトはボロボロのローブをマントのようになびかせ、レンは人型で背には翼を残したままふわふわと浮いている。

 血の染み込んだローブと皮のホルダーの吊り下げられた使い古された長剣が一振り。決して正装とは言えないどころか、不審人物と思われても仕方がない装いの剣士は、しかし誰に咎められることもなく城門を通過する。

 門をくぐった2人は、そのまま建物には入らずに裏へと回った。

 四季折々の木々が並ぶ裏庭。今は城壁に巻きついたツタやブナの木が紅や黄に色づき始めている。

 裏庭を通り過ぎると、背の高い樹木に囲まれた建物が見えてくる。

 並んで二軒建てられているそれは宿舎なのだが、一軒は細かく手が加えられて見るだけでも美しい。

 だが、もう一軒。そちらは古びた木造建築、見ようによっては味があると言えなくもないが、今にも崩れそうな程に老朽化が進んでいた。

 ウォルトは、その古い宿舎、広いだけが取り得の兵舎の前で歩みを止めた。


「先生!」


 扉の前で、大声を張り上げる。

「先生ー、ウォルト・ラヴェール、ただいま帰還いたしました!」

 叩くたびにパラパラと木屑がこぼれる扉を何度もノックしているが、一向に人の出てくる気配がない。

 いないのかな、とレンと2人顔を見合わせる。

「せーんせーっ! 可愛い弟子が、嫁さん連れて生還しましたよー!」

 言い終わるか終わらないかのうちに、ドドドドッという激しい足音、そして勢いよく飛び出してきたのは金色に光る影。


「貴様ぁー! 任務の最中に女を口説くとは何事かー!!」


「ぐぇっ!」

 見事な飛び蹴りがウォルトの首筋に決まった。

 骨が鈍い音を響かせ、ウォルトは地に倒れこむ。

「んあ? なんだ、黒翼かぁ」

 完璧なまでの殺人キックを決めた女は、レンの姿を見るとなあんだ、と呟いた。

 やれやれ、と女は肩に手を置いて首を鳴らす。

「……っ、ウ、ウォルト! ウォルトー!!」

 突然目の前で繰り広げられた出来事に、絶句し立ち尽くしていたレンだが、我に返ると叫び声をあげた。

 倒れたウォルトの傍に膝をついて、泣きながらピクリとも動かない彼を揺さぶる。

「まったく情けない…。嫁の一人や2人、現地でゲットできんのか」

「せ、せんせ…さっきと言ってること、ちが…」

 少し回復した様子のウォルトがなんとか顔を上げ、抗議の言葉を口にする。

 だが、その様子を見て女は鼻で笑った。

「細かい男だな。そんなだからいい年して女の影一つないんだ」

「理不尽だ……」

 涙目でやり取りを見守るレンが呟いたが、女の一睨みで口をつぐむ。


 背の高い女だ。スラリと伸びた手足は引き締まった体と相まって一層力強く見える。

 特別に美しいわけではない。だが、健康的にしなやかなシルエットが彼女の魅力を引き立てていた。

「まあ、本当に黒翼を嫁に迎えるつもりなら女などいなくても構わんがな」

 年の頃は30前後であろう。だが、快活に笑う表情には少年のようなあどけなさが残っている。

「リオン先生」

 今、レンに向けられている彼女の目は穏やかで優しい。

 どこか拗ねた様子で、レンは彼女の名を呼んだ。

「俺は嫁にはなれないよ。男性体だもん」

 精霊は概ね中世的、もしくは女性的な外見をしている。

 レンも例外ではなく、丸みを帯びた輪郭、大きな漆黒の瞳を縁取る長い睫毛は美少女といった風情である。しかし、ひょろひょろと細長い身体には女性特有の柔らかさは一切見受けられない。

「うちの兵舎には男でもいいってのが複数名いるがな」

 軽く息をついて、リオンは背後の兵舎を振り返った。

 半端に開け放してあった扉から、こちらを覗いている兵士が4,5人そこにはいた。

「やほーレンちゃん、久しぶりー」

「相変わらず可愛いね〜」

 隙間から手を振ってくる様はかなりむさ苦しい。

 既に見つかっているのだから出てくればいいものを、何故か狭い隙間に押し詰めになっている。

 レンはきょとん、と目を瞬かせるがすぐににこにこ笑って手を振り返した。

「……アイドル化してるね、レン」

 ようやく復活したウォルトだが、いまだにガックリと肩は落としたままである。

「ほらほら、お前たち。見回りの時間だろう」

 パンパン、とリオンが手を打つと兵士たちは慌てて外へと走っていった。

 暫し残る足音が聞こえなくなるまで、3人は彼らを見送っていた。


「さて、と。ウォルト。無事だったようで何よりだ」

「つい先ほど無事じゃなくなりましたが」

「うるさい黙れ」

 何だかんだ言いながらもウォルトのことは本気で心配していたリオンである。

 軽口(というにはいささか暴力的だが)を叩きながらも、ウォルトを見る瞳には弟子に対する慈愛が溢れている。

「先ほど陛下の下にも報告が届いた。じきに帰ってくる頃だろうとは思っていたんだ」

 どうりで、とウォルトはリオンの姿を見て納得した。

 ウォルトは先日まで軍の依頼で内乱の平定に向かっていた。戦況が落ち着いたため帰還したのだが、そのことを報告するにはリオンを通さなければならない。

 そして、今。ウォルトが今日来ることを予想していたリオンは既に正装に着替えている。

「リオン先生、もしかして今着替えてる途中だった?」

 それならば、最初の呼びかけで出てこなかったことにも納得が行く。

「ああ、訓練が終わってから風呂に入ったりもしていたからな。…さあ、そろそろ陛下のところへ行くぞ」

 話を打ち切り、一度リオンは宿舎の中へと入っていく。戻ってきた時には真紅のマントが追加されていた。

「じゃあ行きますか。レン、いい子で待ってろよー?」

「……はーい」

 レンは国王の御前に出ることはできない。付いていったところで謁見の間の結界に弾き出されてしまう。

 承知してはいても、それでも不満が残る返事を聞いて、ウォルトは思わず笑い声を洩らした。


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