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26話 一通の手紙

 新しい年が明けてから2ヶ月。陽光は春めいてきたものの、アナト帝国のこの時期はまだまだ冬と呼んで差し支えない程度には冷え込んでいる。


 ウォルトはリディア城に宛がわれた自身の部屋から窓の外を見下ろしていた。

 奥まった場所に用意された部屋からは、丁度兵士たちの訓練場が見える。

 リディアの職業兵士だけでなく民衆も混ざったそこは、存外に活気に満ちている。

 戦とは民衆の平穏を崩す物。その割りに不平不満が目立たないのは、ひとえにノアの人気ゆえであろう。

 そしてその中心にいる者を見てウォルトは満足気に微笑んだ。

 レンが兵士に混じって剣を振っているからである。常は下ろしている黒髪を高い位置で括り、装束の裾も動きやすいようにと上げている。


「大したものですな、黒翼は」

 扉の開く音とノアの声を聞いてウォルトは振り返る。

「剣士隊の訓練を黒翼に担当させると聞いたときにはまさかと思いましたが」

「レンはいつも俺の訓練に付き合ってましたからね。技術だけならそこらの兵士よりありますよ」

 腕力と体力がないのが困りものですが、と付け加えてウォルトは肩を竦めた。

「しかし、兵士たちと打ち合っても遜色はなさそうですが?」

「剣の当たる瞬間だけ魔力で剣を支えてるんです」

 現在のレンは、あくまで剣を支えることだけに魔法を使用しているが、魔法剣士などはそれ以上の力を付与することもある。

「いずれは魔法攻撃も織り交ぜながらの訓練もした方がいいですし」

 言いながら再び外を見やると、丁度この時間の訓練も終わったようだ。


「ところで、各領主からの返事の方はいかがですかな」

 机の上を見ると、封筒と便箋が散らばっている。それを見てのノアの問いであった。

「了承3、拒否11、未回答17というところです」

「ふむ……なかなか厳しい状況ですな」

「だから言ったでしょう。俺じゃあまとまるものもまとまらない、と」


 ここ2ヶ月というもの、ウォルトは西地方の領主たちに檄文を送り続けていた。

 勿論過去に帝国に対し反対運動、もしくは内乱を起こした地域に限り、ではあるが。

「『領民を散々殺しておいて何を今更手を組もう、だ。ふざけるな』ということらしいですよ。要約すると」

 言いながらも、ウォルトの口調は軽い。これくらいは予想の範疇だと言わんばかりに。

「ならば、私の名前で今一度呼びかけてみますか」

「それじゃあ意味がありませんよ。それに、貴方の名前を出すにはまだ時期が早すぎる」

 手紙がリディア城に届いているのだから、受け取った側も背後にノアの存在を感じ取ってはいることだろう。

 それでも、ノア自身から送られたわけでないということが、暫くは重要になってくる。

 少なくとも、正式に戦を表明するまでの間は。


 ウォルトが提案をやんわりとした口調で却下すると、ノアは机に寄りかかり眉間を押さえた。

 しかし、そのノアの苦悩とは裏腹にウォルトの笑みには余裕が覗える。

「そんなに悲観したものでもないですよ、今の状況を思えば」

 机の上から、一通の手紙を拾い上げる。ウォルトはそれを、ノアに手渡した。

 それは拒否を表明する手紙の一つ。

「手を取れない一番の理由は、俺のことが信用できないから」

 ノアが一通り目を通すのを待ち、ウォルトは口を開いた。

「未回答も含め、この答えが全てを表していると思います」

「と、言いますと?」

「要は信用さえさせりゃいいってことですよ」


 ノアは片手で手紙を元の通り畳みながら、ウォルトと視線を合わせた。

 悪戯っぽく細められた目は、若者らしい明るさを宿している。ただし、それはすぐに剣呑な光へと色を変える。

「まずは一戦。初戦で勝利すれば、こちらの人員も大幅に増えますよ」

 笑いながらも真剣さを滲ませた声で話していたウォルトが視線を扉へと投じた。

 壁に隔てられた廊下から、話し声が聞こえてくる。


 この城では数少ない、軽やかな声音が2つ。

 ウォルトの表情が、急に気の抜けたようなものになる。

「とは言え、今のままではその初戦も危ういですが……」

 壁から背を浮かせ、ウォルトは出入り口へと近付いた。流れるような動作で扉を押し開ける。

「ぶ」

 戸を開けたウォルトの手に伝わったのは、柔らかい壁に押し返されるような感触。

 しかしそれよりも、聞こえた声の方にウォルトは眉をひそめた。

「……レン?」

 開いた扉の間から覗きこむと、そこには確かに先ほど外で訓練をしていたままの精霊の姿がある。


「痛い……」

 些か赤くなった鼻をさすって、レンは控えめに抗議の言葉を口にする。

 ウォルトは慌てて扉を開け放つと、腰を屈めてレンと目線を合わせた。

「ごめん、まさかレンにぶつかるとは思わなかった」

「つまり黒翼以外の人にぶつかるとは思っていたわけですね?」


 冷ややかな声が、即座に横から突き出される。

 レンの隣に、ヨシュアが満面の笑顔で立っていた。

 その姿を見て、ウォルトは目をそらすと舌打ちを一つ。

「そう何度も同じ手に引っかかるわけないでしょう?」

「何のこと言ってるのかな」

「あら、お分かりになりませんの?」

 にこやかにヨシュアに向き直るウォルトに、同じように笑顔で問い返すヨシュア。

 お互いに爽やかな笑顔を向けているが、周囲に漂う緊張感は明らかにこの二人から発せられていた。

 レンは鼻を押さえながら、小さく溜息をつく。


「とりあえず、俺はとばっちりを受けただけなんだってことはよく分かったんだけど」

 レンが恨めしげにウォルトとヨシュアを交互に睨んだことにより、毒々しい空気は一瞬にして霧散した。

「「……ごめんなさい」」

 涙目で睨まれては、二人とも弱い。素直に謝る声が重なった。


 気まずさを追い払う為に、ヨシュアは咳払いを一つ。

 次いで、黒装束の大きく広がった袖から白い手が伸びる。


「それはともかく、ウォルト様。お手紙ですわ」

 ヨシュアが指で挟むように持っているのは白い封筒。

 何の変哲もない封筒だというのに、それを持っているヨシュアの表情は些か困惑が入り混じっている。

 ウォルトはその手紙を受け取ると、すぐに差出人を確認した。


 書かれていたのは唯一つ。

 アイゼリア領主。


「アイゼリアってあのアイゼリア?」

「他にどのアイゼリアがあるのかは存じませんが、間違いなく北の要塞かと」

 ヨシュアの困惑する理由は、さして意外なものでもない。

 単に、ウォルトがアイゼリアに手紙を出していないというだけだ。


 北の要塞。その名の通り、北域に存在する都市である。

 ウォルトは封を切ると早速文面に目を通した。

「アイゼリアといえば、確か先年前領主が亡くなって、まだ若いご子息が跡を継いだとか」

「へー……」

 気のない返事をしながら、ウォルトの視線は紙面を滑る。

 文面に沿って走る視線が正面へと戻った。

 レンもヨシュアも、そしてノアまでもが興味深げにウォルトの様子を窺っていた。


「アイゼリアが、リディア側についてくれるそうだよ」

 ウォルトの説明は至って簡潔。

 簡潔すぎて、却って疑問が湧いてくる。

 説明を聞いた三者の顔には一様に戸惑いが浮かんでいる。


「それが確かなら、大変心強いことですが……」

 躊躇いがちにノアが口を開いた。

 戦力が足りないと話していたところに訪れた吉報。要塞とあだ名される都市だけに、アイゼリアの兵力は強大である。

「何故アイゼリアがわざわざ?」

 決して冷遇されている都市ではないはずだ。

 わざわざ帝国から勝算のない謀反人に寝返る理由がない。

 更に言えば、本来ならリディアが反乱を企てていることなど知るはずもないのに。


「さあ、何を考えているのかは分からないけれど」

 適当に応えるウォルトはそれでもやけに上機嫌である。

 はて、とレンは首を傾げた。何か気になることがあるのか、しきりに首を捻っている。

「そろそろ時期的にも丁度いいかな」

 ウォルトは顎に手を当て、思案するように視線を落とした。

 だが、その呟きに3人が問いを発するよりも早く、顔を上げる。


「せっかくだし、アイゼリアまで挨拶に行ってくるよ」

 近所に買い物に行ってくる、それくらいの気安さで発せられた言葉に、誰も咄嗟に反応することができなかった。

「駄目です」

 一拍の間があったものの、ヨシュアが即座に反対する。

「アイゼリアが何を思ってこんな手紙をよこしたかも分からないのに、危険すぎますわ」

 早口にウォルトに食って掛かる。

「意図が分からないからこそ、挨拶がてら訊きに行くんじゃないか」

 眦を釣り上げて迫るヨシュアに対して、ウォルトはのんびりと笑っている。


 その様子を見て、ヨシュアは不機嫌そうに、しかしいくらか落ち着きを取り戻した。

「アイゼリアならば私が挨拶に行ってきますわ。ですからウォルト様はその他の領主のところへどうぞ」

「俺宛に手紙が来ているのに他の誰かを行かせるわけにはいかないよ」

 忠言に全く聞く耳を持つ様子がないウォルトに、ヨシュアは深い溜息をついた。

「……分かりました。ならば兵の手配を」

「協力してもらうのに兵をぞろぞろ引き連れていったら失礼だろ」

「罠だったらどうするのです!」


 あまりにも意見を取り入れないウォルトに対し、ついにヨシュアが怒鳴った。隣に立っていたレンが大声に身を竦める。

 ウォルトの言っていることはいちいちもっともで、反対する為の反対でないことは分かっている。

 だが、怒鳴らずに入られなかった。

 今ウォルトにいなくなられれば、ようやく芽を出した計画が頓挫してしまうのだから。


「大丈夫だよヨシュア、俺がしっかりウォルトのこと守るから」

 ヨシュアの怒りに怯えるような仕草をしたレンではあるが、安心させるようににこにこと笑う。

 ただそのレンに対して、ウォルトは気まずそうに視線を宙に泳がせた。

「あー、と。レンは今回お留守番で」

「なんで!?」

 即座に問い返され、その勢いにややたじろぐ。ヨシュアに怒鳴られても平然としていたウォルトではあるが、レンの方には鬼気迫るものを感じ、思わず一歩後退した。

「いや、俺とレンが一緒にいると目立つし」

 指名手配されている謀反人が、黒翼の精霊を連れ歩いているのは有名な話。

 セットで歩いていては余計な争いに巻き込まれやすい。


「それでは私が……」

「ヨシュアには、他に頼みたいことがあるんだ」

 そう先制されれば、ヨシュアには言葉を続けることができない。

「もう一度聞きます。罠だったらどうするのです?」

 代わりに、頭一つ分以上も上にあるウォルトの顔をじっと睨む。低く重い声での問いかけは、逃げを許さない。

「いや、その心配はないよ。アイゼリア領主なら、ね」


 逃げを許さない、筈だったのだが。

 いささか拍子抜けしたように、ヨシュアは目を瞬いた。

 質問の答えになっていない。

 思わずその根拠はと問い返すのを忘れるほどに、ウォルトの言葉は自信に満ちていた。

「なんでそんなこと言い切れるの?」

 だから、代わりにその問いを発したのはレンの方であった。

 ウォルトは口の端を吊り上げると、アイゼリア領主からの手紙をレンに見せた。

 その手紙を最後まで読み、レンは目を丸くする。


「罠とかそういう手段に頼る奴じゃないよ、――ナリアス・ローズウェルは」


大変遅くなりました!

本当に申し訳ありません、毎回毎回予定よりずっと遅くなってしまい言い訳のしようもありません。

これからもゆっくりペースになりますが、確実に書いていきますのでお付き合いお願いします。

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