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21話 美城の主

 馬車は、城の広い前庭でその動きを止めた。

 御者の老人が戸を開くのを待って、ウォルトとレンは石畳の上に足を下ろした。


「あー気持ち悪かった」

 小さくぼやきながら組んだ手を上に伸ばし、大きく息を吸い込む。

 耳聡く主人の呟きを聞きつけたレンは苦笑してウォルトの背をさすった。

 馬車の中で揺れに不平を洩らしたのはレンであったが、ウォルトも相当参っていたのだ。

 未だに胃の中でわだかまる不快感を収めようと、冷たい空気を肺に取り込もうと深呼吸を繰り返す。


 落ち着いてくると、ウォルトは前庭をぐるりと見回した。

「ふーん?」

 思わずと言ったように感嘆の声が洩れる。

 通路となる石畳の両脇には豊かな芝生が広がっていた。植え込みは丁寧に切り揃えられ、花壇には遅咲きのコスモスや水仙が彩りを添えている。

 今は季節柄質素な様相を呈しているが、春にもなれば更に明るく息づくだろう。


 そして更にウォルトの目を引いたのは、噴水の縁に腰掛けている民衆であった。

 幾人かで歓談している彼らは、身形から察するに城勤めの人間ではない。

「ノア様が、前庭だけでも憩いの場として使ってほしいと開放なさっているのですよ」

 ウォルトの視線を追って、老人が説明をする。

 口元に指を掛け、ふむふむと何度も頷く。

「それじゃあ、治安はかなりいい方なんですね」

「どちらかといえば良い、という程度でございましょうか。ここより先は当然警備を厳しくしておりますし」

 老人の言う通り、城のエントランスにはしっかりと警備兵が張り付いているし、屋上では数人の兵士が見張りをしているのが見えた。

 それはそうだろう。ここまで民衆が入り込める以上、あまり無防備にしているのでは城主としてあまりに危機感に欠けており、愚かだ。


 老人に促され、ウォルトたちは城内へと足を踏み入れた。

 中から見ても、やはりその城は美しかった。

 高い天井を彩るレリーフも石造りの床に敷かれた絨毯の意匠も繊細で、王城のそれに勝るとも劣らない。

 だが決して贅沢に過ぎることなく、質素な風合いを残している。

 中央のホールを通り抜け、階段を上りながら、レンは前を歩くウォルトの袖を軽く引き隣に並んだ。

「なんか、さっきから見かける人皆年齢層高くない?」

 歩きながらウォルトの耳元に口を寄せ、小声で囁く。

 城に入ってから、幾人かの使用人を見た。しかし、レンの言う通りその年齢層は随分と高く、一番若いと思われるメイドでも四十歳近くであるように思われた。

「ああ、それは多分、救済措置だからじゃないかな」

「救済措置?」

「未亡人とか失職した人とかに仕事をあげて養ってるんだと思うけど」

 ウォルトも、使用人に中年から老人しかいないということには気付いていた。

 そして過去に学んだことを思い出したのだ。権力者が景気対策に、経済的弱者を重用するということを、本で読んだことがある。

 ウォルトの声はレンに合わせてごく小さな音であったが、彼らを案内する老人には十分聞こえていたようだ。振り向いて、ウォルトの考えを肯定した。

「ノア様はいつでも、西地方の為を思っておりますから」


 そのようなことを話しているうちに、ついに辿りついた。

 城主の執務室。その扉の前で、三人は歩みを止めた。

「ノア様、ウォルト様と黒翼様をお連れしました」

 老人が声をかけると、返事よりも先に扉が開かれた。

 扉を開けたのは、身長こそレンと大差ないが筋肉質で体格のいい男である。右目を覆う黒い眼帯が印象的だった。

 予想外のことに目を見開くウォルトを目に留めると、男はにこりと人好きのする笑みを浮かべた。


「ようこそ。私がリディア城主、ノア・ブランカでございます」

 まさしく、その男こそが西方諸侯だった。

「諸侯様直々に出迎えてくださるとは、恐縮ですね」

 城主自らが扉を開けて訪問者を招き入れるなど、考えもしていなかった。

 驚きは皮肉となってウォルトの口からこぼれ出る。その声が溜息混じりになっていたとしても、仕方のないことだろう。

「驚かせてしまいましたかな。私がお呼びした以上、これくらいは当然と思っておったのですが」


 ウォルトの態度に気を悪くした様子もなく、ノアはウォルトたちを室内に招きいれた。

 勧められるままに長テーブルの一席に着くと、ノアは老人を退室させる。広い執務室にはウォルトとレン、そしてノアの3人だけになった。

 向かいの席に座るノアとの距離は、テーブルに飛び乗れば手が届く程度。ウォルトは自身の腰にさしている剣に視線を落とす。

「よろしいんですか?」

「何がですかな?」

「俺から剣を取り上げず、レンの力も封じずに、護衛も外して」

 一足飛びで斬り伏せられる距離。精霊が魔法を使っても逃げられない場所。

 ノアを殺そうと思えば、簡単に成し遂げられる状況だ。

「ウォルト卿は、私に手出しなど致しますまい」

「信用していただいているようで何より」

 呆れたようについた溜息が重く落ちる。

 確かに、ウォルトはノアに対する害意など欠片も抱いてはいない。

 だが、先日訪れた町では人殺しと罵られ、貴族には「機嫌を損ねたら殺される」と謗られた。

 それこそが世間一般のウォルトに対する認識なのだ。

 だと言うのに、そのウォルトに対して無警戒であるのだから呆れるのも当然のことだった。

「こちらが貴方を信じなければ、話をまともに聞いてなどもらえますまい」

 にこやかではあるが、力強さを感じさせる声音である。意志の強さをそのまま表すかのように、ウォルトには聞こえた。

 これでは周りの部下も心穏やかではいられないだろう。そう呆れはするものの、ウォルトはこの城主を嫌いになれそうになかった。却って好ましく思う程である。


「それで、そのお話とは何ですか?」

「そうですな。では、単刀直入に申しましょう」

 椅子の上で身動ぎし、話を聞く体勢を整える。

 碌な話ではないという予想に変わりはない。しかし、納得のいく説明があればあるいは、という程度には思えるようになっていた。

 だがそれでも、ノアの言葉はウォルトの思考を止めるのに十分な威力を持っていた。


「帝国の打倒、そして新しい国の設立をして頂きたい」


あまり話が進みませんでした…。


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