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19話 殺人誹謗


 男は少女に殴られた怒り、そして腫れた顔の痛みも忘れているようだった。

 肉付きのいい胸を張って、腕を組む。

「ふん、国を追われたら次は反乱分子の味方か。身替りが早くて結構なことだな」

 精一杯の侮蔑を込めた言葉を、男はウォルトに投げつけた。

 しかしウォルトの表情は変わらない。

 無感情に冷めた目で、男を見据える。


「俺はどちらの味方になったつもりもないよ」

 低く、友好の意思の欠片も感じられない声だった。

 立ち上がり、剣の柄に手をかけるが、未だ抜くつもりはない。

「俺はいつでも、俺の味方だから」

 自身の信じる正義の為、そして自身の大切なものを傷つけない為、それは全て自分の為に行うことでしかない。

 敬愛する師であるリオンから受け継いだ考えは、ウォルトの中でしっかりと根付いていた。


「では何故その娘を庇う?」

「目の前で無意味に人が死ぬのを見たくないから、かな」

 本当なら、ウォルトは少女が男を殴る前に止めるべきだった。そうすれば周囲を危険に晒すこともなかった。

 しかし、少女が先に手を出してくれてよかったとも思っている。そうでなければ、ウォルトが男を殴っていた。

「魔術師だろうとそうでなかろうと、命の価値は変わらない。簡単に殺そうとするな」

 間引くという言葉も、殴られて相手を消そうとするのも、気に入らない。

 ウォルトの声に怒りが滲む。

 今すぐに剣を抜かないのが不思議に思えるほど、ウォルトのまとう空気が険しくなっていた。

 男は僅かに気圧されたように後退するが、すぐにくっと喉の奥で笑った。

「流石はウォルト卿」

「?」

「魔術師でないだけあって、下々の考えをよく理解している」

 何だそんなことか、とウォルトは小さく息をついた。

 軽く肩を竦めて見せたのを、男はどう受け取ったのか不敵な笑みを浮かべている。

 だが、男が考えているほどは――否、全くと言っていいほどに、ウォルトはその皮肉に打撃を受けていなかった。

「魔術師であることが、そんなに偉いとは思わないけれど」

 吐息と共に零した独り言は、紛れもない本心である。

 だが、慢心している魔術師にはただの強がりにしか聞こえなかった。ますます上機嫌に笑みを深める。


「今日は引くことにしよう。これ以上余計なおしゃべりをしていたら、ウォルト卿に殺されてしまうからな」

 撤退。

 男は強気な発言をしているが、実際には逃げ帰るのだ。

 ウォルトがこの場にいる以上、民衆を傷つけての税徴収は不可能である。

 目的を達することができないということを、悟らせない為の虚勢。だが、当人ですらそれを虚勢とは気付いていないのだろう。

 男の見下すような笑み、翻した身の軽さが自身の勝利を信じている証拠だった。

 護衛の魔術師を引き連れて、男が立ち去る。

 数日後にはまた来るのであろうが、ひとまず今回は回避できた。

 こうして居場所が国の人間に知られた以上、今後追手が増えることが予想されるが、その心配は後回しでもいいだろう。今はそれよりも。


「ウォルト・ラヴェール…」

 背後でざわめきが生じる。悪意のはっきりと感じられる声がいくつも聞こえる。

 ウォルトはゆっくりと民衆を振り返った。

 騒動の中心にいた少女と、それを取り巻く町人たちが話し合っている。その間も彼らの目はウォルトに注がれていた。

 その目はどう解釈しても好意とはかけ離れていて、ウォルトは気まずさを禁じえない。

「長……あの男に、暫くここに滞在してもらってはいかがだろうか」

「そうすれば奴らもそうそう手出しはできないはず」

「だが奴は国の人間だ」

「ですが今は謀反人として追われる身ですぞ」

 男たちが少女にウォルトに滞在を勧めるよう進言し、少女がそれを拒否している。何人かは少女と同意見らしく、何事か言い合っている。

 どうやら少女はこの町の長のようだ。恐らくは町長が亡くなって娘である少女が継いだのであろうが、だからこそ先程の騒動では少女が先頭に立っていたのだろう。

 ある程度予想はしていたものの、実際に少女が長と呼ばれているのを聞いてウォルトは納得した。


 レンが、荷物を持って近付いてくる。話している声はレンには聞こえていなかったが、見るからに不穏な空気に耐え切れなくなったのだ。

「あんな人殺しなんかに頼るもんか!」

 レンの動きが止まった。衝撃に目を見開き、そして悲しげに表情が歪む。

 ウォルトは諦めたように苦笑していた。

「人殺しって!」

 キッと、レンが目元を険しくする。抗議をしようと開いた口を塞ぐように、軽くウォルトの手がかぶせられた。

「レン、いいから」

「でも、」

「事実じゃないか」

 まだ不満そうな精霊に笑いかけ、ウォルトはレンの持ってきた荷物を肩に担ぎ上げた。

 町人たちの口論は、徐々にウォルトを追い出す方に傾いている。

 尤もウォルト自身、既に出て行く意思を固めているのだから、議論の方向は正解だといえる。


 揉めている町人たちを尻目に、ウォルトはこの場を立ち去るべく歩き出した。

 そのすぐ後をレンが小走りについて行く。

 遠巻きに見ていた者たちが、彼らを呼び止めることはなかった。







 日は既に辺りを赤く染めるほどに低くなっている。刻々と色を濃くしていく赤が紺に変わるまで、そう時間はかからないだろう。

 今日も野宿から逃れることは出来なかった。

「あーあ。せっかく久々にベッドで寝られると思ったんだけどなあ」

 普段となんら変わらない明るさでぼやくウォルトに、返ってくる声はない。

 レンは翼を消した状態でウォルトのすぐ後ろを歩いていたが、俯いて黙り込んでしまっている。

「どうしたの?」

 振り向き腰を屈めてレンの顔を覗き込む。

 拗ねて唇を尖らせた顔は、随分と子供じみている。


「……ウォルトは、あんな風に言われても平気なんだね」

「人殺しって?」

 問い返すと、うん、と小さく肯定が返ってきた。

「だって、人殺しじゃないか。俺は」

 ウォルトは、今まで国内外問わず多くの戦いに参加してきた。

 他国との戦争、自国の内乱。それこそ手にかけてきた人数など数えてもいられないほどである。

「だからって、あんな謗りを受けていいなんてことにはならない」

「どんな理由だろうが、殺しは殺し。力を持たない民衆が、そういった行動を憎むのは正常な証だよ」

 戦で敵を殺す。もしくは、人や町を襲う罪人を殺す。

 これらは法で裁かれることはないが、一般民衆にとってはどちらも馴染みのないことだ。

 更に、先程の町はウォルトが殺してきた反乱分子に関わりがあった人間がいても不思議ではない。

「したくなかったことでも、そうするしかなかったとしても、正当化しちゃいけないんだよ。自分が屍の上に立っていることを忘れちゃいけないんだ」


 本当は、レンとて民衆の言っていることは分かっている。

 ただ、主人が傷付けられるのを黙っていられるわけではなかった。

 ウォルトは笑って受け止めているが、罪と悪意を突きつけられても全く気にならない訳ではないのだから。

「……ウォルトは、悲しくない?」

「俺の代わりに怒って悲しんでくれる精霊がいるからね」

 いい子いい子と頭を撫でると、レンは首を振ってそれを払った。ウォルトは払われて気を悪くするでもなくすぐに手を離す。

「茶化さないでよ」

「一応、本気なんだけどなあ」

「一応って」

 その部分だけ強調して言ったことに疑問を感じレンが聞き返すと、ウォルトは声を上げて笑い誤魔化した。

 笑い声をあげながら、ウォルトは踵を返し歩を進める。

 その後を追うレンの表情は、先程とは比べ物にならないほどさっぱりとしたものだった。


 主従が、自分たちを見つめる人物がいたことに気付くことはなかった。



章ごとにタイトルの文字数を決めるのに無理が生じているとは思いつつ…。

3章の前半部分がここで一区切りです。

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