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18話 身元発覚

 倉庫の中にいる5人は驚愕と警戒に緩みかけた意識を張り詰めさせ、音の聞こえてきた方向を勢いよく振り返った。

 閉めきられた倉庫の中である為、外の様子を見ることはできない。

 代わりにと耳を澄ませると、言い争う声と馬蹄、人の走る足音が聞こえてくる。

 ウォルトは踵を返すと同時に走り出し、出入り口の扉を開け放った。


「いい加減にしろ! この町には今あんたたちに出せるものなんかないんだ!」

「いい加減にしろはこっちの台詞だ。義務を果たしゃあこんなとこさっさと出てってやる」

「だからそれはもう少し待つって話だったじゃあないか!」

 遮るものがなくなった為に、はっきりと聞き取れる音量で会話が耳に飛び込んでくる。


 言い争っている声は少女と男のもののようだった。

「前の領主はそう言ったかもしれんがな、この地は今私のものだ。前領主がした約束を守る必要などあるまいて」

 見ればごてごてと装飾品で飾られた服を着た中年の男が、周りに数人の護衛を引き連れて少女と対峙していた。

 少女の後ろには、町人たちが5人ほど並んでいる。

 彼らの周りには、先程の音の原因と思われる木片と木箱、硝子の破片が転がっていた。


「……もしかして、今この町の権利者って国なのか?」

 口元に手を当てて、ウォルトは考えていた。

 領主は各町から集めた税金の中から定められた額の税を国に納めることになっている。

 しかし、だ。

 恐らく、ここの領主は税を納めることができなかったのではないか。その為、代わりにこの町が国に差し出された……男の言葉からの推測だが、大方合っていると見て間違いない。


「困ったなあ。あんまり城と繋がりが強い人には会いたくないんだけど」

「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないかな?」

 ウォルトの後ろから顔を出したレンは、騒ぎの現場を指差した。それにつられて考え事に傾いていた意識を渦中に戻す。考えている間に、随分と口論はヒートアップしてしまっていた。


「国から恩恵を授かっておきながら、払うべきものを払わんなどということがまかり通ると思うか!」」

「いつお国が恩恵なんか与えてくれたってんだ! 国はあたしらから奪うばっかりじゃないか!」

 少女は今にも掴みかかりそうな剣幕で怒鳴っているし、男の周囲では護衛たちが魔法具を掲げ、更には精霊までも喚び出していつでも攻撃できる準備を整えている。

 乱闘にでもなれば、よほど巧みな戦い方でもしない限り町人の側に死者が出る。

 仮に町人が勝ったとしても、報復でこの町は滅びる。

「本当に、困ったところに来たもんだ。……レンは、ここで待っててね」

 溜息混じりに呟くと、ウォルトはローブのフードを被った。

「おい、あんた。どうするつもりだ?」

 倉庫の奥から、スキンヘッドの男が戸惑いの多分に含まれる声をかけてきた。

「あんまり荒っぽいことにはしたくないからね。平和的解決の提案に」

 一度スキンヘッドを振り返ると、ウォルトは騒ぎの中へと足を踏み出した。


 どうせすぐに出て行く町、自分には関係ないこと。そう言って無視することもできる。恐らくそれが賢い選択というものなのだろう。

 だが、運悪くもこの場に居合わせてしまったのだ。このままにしておくことで発生する不幸まで、予想できてしまったのだ。

 何もせず放っておくには、寝覚めが悪すぎる。

「あー、双方とも、少し落ち着いて。話し合いましょう?」

 一斉にその場の全員の視線がウォルトに集中する。鋭いそれに少々たじろいだものの、両手を顔の高さにまで上げて害意がないことを示す。

「何だお前は!」

「しがないただの旅人です」

「余所者が口を出すな!」

 男からの鋭い声にのんびりと応じる。すると今度は少女からの怒声。

 いやごもっとも、と言いたいのを抑えてウォルトは微かに苦笑を洩らした。

「このまま争っては死者が出ます。それを見るのは忍びない。故にこうしてしゃしゃり出てきたというわけで……」

 場は極度の緊張状態にある。それを和らげるようにとウォルトは穏やかな口調を崩さない。

 ウォルトは男へと向き直った。護衛の魔術師たちが警戒して身構える。


「ご覧の通り、この町は今貧困の中にある。それこそ、住民が生活するにも困る程に」

 掌を上に向けた右腕を左から右へと動かす。この通りだから、周囲を見てみろと促すように。

 盗人が出るのもこれでは当たり前だ、と視線を倉庫へと移す。

 視線を元の通り男と少女に戻す。

 少女はウォルトの言い様に不満そうではあったが、事実である為に黙っているより他なかった。

「自分たちが必要なものすら足りていないのに、そこから更に搾取されたらこの町の人たちは生きていけませんよ」


「だからなんだというのだ?」

「はい?」

 冷たく切り捨てられ、ウォルトは反射的に不機嫌な声を出してしまった。

 自分でも予想外に棘の含まれた声が耳に届き、しまったと唇を噛む。

 仕切りなおさなくては、そう思って深く息を吸い心を落ち着ける。

「だからせめて、少し余裕ができるまで待ってほしいと……」

「関係ない。このような辺境の町、国に奉仕させる以外の価値などあるまい。物がないのなら人間を間引けばいい」


 ぽかん、とウォルトは間の抜けた顔をした。開いた口が塞がらない。

 この男は本気でこんな愚かなことを言っているのだろうか。

 驚きと呆れから、思考が一時停止する。

 だから間に合わなかった。

 少女が男を殴りつけるのを、止められなかった。

 男の悲鳴と倒れこむ音に我に返る。

「きっ、貴様あぁあ!!」

 裏返った甲高い叫びが耳をつんざく。

 それと同時にウォルトは地面を蹴った。肩をいからせて男を見下ろしている少女を抱きかかえ、無理矢理地に伏せさせる。

 少女が立っていた場所を、光線が通過した。光線が直撃した倉庫の外壁は熱した鉄を水の中に入れたときのような音をたて、焼け切れた。

「っ!」

 腕の中で、組み伏せた少女が息を詰めるのが聞こえた。

 ウォルトは少女から体を離すと、彼女を背後に庇うように起き上がり身構える。

 目前に迫った炎に向かって手を突き出す。飛来する火の玉を掴むようにして伸ばされた手に、その魔力の塊は触れるか触れないかのうちにポシュゥ……と気の抜けたような音をして掻き消えた。

 続けざまに向かってくる多様な魔法。それらは全て、ウォルトに触れる直前で無効化されてしまっていた。


「なんだ……」

「何故……?」

 目に見えて男と、そして護衛たちがうろたえる。

 魔法攻撃が止んだのを見て取って、ウォルトはホッと息をついた。真っ正直に自分と少女だけを狙ってくれてよかった、と。

 顔を上げようとした時。

 少女を組み伏せる動きと、魔法に伴って発生した風圧によってフードが脱げかけていることにウォルトは気がついた。

 慌てて戻そうと手を伸ばすが、僅かな差で間に合わない。

 茶色のローブの下から現れるのは、全てを跳ね返す白。

 年齢に合わない真っ白な髪が、衆目に晒された。


「……ウォルト・ラヴェール?」


 顔を真っ赤に腫らしている男が、確認するように呟いた。応える者はないが、その場にいる全員が同じ名を思い浮かべていただろう。

 顔は見たことがなくとも、噂だけなら誰もが知っている。

 魔法を掻き消す体質を持った、白髪の剣士の名を。


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