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17話 対価交渉

「レン、混乱しすぎだよ」

 笑いすぎて目の端に浮かんだ涙を片手で拭いながら、ウォルトはレンに向かって手を差し出した。

 訳が分からない、と言いたそうに眉を寄せていたレンはその手を見ると明るい笑顔を見せてテーブルを蹴る。

「うぇあっ?」

 しかし男たちの頭を飛び越えたところで足首をつかまれ、主人の側に辿りつくことは叶わない。空中ではバランスも取りにくく、抵抗らしい抵抗など殆んどできなかった。

「取引だ」

 羽ばたく翼に当たらないよう横に回りこんだ長髪は、挑戦的に口元を歪めた。

「ちょっと……っ、何なんだよ、痛いんだけど!」

「うるせえ、静かにしてろ!」

 抗議するレンを怒鳴りつけ、掴んだ足首を思い切りよく引っ張りテーブルに引き摺り下ろす。

 自由の聞かない状態で働かれた無体に、レンは声に出さなかったものの顔を顰めて痛みを訴えた。

「あんたが必死なのは、この精霊を取り戻したいからだろう?」

「……そうだけど」

 答える声音には、静かながら確かな苛立ちが含まれていた。ウォルトの視線はレンの足首を掴む長髪の手に注がれている。

「なら、精霊は返してやる。代わりに依代をもらいたいんだが、どうだ?」

 睨むように男の手を見ていたウォルトの眉が上がる。視線を長髪の男の顔にまで上げ、白い柔らかな髪をぞんざいにかき上げた。

「……何か、勘違いしているんじゃないか?」

 口調からは既に丁寧さが抜けている。

「多分だけど、あんたたちが思ってるほどの値打ちはないよ。もっとも、通常の大きさの真珠くらいの値段にはなるだろうけど」

「何言ってやがんだ。これだけの宝石が……」

 スキンヘッドが言い返しながら、テーブルの上に置かれたままの依代を手に取る。

 そうするとスキンヘッドは不自然に言葉を途切れさせた。

 見る見るうちに表情は驚愕へと変化していく。

「軽い!?」

「指で強く摘めば簡単に潰れる。中はスカスカだからね」

 言われたとおり石を摘み少し力を入れると、ピンポン玉のようにへしゃげてしまった。

「何しやがったお前!」

「何も。中にレンがいなきゃそれはただの張りぼてだってだけ」

 そう、確かに値打ち物ではある。だが、見た目で想像するだけの価値には遠く及ばないのだ。

 冷たく突き放すようにウォルトは告げ、男たちに近付く。レンの足を掴む長髪の手を乱暴に掴み上げた。

「っつ……」

 緩んだ手から逃げ出したレンはすぐウォルトの背に隠れる。

「それでよければ対価にしてもい」

「よくない!」

 遮るような大声はレンのものだった。

「お爺さんがウォルトにくれたものなんだから、簡単にあげるとか言っちゃ駄目だよ」

 子供を叱るような口調で窘められ、ウォルトは目を瞬かせてレンを見た。

 すぐに浮かべる苦笑は、男たちに向けていたものより幾分幼く気が抜けたように見える。

「確かに、大事なものだけど。爺さんは多分怒らないよ」

「怒らなくても悲しむよ」

「……」

 精霊を買い取る対価だ。しかも、ウォルトにとっては家族であり親友でもある存在の為に払う代償なのだ。

 大事なものだから駄目、などと言えるほどレンの存在は安くない。

 じっと視線を合わせること数秒。先に折れたのはウォルトだった。

 肩に担いでいた荷物を下ろすと、その中から10枚一連となっている金貨の束を取り出した。

「……これで、勘弁してくれないか」

 国から支給された資金が、思わぬところで役に立つ。

 男たちに差し出しながら、ウォルトは小さく溜息をついた。

「多分、その依代を売るよりはマシだと思う」

 驚いたのは男たちである。

 いくら高位の精霊を連れている魔術師とはいえ、小汚いローブを纏った旅人にこの依代よりも高価なものが持ち歩けるはずがないと思っていたのだ。

 だというのに、この年若いのに真っ白な頭をした男は何でもないことのように金貨を差し出してきた。

「い、いいのか?」

 思わず確認したくもなるというものである。

「よくないよ。これで冬を越す資金がいっきに減った」

 不機嫌に言い放つが、しかしだからと言って今後生活に困るかといえばそれはないと自信を持って言えた。

 ウォルトはあくまで魔術具職人なのだ。自作の魔術具は幾つか持ってきているからそれを売ればなんとかなるだろう。

 まだ信じられない様子で男は金貨を受け取り、依代をウォルトに手渡した。

「よかった……。ありがとう、ウォルト」

 満面の笑みでレンが礼を言う。

 理由は未だによく分からないものの、自分の為に代価を払ってくれたことに。

 そして、自分の望みを叶えて依代を手放さないでくれたことに。

「いいよ、元はといえば俺が……」

 そう言って、ウォルトがレンの頭を撫でようとした時である。

 外から硝子の割れる音と怒声、悲鳴が飛び込んできた。



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