16話 返却要求
出入り口に立ったまま、ウォルトは肩で息をしていた。額から流れる汗が床に染みを作る。
荒い息を紡ぎながら、スキンヘッドの手に黒い宝石を見つける。それと同時に安堵の表情を浮かべた。
「お願いします。その、石……返してください」
唐突なことに呆然としていた男たちは、その声に我に返って身構えた。
「何言ってやがる。返せって、これがてめえのもんだって保障がどこにある?」
「残念だが、こりゃあんたの探してるもんじゃないんじゃないか」
長髪と小柄な男がそれぞれ否定する。
3人の男たちはそれぞれ顔を見合わせて笑った。だが内心では極度に焦り、混乱していた。
何故持ち主がここへやってくるのだ。精霊の力を辿ってきたか、それとも誰かが情報を売り渡したのか。
「それじゃあ、確認させてください。そうしたら、違うかどうか分かりますから」
先程まで情けなくも泣きそうな顔をしていたウォルトだが、安堵と共に余裕が戻ってきたのだろう。
腕で流れる汗を拭うと真っ直ぐに男たちを見据えた。
「それはできねえな。確認するとか言って触った途端持ち逃げする気だろう」
スキンヘッドの言に、ウォルトはムッとしたように眉を寄せる。自然目つきが鋭く睨むようになるが、意志の力でそれを抑え込むと困ったように笑った。
「何もただで返せって言ってるわけじゃない。暢気に歩いてた俺にだって問題はあるし、出来る限りの代価は払わせてもらいます」
ウォルトはいざとなったら実力行使で奪い返すことも出来る。だが、出来る限りは平和的に解決したいというのが本音だった。
精霊のような意思も思考力も人間並みにある生き物を金で遣り取りすることに抵抗を感じないわけではない。
だが、誘拐されたからには身代金を払ってでも返してもらいたいというのは人間として当然の感情だろう。
通常の精霊売買の相場からしたら微々たる代価しか払えないが、元々はウォルトのものなのだ。そこまで贅沢を言われる筋合いはない。
ゆっくりとした足取りで、倉庫の中に足を踏み入れる。
男たちが警戒し始めたところで足を止めた。
「お願いします」
精一杯の誠意を込めて、頭を下げる。
「そこまで必死になるのは、中に精霊が入ってるからか?」
長髪がウォルトに一歩近付いた。
残りの2人が何か言おうとするのを手で制す。
顔を上げたウォルトは一度石に視線を向けると頷いた。
「なら、ちょっと呼び出してみてくれないか?」
「いいです、けど……」
これで呼び出せれば、石がウォルトのものであるという証明にもなるだろう。
ウォルトとしては助かるが、どういったつもりで男がそのような話を持ち出してきたのか分からず、怪訝そうに首を傾げた。
「そこの、テーブルに置いてください。握ってると危ないですから。――レン」
穏やかな声で呼びかける。
男たちの視線が石に向いた隙に、また一歩テーブルに近付く。
「レン、起きて。大事な用事があるから」
何の変哲もない言葉だった。
呪文を唱えるわけでも、儀式をするわけでもない。言葉に魔力を込めているとも思えない。
ただ普通に、優しく呼びかけるだけ。
だが、確かに変化はあった。
石が淡く発光した。と、思うとすぐに影のようなものが勢いよく石から飛び出す。
それは瞬く間に人の形を成していく。
空中に蹲っている背には鳥を思わせる黒い翼。
闇よりも深い黒だというのに、その翼から落ちる羽根は光り輝き、テーブルの上に落ちると共に消えた。
3人の男は現れた精霊に息を呑む。人形のように整った神秘的な面差しに感嘆の念を禁じえない。
ゆっくりと、精霊が閉じていた瞳を開き、テーブルの上に降り立った。
「……」
精霊は静かに辺りを見渡した。その姿にごくりと男たちが喉を鳴らす。
それからの数秒というもの、男たちはすっかり雰囲気に飲まれてしまっていた。
だが。
「あれ、え?! 何、何事!?」
急に精霊はパチリと目を見開いたかと思うと、慌てたようにきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「あー、やっぱり寝惚けてたんだね」
ポツリと主人が呟くのが男たちの耳に入る。
「寝惚けっ!?」
「てことはさっきのあれは寝惚けてボーっとしてただけってことか!」
「んなもんに俺たちは神秘を感じてたってのか?!」
余程ショックだったのだろう。男たちは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまう。
呼び出されたレンはというと、戸惑った様子で頬を掻いていた。
少し離れた位置に立っている主人。
すぐ近くで突っ伏している男たち。
そして自分が立っているのは何故かテーブルの上。
一体どういう状況なのか理解できない。
「…………ショータイム?」
このテーブルお立ち台代わりで。
そんなことを言ってポーズを取るものだから、ウォルトは耐え切れず噴き出し、男たちは更なる精神的ダメージに打ちのめされた。
ちょっと長くなりそうなので、一度区切らせていただきます。