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14話 誘拐事件


今回から3章になります。

今しばらくお付き合いください。

 ウォルトが謀反人の汚名を着せられ追われる身になってから、一ヶ月が過ぎた。

 紅葉も散り、冬が訪れようとしている。

 この一ヶ月、ウォルトは森の中を迂回しながら西を目指している。

 本来の任務で向かう予定だったのも西である。

 アナト帝国は東西南北、そして中央の5地方に分けることができる。各地方には諸侯がおり、地域内の領主たちを取りまとめていた。

 西方には魔力の弱い者が集っていることもあり、各地で反乱の気運が高まっていた。

 国を追われたからと言って反乱軍に加わるつもりはないが、追手に捕まる可能性は格段に低くなる。

 そして今。ウォルトは西地方の最北端にいる。

 辺境に位置するこの町は、恐らく直轄の領主にとっても手が回らない……いや、回す余裕がないのだろう。取り繕うこともなく荒れ果てた姿を晒していた。

 割れた石畳から飛び出ている雑草を避けつつ、ウォルトは周囲を見回した。

 崩れた建物は放置され、開いている商店ですら傾きかけている。しかもその商店に並んでいる品の量は微々たるもの。

 人影はまばらで、見当たる人と言ったら道端に座り込む母子、ボロを着て歩く男。後は恐らく家の中にでもいるのだろう。

「前に来たときより随分酷くなってるな」

 肩にかついだ荷物を持ち直しながら、誰にともなく呟く。

 普段ならすぐに応える声が、今はない。ウォルトの傍らには黒い鳥の姿も、黒髪の麗人の姿も見えなかった。

 白髪高身長の青年も、黒髪黒目の精霊も、人前に出るには目立ちすぎる。

 その為ウォルトはローブのフードを目深く被って顔を隠し、レンは臨時の依代で眠っている。

 ウォルトはそっと、腰に括りつけた巾着に触れた。

 手に伝わるのは、中に入った直径3センチほどの球体。硬質な石、レンはその中にいた。

 精霊は元々精神体であり、通常は人の目に見えない。

 彼らは人に認識されることによって実体を手に入れることができるのだが、体という器に護られない魂は傷つきやすく、壊れやすい。

 だからこそ、精霊は己を見つけ出してくれる主人を求める。

 しかし、そうかと言って主人を得た精霊が常に実体化しているかというとそうではない。

 魔力を使いすぎて休まなければならないとき、人目についてはいけない時。

 己の力で作る実体には宿れない。しかし長時間精神体のままでいるにも命をすり減らす危険性がある。

 そんな時に使うのが依代である。精神と波長の合う物質を体の代わりとするのだ。

 魔力供給が存分になされていれば、1日や2日依代に頼らなくても全く心配はいらないが、レンは休む時には大概依代である黒の宝玉に宿っていた。

「これじゃあ買い物は諦めた方がいいかもしれないな」

 買うどころか、町の人間が食べる食料すら十分にはないのではないか。そんな中買い込んでいくわけにはいかないだろう。

「まあ屋根のあるところで寝られさえすればいいけどね」

 幸い、前回訪れた町で買った非常食にはまだ余裕がある。

 今までは人目につかないようにと森の中を通ってきたのだ。町に入るのすら10日ぶりで、宿に泊まったのは既に20日以上も前になる。

 食料よりも暖かな寝床。

 それが今ウォルトにとって最重要事項なのだった。

 そんなことを考えながら、町並みを見回したとき。

 どん、と、左腕に衝撃を受ける。

 振り返ると、背の低い男がこちらに向かって会釈した。

「すいませんね」

「あ、いやこちらこそ」

 余所見をしていたせいで、向かい側から走ってきたこの男とぶつかってしまったのだと気付く。

 こちらの返事を最後まで聞かずに男は走り去って行った。

 よっぽど急いでいたのだろうか。こんな人通りの少ないところですら勢い余ってぶつかってしまうほどなのだから。

 疑問に感じつつ、ウォルトは再び歩を進めようと足を踏み出す。

 が。

「……」

 何か違和感を感じる。

 おかしい。何かがおかしい。

 何か足りないような気がする。

 首を傾げながらも一歩、二歩と歩みを進め、そして気付く。

 先程まで大腿に当たっていた感触がないことに。

「…へ?」

 普段の冷静さはどこへやら。慌ててローブの下に手を突っ込み、腰に括っていた巾着を探る。

 しかし、どれだけ手を動かし確認しても、そこにあるのは自分の腰と足のみ。巾着など影も形もない。位置がずれたということもないようだ。

 そしてその巾着の中身といえば。


「レンー?!」


 ようやくその現実を脳が受け入れたとき、ウォルトは裏返った声で精霊の名を叫んでいた。

 慌てて荷物をひっくり返す。

 落としたのかもと路地を確認する。

 見つからない。ということは。

 やはり先程ぶつかった男にすられたとしか考えられない。

「迂闊だった!」

 踵を返し、ウォルトは男が去っていった方に向かって全速力で走り出した。

 石はそれだけでも価値のあるものだ。

 精霊が宿っているのなら、更に値段は跳ね上がる。

 急がなければ売り飛ばされてしまうかもしれない。

 レンが異変に気付くかどうかというと、石の中で寝ている以上ほぼ気付かない。

 気付いたとしても逃げられるかどうか。

「精神体でこっちまで戻ってくれれば……いや危険すぎるか!」

 並んだ建物の隙間から裏路地に入る。

 表通りをずっと逃げているとは思えないから、探すのなら裏道だ。

「魔力を出せさえすればどこにいるか分かるのに……っうわ!」

 悲鳴をあげたのは瓦礫に足を取られ転びそうになったからだ。

 慌てて体勢を立て直し、更に走る。積まれたゴミを蹴倒したのはご愛嬌だろう。

 走っているうちに被っていたフードは脱げていたが、ウォルトにはそんなことを気にしている余裕など既になかった。



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