序章 黒い鳥
大地を巡る風のある限り
私はここに留まりましょう
あなたの風のある限り
あなたの残した命のある限り
いつか私が消えるまで
明るい日差しが降り注ぐ中、柔らかな白髪を揺らす少年はその歩みを止めた。
今までのんびりと辺りを見渡していた彼の目は、今は一箇所に留められている。
広く枝を伸ばし、濃い緑の葉を纏った、その隙間から零れ出る光。
それを遮るのは。
逆光だから、というだけではない。紛れもない漆黒の鳥が静かに佇んでいた。
カラスよりも大きいその黒い翼の持ち主は、同じように黒く光る瞳を少年へと向けた。
目が合うと少年は、ゆっくりと丁度その鳥の真下へと歩き、再び視線を合わせてふ、と微笑んだ。
「誰か、待ってるの?」
何冊も抱え込んだ本をしっかりと抱きながら問いかける。
「いつもそこに座ってるよね? 学校に、君の主人がいるからかな?」
ゆったりとした問いかけは、心地よく風に乗って流れていく。
鳥の長く垂れ下がった尾羽が揺れた。
"俺が……見えてる?"
空気を震わせることなく、直に脳に届く音は高くも低くもなく、そして水の流れのように澄み切っていた。
ああ成程、と。
納得すると同時に、驚きと喜びと。そして様々な思いから少年の口元の笑みが深くなる。
権利が与えられたのだ。彼にも。
一生訪れることなどないだろうと思っていたチャンスが巡ってきたことを理解した。それで十分であった。
例えこの機会をものにすることができなくても、彼は幸せであった。
「うん、見えてるよ。黒くて……綺麗な羽が。声も聞こえてる」
だけれど叶うならば。
強く深い、切ることのできない絆を。
そう願って、少年は手を伸ばす。
その選択が己を激動に誘い込むことも知らずに。
暑い日差しすらも吸収する翼のはためきは
静かに伝説の始まりを告げる。
連載を始めさせていただきます。
拙い作品ですが、これからよろしくお願いします。