第二話 忍者オタクのセレンディバイト
宝石の街シキオンに、一つの影が帰還した。
忍び装束のような衣装をまとい、長い黒髪を一本の三つ編みに結った女性。深い青緑色の瞳をきらめかせ、名をセレンディバイトという彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
「……任務完了でござる」
その手に握られているのは、手裏剣型のメモ帳だ。外界――日本の何処か――にある『忍者からくりパラダイス村』にて、観光を満喫してきたセレンのお土産品である。
「それにしても、この秘伝書は素晴らしいでござるな。忍びの極意が分かりやすく丁寧に記されているでござる」
そう言いながら彼女が取り出したのは、行ってきた観光地のパンフレット。忍者についての解説が、子供にも取っつきやすいように書かれていた。
「村のショーでやっていた『隠れ身の術』は、大変見事でござった。拙者も早速、鍛錬に励むでござるよ!」
拳を握る彼女、セレンディバイトという宝石は元々、『影』にまつわる分野に優れた魔力を持っている。影の存在とされる忍者の術などを再現することは、セレンにとって自身の能力の延長線上であった。
そんなセレンが街を歩いていると、美しい竹垣が現れる。忍者からくりパラダイス村の風景を思い出した彼女は、足を止めて一人頷いた。
「うむ、よい場所でござる」
そして何かの印を結ぶような仕草をし、セレンは魔力を集中させる。すると彼女の姿は、すうっと竹垣に紛れて見えなくなった。
――のは、良かったのだが。
「えっ……た、竹が……竹垣が消えた! 私の竹垣、どこ!?」
近くで竹垣を眺めていたユークレースが、悲痛な叫びを上げる。彼女は最近シキオンで暮らし始めた宝石で、スパッと割れる竹のかっこよさを好む者だった。
どうやらセレンは観光帰りの興奮状態が災いして、隠密能力を竹垣にも掛けてしまったようである。ちなみに竹垣は、ユークレースの所有物ではない。
「何と……拙者としたことが!」
慌ててセレンが能力を解けば、竹垣は彼女とともに再び姿を現した。
「あっ、竹垣だ! 良かったあー!」
幸せそうに両手を組むユークレースに近づき、セレンは声をかける。
「そこのお方、かたじけない。拙者が未熟なせいで、ご迷惑をおかけしたでござる」
「え? あ、今の、貴方の能力なんですか?」
「左様でござる。自分だけ隠れるつもりが、竹垣にまで能力がいってしまったようで」
「そうなんですね。大丈夫ですよ、消滅した訳じゃなくて安心しました」
あっけらかんと応えるユークレースに、セレンは安堵して微笑んだ。
「拙者はセレンディバイトと申す者でござる。貴殿は……」
「私はユークレースです。最近シキオンに来ました」
そうして二人は顔見知りとなり、何故かセレンはユークから鈴カステラをお裾分けされる。それは偶然にも忍者御用達の兵糧丸に似ていて、セレンは深々と頭を下げた。
「気にしないでください。私、お裾分けするの好きなんです」
「ユーク殿はきっと、シキオンの街に招かれたのでござるな」
ユークの性質に目を細め、セレンはついそんな言葉が漏れる。しかしそれは、また竹垣に目を奪われているユークには届かなかった。
「忍の道は、一日して成らず」
自宅に戻ったセレンは、手裏剣型メモ帳の一枚目にそんなことを書き記している。
「……とはいえ、休息も大切な役目でござるからな」
そしてユークレースに貰った丸いカステラを頬張れば、染み渡る甘さが疲れを癒してくれた。
セレンが兵糧丸を自作してみようとするのは、また別の話。




