第十二話 アメジストの相談室
街の中でも緑が多い静かなエリアにある、純和風の屋敷。
そこはシキオンで過ごす宝石たちの為に開かれた、何でも相談室のような場所だ。大なり小なり悩みを抱える宝石は、まずここを訪れることが多い。美しい日本庭園を望む部屋は、皆の心をのどかにしてくれると評判である。
今日はいつも自信に満ちた赤い瞳を持つレッドベリルが、やや疲れた顔で語り続けていた。
「……という訳で昨日は何故か、ガーネットと一緒にトレーニングをしてしまってね。彼女は僕が滝のような汗を流しながら超高速のスクワットをする横で、それはもう涼しげにヨガのポーズを取っていた。ゆっくり動くほうが力が要るなんてことは、僕だって知っているさ。しかしトレーニングというのはだな……」
相談というより愚痴のような内容だったが、彼の向かいに座る女性は微笑んで耳を傾ける。落ち着いた紫の瞳の虹彩には桜の模様が浮かび、長い茶髪をゆったりと一つに結んだ優しい雰囲気。マーメイドラインの袴がよく似合う、大人の女性といったその宝石はアメジストだ。
「レッドさんはストイックですね。貴方の情熱はとても純粋で、美しい赤色に輝いていますよ。時には集中できなくたって、揺らがないところは流石だと思います」
アメジストが柔らかく微笑んで応えれば、レッドは次第に心を和ませる。
「君にそう言ってもらえると、自信が蘇ってくるな。周囲が気にならなくなるのも助かる」
「うふふ、光栄です。でもそれはレッドさんが元々、まっすぐな本質だからですよ」
レッドのカップにハーブティーを注ぎながら、アメジストはそこにすうっと自身のエネルギーも付け足した。彼女は『幻』に関する魔力に秀でており、心身に影響を与える幻を見せることができる。今はレッドの為に、ハーブティーにリラックス効果を混ぜたところだ。ちなみにお茶の種類はいつも、相談者の好みを選んでいる。
自信家で少しとっつきにくいレッドだが、アメジストは彼に対して親近感があった。理由は自分も彼も、その宝石の中で唯一の色を表す名を持っていること。水晶の中で紫色をしたものがアメジスト、ベリルの中で赤色をしたものがレッドベリルと呼ばれるからである。
「美味しいハーブティーだ。これが飲みたくて来ている気がするよ」
そうレッドが微笑むのを、アメジストは嬉しそうに見つめた。
そんな折。
「おや、レッドベリルじゃないか。久しぶりだね」
ノックの音が響き、新たな宝石が部屋に顔を覗かせる。悠然とした深い緑の瞳の虹彩には、桜の模様。薄い金色の短い髪をした女性は、一見して王子様に見紛うほどの優雅な佇まいをしていた。
彼女の名は、ネフライト。翡翠とも呼ばれる、緑色のイメージが強い宝石である。
「あら、ネフちゃん。どうしたの?」
「この間話してた、胃薬を持ってきたんだ。邪魔をしてすまなかったね」
ネフライトはアメジストに応えたのち、レッドに打算の欠片もないキラキラした笑みを向けた。もしレッドが女性だったら、頭上にハートを浮かべていたことだろう。
「……相変わらずだな、ネフライト」
若干レッドの疲労がぶり返しそうになったものの、アメジストの能力はそんな脆いものではない。レッドは冷静なまま何となく、いつも一緒にトレーニングをしているジェダイトを思い出す。硬玉と軟玉という違いはあるが、ジェダイトも翡翠と呼ばれる宝石だった。
「顔色は良いみたいだね、流石はアメジストだ。ただレッドベリルは繊細なところがあるから、もし必要な時があったら君も使ってみてくれ」
ネフライトはレッドの様子を見やり、自作の胃薬を彼にも渡す。ネフライトの名は『腎臓』という意味の言葉から来ていることに関連し、彼女は内科系の治癒を得意としていた。
このネフライトもガーネット同様に、大らかでポジティブである。何事も楽しんで進むタイプだが、無謀ということはなく、それぞれの得意分野に聡明で強い。
ジェダイトも多少はネフライトのことを気にしていそうだな、と思ったら、レッドは何だか彼に親近感が湧いた。普段は喧嘩ばかりしているトレーニング仲間なのだが。
「二人とも、感謝する。今日はこの辺でお暇しよう」
「またいつでもいらして下さいね、レッドさん。ネフちゃんもありがとう」
「どういたしまして。他にも体調で気になることがあったら、僕の診療所に来るといいよ」
レッドベリルはアメジストとネフライトに見送られ、胃薬を片手に颯爽と歩いていく。
彼が少しだけ態度を和らげたことにジェダイトが首を捻るのは、また別の話。




