8-13「過負荷領域」
朝。
まだ空気は冷たい。
だが——
「今日は、少し上げるぞ」
フレイの一言で、その温度は一気に変わった。
「……昨日でも十分キツかったんだけど」
クレージュがぼやく。
「だからだ」
即答。
「慣れる前に、もう一段上行く」
「スパルタすぎんだろ……」
「死なねえから安心しろ」
「その保証が一番怖いんだよ」
軽口。
だが。
空気は張り詰めている。
「準備いいな?」
「……ああ」
剣を構える。
呼吸を整える。
意識を研ぎ澄ます。
「じゃあ——行くぞ」
踏み込み。
速い。
昨日より明らかに。
(いきなりかよ……!)
剣を合わせる。
重い。
衝撃が腕に響く。
「ほらどうした!」
連撃。
間を与えない。
速度。
圧力。
判断を削り取ってくる。
「——ッ!」
『補助開始』
内側の声。
即座に介入。
視界が“整理”される。
動きが明確になる。
回避。
受け流し。
反撃。
ギリギリで成立する。
「そうだ、それ使え!」
フレイがさらに踏み込む。
「もっと引き出せ!」
「……っ、分かってる!」
負荷が上がる。
補助の介入が強くなる。
判断が速くなる。
精度が上がる。
だが——
『処理領域拡張』
(……来たな)
昨日の“境界”に近づいている。
いや。
もう、触れている。
「まだ上げるぞ」
フレイの声。
その瞬間——
速度が一段跳ねた。
「は——!?」
完全に“上”。
今までのレベルじゃない。
視認すら難しい。
『フルサポートモード移行』
(やめろ——!)
止めようとする。
だが。
間に合わない。
補助が“主導権”を取りに来る。
身体が、勝手に動く。
完璧な回避。
無駄のない動き。
最短の反撃。
「……!」
フレイの目が細くなる。
「それだ」
低く言う。
「でも——」
さらに踏み込む。
圧をかける。
「それじゃダメだ!」
強引に崩しにくる。
衝撃。
バランスが揺れる。
だが——
補助が即座に修正。
立て直す。
最適解。
常に正しい。
でも——
(……違う)
“自分”が薄い。
判断している感覚がない。
ただ、動かされている。
それは——
「楽、だな……」
ぽつりと漏れる。
迷わない。
失敗しない。
勝てる動きだけを選ぶ。
その代わり——
「——空っぽだ」
次の瞬間。
フレイの一撃が叩き込まれる。
「ッ!?」
強制的に弾き飛ばされる。
地面を滑る。
「ぐっ……!」
体勢を立て直す。
息が乱れる。
「今の、なんで食らったか分かるか?」
フレイが問う。
「……」
答えられない。
「お前、“見てなかった”だろ」
「……っ」
図星。
「補助に全部預けた瞬間」
一歩、近づく。
「お前の視界、死ぬんだよ」
静かな声。
だが重い。
「最適解は出る」
「でもな」
剣を軽く振る。
「“想定外”に弱くなる」
クレージュの拳が握られる。
「……さっきのは」
「わざと外した」
フレイが言う。
「軌道、途中で変えたんだよ」
「補助は?」
「最初のパターンのまま処理した」
「だから——食らった」
沈黙。
重い理解。
(……そういうことか)
完璧すぎるがゆえの穴。
「どうする?」
フレイが構える。
「そのまま任せるか」
「それとも——」
ニヤリと笑う。
「取り返すか」
深呼吸。
ゆっくり。
意識を内側へ。
「……返せ」
低く呟く。
『要求を確認』
「主導権」
一言。
「俺に戻せ」
わずかな沈黙。
そして——
『制御権限を段階的に移譲』
感覚が戻る。
重さ。
遅さ。
不確かさ。
全部、戻ってくる。
「……っ、きつ……」
「それでいい」
フレイが笑う。
「そこからだ」
再び衝突。
遅い。
荒い。
でも——
“見えている”。
全部じゃない。
でも、自分の範囲で。
「——ッ!」
振る。
外す。
修正する。
ギリギリで繋ぐ。
補助は“支えるだけ”。
主役じゃない。
「そうだ!」
フレイが声を上げる。
「それが混ざった状態だ!」
負荷は高い。
限界に近い。
でも——
崩れない。
さっきみたいに“奪われない”。
「はぁ……はぁ……!」
最後の打ち合い。
剣が止まる。
同時に。
「……そこまでだ」
フレイが引く。
クレージュはその場に崩れ落ちた。
「っ……死ぬ……」
「死んでねえ」
「ほぼだろ……」
しばらく沈黙。
風の音だけ。
「……今のが上限だな」
フレイが言う。
「これ以上は壊れる」
「……分かる」
即答。
体が覚えている。
「でも」
クレージュが笑う。
疲れ切った顔で。
「使い方は、分かった」
「どこまで任せていいか」
「どこからダメか」
フレイが頷く。
「いいじゃねえか」
「じゃあ次だな」
「まだあんのかよ……」
「当たり前だろ」
ニヤリ。
「今度は“実戦で使え”」
「……は?」
「訓練でできても意味ねえ」
剣を担ぐ。
「戦場でできて、初めて価値がある」
クレージュが天を仰ぐ。
「休ませろよ……」
「半日な」
「短ぇよ!」
笑い声。
でも。
その奥にあるのは——
確かな進歩。
そして。
次の段階。
——実戦。
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