And so, Southward 1
モンスターカントリー五日目、出発準備中にカザルゥから物言いがつく。
「馬車だがね、もうもたんぞ。今朝の予行演習で車軸が少し軋んでおった。車輪も僅かに傾いとる。見れば補習用の工具もグリースバケツもない。準備不足だよ」
「悪いな」ケヴが片手をひょいと振る。「あたしの落ち度だ。軍で乗馬や馬車の操縦を一通り習ったんだが、世話やメンテは係の兵卒に任せきりだった」
「別に責めとらんよ。准尉の専門領域ではないのだから仕方がない。ただ、不具合の兆候がある以上、だましだまし使ってもせいぜい数日が限度だ」
「じゃあ……そこからは徒歩?」とアキラ。
「いやいや、今、馬車を捨てるべきなのだ。馬車が壊れたとき、ハラスを怪我させてしまう恐れがあるのでな。無用なリスクは冒さんほうがいい。この二頭が嫌がらんようなら、乗馬だの。片方は二人乗りで」
馬なんて乗ったことがない、とアキラが言おうとしたとき、通知が届く。
幌馬車や荷馬車の車体と維持管理道具類がSHOPに追加。
覗き屋エイリアンのファインプレー、ふたたび。
ガイエ工房、サリティノ製作所、ミュエル装具店……。馬車はやたらと意匠や装飾に凝った代物(お値段ポルシェ並み)から簡素なもの(中古の国産軽自動車クラス)まで幅がある。
ポイントが空っけつに近いアキラに代わり、ケヴが見繕う。
「いま買えるのは農家なんかで使う荷馬車だな。乗り心地最悪だが。とりまこいつで間に合わせて、ポイントが溜まったらまともな幌馬車でいいか?」
「いやもう、乗馬とか徒歩に比べたらぜんぜん不満なしです」
「おっと、これ、別にポイントがかかるじゃん」
「なんの?」
ケヴが画面を見せる。
ポップアップメッセージに〝現在のQSトランクのサイズでは出し入れできません。QS機能を拡張してください。機能の拡張には1000ポイントが必要となります〟。
ケヴがYESをタップし、説明を読み、拡張機能のQSトランクルームで荷馬車を出す。数メートル先に小さな貸し倉庫みたいなものがポンと現れる。シャッター類はなく、広い開口部から中の車体が見えている。
「これ、時間制限がある。さっさと出すぞ」
「時間制限?」
「五分で勝手に消えるとよ。手伝え」
荷馬車を出したとたん、五分経たずにトランルームが消える。
開口部といい、時間制限といい、避難所代わりできそうにない。
荷馬車を点検し始めたカザルゥにケヴが言う。
「伍長、グリースだのなんだの、選んでくれ」
その後の試運転で荷馬車は〝乗り心地最悪〟どころではないと判明する。幌馬車もたいがいだったが、輪をかけて酷い。ケツにガンガン響く。
「道先の様子だと今日の昼過ぎには新車に乗り換えだ」とケヴ。「我慢しろ」
実際、昼過ぎには一万ポイントの幌馬車を新調してケツに幾らか優しくなる。二頭のハラスにも優しくなる。荷馬車は農作物や農具の運搬のために重く頑丈に作られており、元の幌馬車にしても、エクサリオ軍の兵站の都合で略奪品(積み荷としては軽いが嵩張る)の運搬に大型馬車があてがわれていたからだ。そして六人乗り用の小ぶりな幌馬車は計量なだけでなく――
「外せるんですか?」幌の骨組みを引き抜いたケヴにアキラは尋ねる。
「こういう乗合馬車は着脱式がデフォ。冬場は幌を張る、夏場は外す、雨の日は張る、青天の日は外す、みたく使い分けてる。最初の馬車の枠が固定式だったのは、ありゃ本来、六頭以上の馬を繋ぐ軍事物資の大量輸送用だからだよ」
計量なのはいいが、ちと手狭だ。アキラとケヴは、片方はカザルゥの隣の御者台、もう片方は客室のベンチで側面および後方警戒、とローテーションを決める。
五日目の早朝から六日目の夕方にかけての踏破距離、六〇キロ。
景色に関しては、相変わらずのどかだ。広い野原と大中小の森が混在するモザイク状で、ほら好きにしろ、とリードを外した犬と長い散歩に出かけたくなる。ただ、アキラが地理の授業で観せられた『人類滅亡後の環境の推移』的なDVDの描写とはだいぶ異なる。あのDVDでは、田舎は五〇年もすると森になっていた。ここは二〇〇年も人の手が入っていないのになぜ遷移を免れているのか尋ねると、その主要因はモンスターカントリー発生時の途轍もない地盤沈下に求められる、とカザルゥがすらすら答える。
「良い質問だぞ、お若いの。わしも一度、よその大学の先生とこの点を話し合ったことがある」
初期対応に当たった往時の軍の記録、のちの冒険者組合の記録、〝外〟の自然環境で観測される現象の三点を組み合わせた学者先生二人のシミュレーションによると――
地盤沈下によって溢れた地下水と断絶した河川から流入した水によって山岳地帯を除く平野部の広範囲が大水害に見舞われ、数年から数十年後、土壌が排水しきれなかった水が低地に流れて巨大湖や大河を形成し、一方、水没を免れた平野部は最初期の水害により植生がリセットされ、樹木の種子が芽吹いても、生き残った野生動物や湧いて出た四本脚モンスターに若木の段階で食い荒らされて森林化が著しく停滞し、無事に残っていた森林も食害に遭い、その結果、地下水位の高い土地は沼地や湿原や小さな森のモザイク状と化し、地下水位の比較的低い土地は通常の草原と大小の森のモザイク状と化し、何か大きな変動がない限り土地全体の脆弱性や過食圧が劇的に改善されるわけではなく、ささいなことで水害が発生するリスクが非常に高い環境という点も変わらず、二〇〇年後の現在も森林化は一定範囲にとどまり、モザイク状の景観が維持されている。
「そしてわしらの前には、風景画の巨匠アウルの筆が生みだしたかの如き景色が広がっとるというわけだ。すべては遊び半分の推測だが、なかなか良い線をいっとるはずだよ」
無論、あるのは美しい自然物ばかりではない。
進むほどに旧カセリナ王国民の生活跡に出くわす頻度が増えて、廃墟巡りツアーの様相を呈してゆく。苔むした井戸、倒壊した水車小屋、朽ちた風車小屋、蔦に覆われたサイロ、石壁だけが残る集落跡、自然に埋もれた廃村や町の名残……
そして、のどかさや寂れた佇まいもまた、相変わらず見せかけだ。
屋根のある建物は必ず二本脚モンスターが居住権を主張しており、大きな建物や民家が数棟残っていようものなら群れが文明開化に勤しんでいる始末。この習性は冒険者界隈で広く知られており、新人への警句になっているという――家屋を見たら化け物の巣と思え。
おかげで、二日間に中和した標的コロニーの数は約一ダース半。戦闘音に誘われてきた飛び入り参加モンスターへの対処で半ダース余りの無印コロニーが黄色表示化。細かい遭遇戦は数知れず。夜間は夜間で、アキラの見張り中に黒毛とおぼしい四本脚が付近をうろついて緊張を強いられ、また、寝ているところをケヴやカザルゥに叩き起こされてビバーク地点に興味を示すゴブリン大中小を再三再四、処理した。
実戦投入をためらっていた破砕手榴弾の使用をアキラが決断したのは、この気の休まる暇のない連戦に次ぐ連戦の最中。ためらっていた理由は、破片の飛散範囲が広すぎて怪我の危険がつきまとい、とりわけ人間のように伏せられないハラスに被害が出そうだから。決断した理由は、防衛力を爆上げしてくれるクレイモア対人地雷の開放には破砕手榴弾のキル数が不可欠ときて、攻撃力を爆上げしてくれる擲弾発射筒の開放にはクレイモア対人地雷のキル数が不可欠だから。
そこでアキラが導入したのは、改造破砕手榴弾。
ケヴを納得させる必要があったが。
「ホントに火は点かねえんだな?」
「点きませんてば。フラグはそういう風にデザインされていないんです。爆発でイメージするようなデカい火の玉なし。落ち葉が降り積もった場所で起爆しても葉っぱが舞い上がるだけ」
「なら、まあ……ちなみに、爆発、どんくらいの威力?」
「なんていうか、誰かが踏んづけた状態で起爆すると、足首から下がズタズタになって、その脚が跳ね上がってバランスを崩して倒れるくらい。人間サイズの質量をポーンと空中遊泳させるような爆風は発生しません。そういう風にもデザインされていないんです。あくまで破片をまき散らすための爆発」
そして破砕手榴弾の危険性の別側面を説明する。
「フラグは破片だけじゃなくて、爆風の圧力もヤバいです。たとえば、自分には破片が当たらない物陰に隠れていても、すぐそこに投げたら、爆風の圧力で脳震盪になるリスクがあります」
ゲームではそのように描写されていた。爆風から近すぎると画面が半ばブラックアウトしてぐらぐらし、数秒間は完全に操作を受け付けなくなったのだ。破砕手榴弾のマニュアルにもそうした注意事項がある。より深刻で詳細な注意事項が。
「何がヤバいわけ?」とケヴ。「脳震盪って頭がぼーっとするだけだろ?」
「症状が軽ければ」とアキラ。「重度だと脳にダメージ。マニュアルによると、半端な距離に投げて起爆したときも爆風の圧力にさらされて、自覚症状のない弱い脳震盪が起こるそうです。こいつが特にヤバくて、自覚症状がないばかりに大丈夫だと思ってそういう圧力に何回もさらされると、弱い脳震盪のダメージが蓄積されて、最終的には脳障害のリスク大。そうなったらもうボケ老人みたく認知能力が低下して自分が自分でなくなります」
「マジか。脳震盪、こえーじゃん」
「地球じゃかなり注意喚起されてますし。スポーツやってると特に。自己判断で脳震盪を軽く見るな、すぐ医者に行って検査してもらえって」
言いながら、ふと気になる。リランを殺した火球の大爆発。あのあとしばらく頭がぐらぐらして、まともな思考力を失った。脳味噌をかなり強くシェイクされたに違いない。ま、どうせ元から馬鹿だし、とアキラは気にしないことにする。
「オッケ。で、改造したら安全に使えんの?」
「のはず」
手榴弾開放時に送られてきた『爆破ガイド』推奨メソッドのうち、現在購入可能なキットによる改造は(1)手榴弾のボディから遅延信管ごと点火装置を除去。(2)三〇センチにつき燃焼速度およそ四〇秒(海抜や気温やロットによって差異あり)の導火線に非電気雷管と発火装置を装着した非電気点火システムを用意。(3)非電気雷管を手榴弾に挿入し、ボディに導火線をぐるぐる巻きつけて、脱落防止に結束バンドと防水テープで仕上げ処理。
導火線は短いもので七〇センチ、長いもので二メートル。幅を持たせたのは安全圏への離脱時間確保と簡易地雷原の範囲拡大が狙い。M67破砕手榴弾を採用したのは単純にコスト面。使用にあたっては、脅威から距離を取りつつ遅延起爆時間の長いもの、中間のもの、短いもの、と順に点火装置のプルリングを引き、プシッと火花を立てて花火のような臭いがしたら、追跡集団の予想進路上に改造破砕手榴弾を投擲。ドンピシャなら群れの通過中にドカドカ起爆して死傷多数。
実際、そうなる。タイミングがずれて通過前後にドカンでも、離れた場所でドカンでも、それなりに被害をもたらす。最低でも驚かせ、混乱させ、足を止めさせる。
五日目だけで一人当たり五万四千ポイント稼いだことを受けて、アキラはケヴに提案する。
「ポイント券、いったん使うのやめません? 五万ポイントあれば、今後はキルポイントと中和ポイントだけでやり繰りできますし。それに、ぼくに発生してる契約履行義務が二人分でもう三〇個超えてるし」
「了解した。でもま、戦女神の願い事の件は、そう心配するこたぁねえと思うぞ」
アキラにしてみれば、クソ宇宙人の倫理観など当てにならない。現時点で手遅れ感はなはだしいが――三三個分の願い事!――これ以上負債を増やしたくない。
そんな心配が吹き飛ぶほど六日目は多事多難。
例えばオスカー1。オスカーは虫型モンスターをひとまとめにした符号で、ホテル同様、どんな虫野郎なのかは目視するまでわからない。このときは芋虫。大量発生した体長半メートルの巨大芋虫が草原を丸裸にする勢いで雑草や低木を食い散らかしており、そんな芋虫を捕食するゴブリン軍団とシシもどき軍団と数頭の黒毛が互いに牽制し合う中、三人の馬車が通りかかったことで微妙な均衡が崩れてしまい……。収拾がつくまでにたっぷり三〇分は要した。森林線に芋虫目当ての新手ゴブリン軍団や四つ脚軍団の姿があったため、三人は芋虫でキル数稼ぎをせず、急いでその場をあとにした。
赤毛にも遭遇した。黒毛を黒熊とするなら、赤毛は中型グリズリー。そこは街道が雑木林に呑み込まれている見通しの良くない場所で、TIカメラを構えるケヴが出し抜けに警告の声を発し、次の瞬間には自動散弾銃を撃ちまくっていて、アキラがSMGの銃口を向けたのと同時に二〇メートルも離れていない藪からデカいやつが飛び出し、八発のスラグ弾と三〇発の一〇ミリ弾を浴びながら前のめりに滑って停止したのは馬車から二メートルも離れていない地点。停止したときの様子と、ケヴのキル数が一増えたことから、バックアップ拳銃に持ち替えて放った三発の対捕食動物9ミリ弾が決め手になったようだ。〝腰回りが重いしもうバックアップ拳銃は要らないんじゃ?〟というその日の朝の議論はこれをもって立ち消えとなった。
ほかのデカブツにも遭遇した。獣頭(小)。ケヴが呼ぶところのオーク。豚っぽい頭部と横綱クラスの相撲レスラー体形が合わさった、DNAの悪ふざけの如き怪物。発見したとき、五体のオークはゴブリン狩猟班らしき小集団を襲っていた。単眼鏡で一部始終を目撃したアキラは自身の優れた記憶力を恨めしく思った。オークが半死半生ゴブリンを踊り食いする様がまぶたに焼き付いたからだ――心的外傷フォトアルバムの新たな傑作。馬車に食指を移した獣頭(小)は簡易地雷原と自動散弾銃で始末できたものの、うち一体はスラグ弾による腹部の損傷により内臓がこぼれ出、大腸と小腸を引きずりながら尚も突撃する気概を見せた。その姿もまた、アキラの夢見を悪くするキャストの一員に加わった。
そして七日目の正午前、広大な湿地帯と河に挟まれた第二の怪物エアポケットに入る。倒壊したサイロを指さしてカザルゥが言う。
「見る影もないが、この辺りは放牧地であったのだろう」
「フツーの農地とかじゃなくて?」とアキラ。
「畑仕事には向かねえよ」とケヴ。「こういう丘陵っぽい地形は労働の負担が大きい。水の管理も大変だし、地滑りの危険すらある。せいぜい小規模な果樹園とかだろ」
最初の怪物エアポケットにはなかったドブ川のような臭いが空気に混じりだして、アキラはガスマスクを着けたくなる。ガスマスクの欠点:視界が狭くなるか頬付け不能になるかのどちらか。口元だけを覆う防毒マスクを人数分買う。しかしカザルゥは――「気密性? だから剃り落とせと? この自慢の髭を?」――昔ながらのやり方、布を巻くことで対処する。
悪臭のせいか、樹木が極端に少ないせいか、熱源ひとつ見当たらない。数キロ進んだ先はさらに広々とした三日月型の野原で、四方に森林線が見えず、ほとんど草原。鼻の頭を掻こうとマスクをずらしたアキラはドブ臭さがないことに気づく。湿地帯との距離が開いたおかげかと思いきや、違うらしい。ケヴとカザルゥによると、植生から見て取れる土壌や水質の変化で悪臭がぱったり消えるのはよくあることなのだそうだ。
昼食の最中、カザルゥが丸一日の休養を勧める。
「見える部分も見えない部分も、わしらは疲れが溜まっておる。馬もそうだ。先がもたんよ」
アキラとケヴに否があろうはずもない。
体力はもとより、神経がもたない。
その神経の過負荷を吐き出すために、アキラは例によって筋トレを行う。最初は黙然と一緒に汗を流していたケヴが次第に鬼軍曹の顔を見せる。あと一〇回! グダグダ言わずにやれ! ペナルティだ、もう二〇回! 昭和の運動部の如き様相を呈すが、アキラは歓迎する。回数を競うことで張り合いが出るし――易々と倍の量をこなすケヴに勝てる日は果たして来るんだろうか?――追い込まれるほど頭と心が空っぽになる。
ケヴに怒鳴られながら小さな雑木林の外周に沿ってランニングもする。止まるな、もう二〇周いくぞ! のろま野郎、ペースを上げろ!
途中参加したカザルゥ教授が鬼軍曹のしごきメニューを軽々と消化してのけて、アキラをひどく驚かせる。ケヴも驚きと感心が半々といった顔。
「伍長、あんたの体力、七〇間近の老人とは思えねえんだけど。世の中には元気の有り余ったジジイがいるのは確かだが、そんなレベルじゃねえよ。そこらの新兵より体力あるぜ」
「日々のトレーニングの賜物だよ、准尉どの」とカザルゥ。「モンスターカントリーでの野外研究には冒険者を護衛に雇うんだが、彼らの手に余るとき、自分を救えるのは自分だけなのでな。体力維持と体調管理は最低限の準備だよ。とはいえ、六〇を超えてからは腰痛やら関節痛やらでガタガタになっておったがね」
「どこが? とてもそうは見えねえぞ」
「戦女神のおかげだ」とミネラルウォーターを口に運ぶ。
「爺さん、もったいぶってねえでゲロっちまえ」
「いや何、おまえさんたちへの同行を求められたとき、お伺いを立てたのだ――〝吝かでないがこの老骨では足を引っ張る、せめて健康な体であれば、贅沢を言えばあと一〇歳若ければ、御心にかなうものとなろう、どうにかできんか?〟と。ものは試し程度の交渉だったのだが、このとおり。腰痛よ、さらば。錆びついた関節よ、さらば。弱くなった胃よ、さらば」
「実際に一〇歳若返ったんですか?」アキラは半信半疑で尋ねる。
「表面的には特に変わっとらん」カザルゥが自分の骨ばった手を見やる。「六八のままだ。だが体感的には……そうさな、三〇代の頃ほど動けず、五〇代の頃ほど鈍くもない……四〇半ば、といったところかな。それでもこの数年に比べれば、足に羽が生えたも同然だがね」
謎は解けたと言わんばかりの表情がケヴに浮かぶ。アキラのほうは、新種の生物を見るかのような目になる。超科学の肉体改造手術でも受けたんだろうか……? どうであれ、カザルゥ教授が体力面で足手まといになることはなさそうで、むしろ鬼軍曹の科すトレーニングでドベになったアキラにこそ問題がある。
順繰りに沐浴してさっぱりしたあと、この二日間自重していた好奇心をカザルゥが爆発させる。その質問攻めもまた、アキラの歓迎するところだ。気楽な会話はストレス緩和の心の薬。日本史、アキラの個人史、世界史、統治機構や経済活動の変遷……。特に中世ヨーロッパから啓蒙運動に至る時代に醸造された近代民主主義の勃発とアメリカ及びフランス革命に興味をそそられたようで、カザルゥは小さな画板に留めた紙の上で羽ペンを躍らせる。アキラはボールペンとメモ帳を薦めるが、やんわりと断られる。
「いずれ清書するとき、地球の道具を自宅に持ち帰るわけにもいかんのでな。誰かに見られたら面倒事になるのは目に見えとる。気持ちだけ受け取っておこう」
一応の安全地帯をぶらついて教授の植物採取に付き合うこともまた、精神衛生上のガス抜きの役割を果たす。カザルゥは何か気になる植物を見つけるとルーペでじっくり観察して、三回に一回は半ダースほど手折ってアキラに渡し、渡されたアキラはその標本をアーセナルに仕舞い込む。今やカザルゥの肩掛け鞄の中身(研究資料と薬剤の原料)の九割方もアーセナルで保管中だ。
植物採取のあいだ、カザルゥはしばしばジェダ=オーメンスの加護を行使する。用いられるのは、教授が手ずから制作したタロットカード的な木札。心を無にして木札を並べていくと探し物が〝視える〟のだという。現に占いをしたあとのカザルゥ教授は迷いなく一直線に歩いていき、「見たまえ、新種だぞ」と喜色満面になる。アキラはオカルト全般に否定的な立場だが、このくされワンダーランドでは常識が通用しない以上、懐疑心を脇に置いておく。
「道具なしでも探したりできるんですか?」
「できんこともないが、わしの場合は、木札を使うほうが成功率が高い。割れたり腐ったりで、加護を授かってから数えきれんほどの札を作ってきたよ」
「なんで木札なんです?」
「霊感に打たれたというか、ピンときたのだ。これぞという研究テーマに出会ったときや、難儀していた論文に突破口を見出したときに似ていなくもない感覚だ。わかるかね?」
アキラは首を振る。
「まあいい。一服しよう。きみ、湯を沸かしてくれ。火傷するくらい熱い湯だ」
熱湯をドバドバ注いで出来合ったのは、微かにハッカ風味のある緑茶とでも言うべき代物。本人いわく、この薬草茶こそが七〇に迫らんとする長寿の秘訣らしい。
「どうかな?」
「けっこう美味しいです。何が入ってるんです、これ?」
「チエロ、タナーク、キシェの三つのハーブを調合してある。チエロは血色を良くし、タナークは病に強い体を作り、キシェは体力を増進させる」
「どんな成分で?」
「わからん」
「〝わからん〟?」アキラはマグカップの中身に疑わし気な視線をそそぐ。
「経験則があるだけなのだ。薬草学それ自体が若い学問で、雑全とした古来からの知恵を系統的に組織する試みにすぎん。おまえさんの言う〝成分〟が何がしかの働きをしておるんだろうが、それを突き止める手立てがないのが現状だ。ただ――」
カザルゥが手持ちの標本を取り出す。
「――葉や茎の特徴を観察して分類すると、かなり高い確度で効能を推測できる。例えば、チエロ科に分類された植物はやはり血色を良くし、タナーク科は強い体を作り、とそんな具合だ。属によってはまったく当てにならんこともあるが、むしろ例外と言えよう」
別に薬草学に興味はないが、ひとえに頭を忙しくしておくために、アキラは午後中、カザルゥ教授にくっついて見分け方や効能の指南を受ける。
そして夕食前に二時間ほど射撃練習をしておく。一日のサボりは三日の遅れ、とストイックなピアニストばりの情熱を傾けてアキラは各種銃器を使ったドリルをこなす。夜番に備えて昼寝をしていたケヴも仲間に加わる。しかしカザルゥ教授だけは、未だ刃物以外の自衛手段を手に取ろうとしない。都合十数回のドライファイアや試射程度では、銃器を手足の延長と感じるところまでいっておらず、安全面で自分を信用できない、というのがその理由。カザルゥが自分で自分に銃の携帯許可を出すときに備えて、御者中の自衛にもってこいの改変版ローランドスペシャルを新品の銃身に換装し、試し撃ちしておく。SMG開放前の酷使により、すべてのグロック10ミリの銃身が濃い黄色表示になるくらい摩耗していたのだ。
野菜とチーズとジャガイモ入りスクランブルエッグの夕食時に、カザルゥが話題を放り込む。
テーマは、ハードウェアに起因する戦争の変化。
「マスケットの評価試験を担当していたというフロレターリ准尉に訊きたいんだがね、小さな大砲の登場で我々の世界もまた、こちらのアキラ少年が語る地球のように銃主体の戦争に変わるんだろうか?」
「技術が進歩してマスケットの先に手が届けば、確実に」
「マスケットでは起爆剤足りえんかね?」
「まったく足りねえよ」
ケヴの論拠はこうだ。
まず前提にあるのは、マスケット銃の精度。
地球の銃火器同様、精度は使用弾薬に大きく左右される。
口径にぴったりと合った弾:射距離一〇〇メートルで人体大標的をコンスタントに撃ち抜ける。が、ほんの数発後には発砲の凄まじい汚れで銃腔が狭まり、鉛玉を込めるのが不可能になる。
口径よりも小さな弾:掃除なしで何十発も撃てる。が、カラカラ音を立てて筒を通り抜けるボールベアリングも同然で、弾が銃腔のあちこちにぶつかりながら飛び出すことになり、五〇メートルより遠くの〝ピンポイントと呼べなくもない〟射撃に難がある。
戦場においては、三、四発ごとに徹底的な掃除を必要とする武器など非実際的。というわけで、各国の軍隊は口径よりもかなり小さな弾を使う方向で模索している。
そんな軍仕様マスケット銃で一定以上の効果を上げる運用方法は、鉛玉の壁。要は、一斉射撃。現実的な射距離は二〇〇から二五〇メートル。理想的な条件下で約三〇〇メートル。そのラインを超えると鉛玉の壁ですら敵集団という大きな的を外しまくる。一方、軍属の魔術師や加護持ち弓兵の対応距離は最短でも三〇〇から四〇〇メートル。しかもマスケット銃が恥じ入るほど高精度。よって、マスケット銃兵の集団はアウトレンジ攻撃の恰好の的となり、何もできずにバタバタ死ぬことになる。
「評価試験の一環で軽く演習してみたんだが、加護持ち弓兵単独で、中隊規模のマスケット銃兵を手玉に取ってのけた。要は、マスケットは今んとこ、大砲と変わらねえ」
「なるほど」とカザルゥ。「わしの現役時代に大砲が登場したとき、戦争の有り様を一変させると期待されたもんだが、准尉がいま言ったような結果に終わったよ。よほど賢く運用せんと兵をいたずらに損耗――」
「ちょっといいですか?」アキラは口を挟む。「いったいどうやれば弓矢で四〇〇メートルも離れた人間を正確に狙えるんです? ハルドガルドでそういうの見ましたけど、未だに信じられなくて。どういう加護なんです? 魔法の一種?」
「魔法っちゃ魔法だ」とケヴ。「狩猟の神ニアの加護で得られる能力の一つに、矢に風をまとわせるってのがある。風をまとった矢は一直線に飛んでいく。風はそのうち消えるんだが、平均的な能力の加護持ちで持続距離は四〇〇メートル前後。加護が強く発現したやつや資質に恵まれたやつなら、その二倍、三倍の距離でも五分五分以上で当ててくる」
マジかよ。
ったく、とんでもない世界だ。
「狩猟の神様の加護でゲットできるほかの能力、どんなのがあるんです?」
「弓矢の扱いに必要な筋力を得られやすくなって、目が良くなる。そこも個人差だけどな。あとバランス。目がめちゃくちゃ良くなっても、風をまとわせられる距離が三〇〇メートルなら、対応距離は三〇〇メートル。逆に一キロ先まで風をまとわせることができても、六〇〇メートルより遠くの標的を視認できないのなら、そこがそいつの限界」
「いずれにせよ、魔術師に次ぐ戦場の花形だ」とカザルゥ。「有史以来、数多の伝説的な将軍や戦士が加護を持つ弓兵の手で歴史から退場させられてきた」
じゃあ加護のない普通の弓兵の場合は?
そこも個人差が大きいとケヴが答える。
「弓はどれも統一規格のない一点物みたいなもんなんだよ。弦の強弱やら矢玉の調整やら、一人一人が自分の技量を最大限に活かせるものを使う。そうした力量と得物の違いで、急所を狙える距離が二〇メートルのやつもいれば、五〇メートルのやつもいる」
「一斉射撃の有効射程はどれくらいですか?」
「〝一斉射撃〟?」ケヴが眉をひそめる。「弓で?」
「しません? こう、みんなでタイミングを合わせて遠い敵集団に矢の雨を降らせるやつ。映画で――物語で、見たことあるんですけど」
「地球の弓、こっちのとは違うの?」
「え? どうなんだろ。弓のことなんかぜんぜん知らないし。でもチラッと見た感じ、形は同じです。この世界の弓を地球に持って行ったら、たぶん区別つかないんじゃないかな」
「なら弓の一斉射撃なんてもんは十中八九、地球の物語作家の創作だぞ」
「そうなんですか?」
「弓を引いてみればわかる」カザルゥが横から言う。「あれは相当、筋力を使う」
「よーいドンで射るために弓を引いたまま保持なんかしてみろ」とケヴ。「数回で筋肉が萎えちまうぜ。命令が出たら各個に射るのがフツーだ」
「クロスボウはどうなんです?」カザルゥとケヴを交互に見やりながらアキラは尋ねる。
「運用方法がちげぇ」とケヴ。「射程四〇メートルを超えるとマジ役に立たねえから、クロスボウ兵は敵にギリギリまで近づく。自衛用の剣や斧を振り回すほうが多いくらいだぞ、あいつら」
「防衛戦などでは事情はちと異なるが――」とカザルゥ。「クロスボウで一斉射撃なんぞしとる余裕はないの。というか、意味がない。号令を待って待機するあいだ、シルエットがずらっと並ぶ格好の的になってしまう。長弓と同じく各個に射かけるのが普通だよ」
「それで思い出したんだが」
と、ケヴがカザルゥに顔を向ける。
「さっきの戦争手段の話。銃が魔術や加護を凌駕して、フルスケールの撃ち合いが主流になるマクロな変化は数世紀先でも、飛び道具の更新っていう比較的ミクロな変化は、今後一〇年が節目になるはずだ。少なくともサロ帝国軍では、クロスボウを廃止して、マスケットを正式採用する方向で動き始めてる」
「演習でその効果に疑問がふされたのにかね?」
「理由は大きく二つ。一つは、マスケットはクロスボウの上位互換だから」
「幾つか思い当たるな」
「特に優れている点が四つある。クロスボウよりも兵站の負担にならず、遥かに射程が長く、桁違いに威力が高く、コスパがいい。特にコスパ。あんたもよくご存知だろうが、クロスボウの製造は手間がかかる」
「うむ。職人技の世界だからな。だがマスケットのほうが難儀なんじゃないかね?」
「うんにゃ。セットの武器として見たとき、マスケットのが簡単だ。複数の素材を手作業で加工して組み合わせる太矢は、品質管理がシビアな上に、金がかかる。運用面においても、太矢は維持管理に神経を使って兵站に負担をかける。翻ってマスケットの玉は金属を溶かして流し込んで終わり。要求される予算と技術のハードルがぐっと下がる。ぶっ壊れねえから運搬も気楽だ。なんなら、ちっこい鋳型と焚き火と融点の低い金属さえあれば現場で兵士一人一人がぱぱっと玉を作れちまう」
「火薬は? 安い買い物ではないだろう?」
「トータルで見りゃクロスボウ一式よりも安上がりだよ。兵站面の利点も同様。密閉性と火気厳禁ってところだけ気をつけておけば、火薬樽の運搬は、太矢の輸送よりも面倒がない。マスケットの運用はまだいろいろ課題を抱えちゃいるが、予算・火力・兵站でプラスしかねえし? クロスボウはお払い箱だ」
「もう一つの大きな理由をお聞かせくださるかね?」
「モンスターカントリー」
ケヴが一つの未来予測を披歴する。
今後数十年で世界中のモンスターカントリー攻略が躍進を遂げるだろう、と。
「対モンスター評価試験の敗因は、単にマンパワー不足。魔術師と加護持ち弓兵に支援された数千名のマスケット兵を揃えれば、間断なき射撃で既知の化けモンは敵じゃなくなる。未踏査領域に未知のヤバいやつがいるかもだが、ま、それはそれだ。デブリーフィングでこの所感を伝えたら、サロの高官連中は目の色を変えたよ」
「それで躍進か。全土平定ならば?」
「二〇〇年、三〇〇年のスパンなら、あり得る。短期的には厳しいな。マスケットの火力を活かせる大部隊を展開させるには、森林地帯や山岳地帯、迷宮の中がどうしても鬼門になる。かといって機動力のある小部隊に分割すると、火力のアドバンテージが薄れて各個撃破されるリスクが劇的に高まる」
「地上に関しては森を焼き払えばいいんじゃ?」アキラはふたたび口を挟む。
「過去に何度か試みられとるが」とカザルゥ。「水場が多すぎて思うように燃え広がらんよ。広範囲が延焼したケースにしても、火にまかれたモンスターの大集団が暴走した。最初期には、火を放った軍が暴走に呑み込まれて壊滅したと記録にある。冒険者組合以降は、自然火災で暴走が発生して、砦が幾つも墜ちて、村を抜かれかけとる。わしはその生き証人だ。冒険者時代に火災と暴走の現場に行き会って危うく天に召されかけた」
「じゃあ……単純に、森林破壊で棲み処を減らしていくとか」
「経済効果の面で落第点だの。森林火災についても言えることなんだがね、ただでさえ水捌けの悪い土地を丸裸にしてしまうと、水害の頻度と規模と被害が拡大してしまう。怪物をある程度追い払える代わりに、迷宮で利益率の高い戦利品を獲得するのが難しくなってしまうわけだ。食物などの植生にも多大な悪影響がある。これは予想ではなく、歴史的事実だよ。まさに棲み処を減らすべく冒険者村が森林破壊をやらかして復旧に数十年を要した例が幾つかあるのだ」
「命よりも大事なお金のために効率性を採れないってなかなか皮肉ですね」
と笑うアキラの肩を、ケヴが突く。
「もし火をつける装備があるなら、ぜってー使うなよ」
「了解」
「して、長期的視野の平定の目算などは?」カザルゥが話を戻す。
「入植」とケヴ。
「ああ、何度も立ち消えとるアレか。マスケットがあれば現実味が出ると」
「いけるよ。サロ帝国は乗り気だ。マスケット運用のアドバイザーとしてお偉方の内議に呼ばれたことがある。構想の第一段階は、マスケットを主装備にした一万から二万の兵団を派遣し、駐屯地建設、駆除、警備、迷宮の氾濫防止に当たらせる。第二段階は、駐屯地の拡大と都市化。状況次第では第二段階で入植者を募り送り込む。あたしが聞いたのはここまでだが、あとの流れは、想像力が世界一貧困なやつでも言い当てられる」
「なるほど。最初の内こそ時間はかかるかもしれんが、そうした都市が二つ、三つと増えて、人口と生産力と防衛力が高まれば、洪水のような勢いで人類の勢力圏が広がっていくのは火を見るよりも明らかだの。実施に至る最初の壁は冒険者組合だな。軍が乗り込めば反発するだろうて。無駄と承知していても」
「ああ、無駄だ。国が本気で動けば既得権なんざ無視して組合を締め出す。なにせ、ぶら下がってる利益がデカすぎる。武力衝突に発展して血が流れようが、気にもしないだろうぜ」
「そしてモンスターカントリーによってもたらされた道具でモンスターカントリーが滅ぶというわけか。パム=デ=クリムの手の平の上で転がされとるわしらは果たしてどこへ連れていかれると思うね?」
「さあ? 地球式の大戦争とかじゃね?」
「すみません」とアキラはみたび口を挟む。「〝モンスターカントリーによってもたらされた〟って言いましたけど、マスケットのことですよね?」
「そ」とケヴ。「マスケットは迷宮で発見された」
「大砲もな」とカザルゥ。
「じゃあ、どこかの頭のいい人が発明したわけじゃなくて、完成品をぽんと手に入れた?」
「そ。だから一世紀前に大砲が発見されたときは、何に使う道具なのかわらなくて、一〇年以上放置されていたらしいぜ。でもある日、攻城兵器の火薬管理担当者にして工作が趣味のとある将校が閃きに打たれて、使い道を発見した。多方面からの横槍のせいで度重なる中断や遅延に悩まされながらも、リバースエンジニアリングによる試作と試験運用、製造基盤の整備に四〇年ほど費やしたのち、南部連合がチェロア戦争で大々的に投入しのを機に、大陸規模の標準装備の仲間入り」
「マスケットもそんな感じ?」
「似たようなもんだ。大砲のノウハウがあったっつっても、要求される加工技術や素材が違う。発見されてから実用に足る試作品の完成まで、横槍なしで三〇年近くかかってる」
「この話の面白いところは」とカザルゥ。「大砲もマスケットも、全世界のモンスターカントリーで同時期に発見されたことだよ。パム=デ=クリムがそう仕組んだのは間違いない。いったいどのような進歩を期待してのことやら」
「ほぼ間違いなく、より高度な文明への急速な発展」ケヴが言う。
「ほう? その心は?」
アキラのほうへ顎をしゃくり、「地球の話を聞くまで思いつきもしなかったんだが、あたしらの世界は、加護と魔術を優遇して科学技術が酷く停滞してる。古来から何がしかの発見や論理の構築はあったっつっても、神々より賜りし加護に最上位の価値を置き、それ以外を数段下に見て、社会全体で冷遇してきた。伍長、当事者の一人であるあんたには言うまでもなく、自然科学がようやく市民権を得て学問に昇華されたのはここ三、四〇年の話だ。あんたの世代や、あんたの一つ上の世代の尽力で」
「新学科の設立にひと悶着もふた悶着もあったのは確かだね。宗教学・魔術学・法学の三大学科が音頭を取った忌々しい反対運動は今でも忘れられんよ。頭の固い阿呆どもめ」
「ほいで地球の歴史とこっちの歴史を比べりゃ、見えてくるもんがあるだろ?」
「ふうむ。地球の文化的停滞期だが――」カザルゥがアキラに目を向ける。「五、六〇〇年だったか? なんちゃら帝国の崩壊から数えて」
「ローマ帝国」とアキラ。「本格的な文芸復興運動の萌芽までさらに二〇〇年ほどかかってますけど」
「いや、それでも早い。きみの話だけでは正確な比較は難しいが……わしらの世界にもかつて高度な文化を誇る大帝国があった」
「初代皇帝ヌーマンが興した帝国だよ」とケヴ。
「ああ、ショタコン女神におちょくられた人」
「不敬な呼び方はやめろっつったよな?」
「なんにせよ」とカザルゥ。「こちらの歴史も似たような経緯を辿っておる。大帝国の崩壊と文明の後退、文化の復活。違いは、暗黒時代から抜け出すのに地球の倍の年月を要している点だ。しかも自力で獲得されたものではない。礎となった経済的回復も、それに続く文芸復興も、契機になったのはモンスターカントリーだ。発見された美術品や家具やレリーフがわしらの胸に憧れの炎を点し、霊感を授け、勤勉にさせたのだ。パム=デ=クリムが言ったとされる〝人類の大いなる跳躍〟とやらにまんまと誘導されとるわけだよ。ひとつ弁護させてもらうなら、わしらのご先祖様は軒並み役立たずだったわけではないがね。長すぎる衰退期のあいだ、きみの語る地球の歴史と似たような形で、散発的に技術力が底上げされてきた。戦争だよ」
「全部が全部そうじゃないですけど、まあ、戦争が大きな原動力の一つになってるのは確かです」
「この世界も効率的に人を殺す方法に創意工夫を凝らすことで技術が発展してきた。特に土木建築分野だな。堅牢な城塞を築くために大帝国崩壊時に遺失したモルタルが〝再発見〟され、長期間の包囲に耐えるべく上下水道が〝再発明〟され、進軍を速やかにすべく道路や堤が大規模に整備され、それらが社会に還元されて生活水準がちょっぴり良くなった」
カザルゥがケヴに顔を向け直す。
「して、准尉どの。新時代の武器が、大砲やマスケットが、わしらの文明を推進させると?」
「現に推進させてる。半世紀前と現在じゃ製鉄技術に雲泥の差があるし、大砲で得られた火薬のノウハウが採掘事業に革命を起こしてる。上層部の一部は、自然科学を通して得られる物質世界の理解こそが自国を豊かにし、他国に抜きんでる手段だと気づき始めてる。進歩派に鞍替えするガチガチの保守派すら増えてる。要は――」自分の地球装備を手で示して、「いつかこういうもんを作れるようになる土台が出来上がりつつある」
「そして我々の世界にも科学が溢れるわけか」
「いずれは確実に。今はその黎明期だ。見ようによっては、もう過渡期に踏み込んでるのかもな」
中国の呪いの言葉、と二人の会話を聞きながらアキラは思う。
どうか面白い時代を生きられんことを。
もちろん〝面白い時代〟は反語だ。
ケヴの言うとおりになれば、これから〝面白い時代〟を生きる異世界人は過去に例を見ない大量の血で歴史を綴ることになるだろう。そしてクソ宇宙人は何を考えてるのか? 神々を演じて〝工業力アップ、ひゃっほう〟みたいなノリでリアル『シムシティ』でもやってるつもりなんだろうか?
翌モンスターカントリー八日目の午後、ジュリエット17の中和後にまずアキラが、続いてホテル10の中和後にケヴが、総キル数一五〇〇の大台に乗る。これがゲームなら、対戦ラウンド終了時にマップの空が花火で埋め尽くされ、勇ましい行進曲が流れ、自陣営や敵陣営のプレイヤーから「Congrats」と祝福されているところだ。そして退室するなり和気あいあいとした初心者マップから蹴り出されて、生き馬の目を抜く一般マップに放り込まれる。
この世の地獄ではイベントもセレモニーもなく、単に新装備が解放されただけ。
小口径自動小銃、その各パーツ、フルサイズのプリズムサイト、ライフル口径減音器、IRレーザーとIRイルミネーターの統合ユニット、プレートキャリア、ライフル弾薬ポーチ、弾道ソフトウェア、約一週間ぶりにお目にかかる『初心者ライフルマン雨宮アキラくんのためのライフル射撃ガイド』。
それから〝屋外射撃場〟。
アキラは少し胸を躍らせる。フローチャートにその名を見つけたときから淡い期待/夢想を抱いていたのだ。ゲームのそれみたく時間・天候・地形・標高・気温・湿度・気圧・風速といった環境をいろいろいじれる射撃場に入れるんじゃ……? 期待が潰える。この屋外射撃場は特殊なフィールドに入れるわけではなく、単に――
「たとえば二〇〇メートル先に標的を設置したいとき、そこまで歩かなくてもできんだな、これ?」マニュアルに目を通し終えたケヴが言う。
「みたいですね」
そして利用地点に制限がかけられている。制限の理由は〝遠距離にポップさせた標的を囮に用いるゲームバランスの崩壊防止〟。
くされ後進世界に現代兵器出しといてゲームバランスとか今さらすぎんだろ、とアキラは思う。とりあえず、簡易広域マップに足された〝屋外射撃場〟利用可能地点表示をONにしてみる。現在地よりだいぶ南の、脱出ルート沿いの一角。なるほど、怪物エアポケットの奥か。休養を取った三日月の草原だ。
「利用地点、見たか?」とケヴ。
「見ました。ライフルの練習しなきゃだし、いったん戻りませんか? 成功するかどうかは別として、いろいろアンロックも試したいし」
「きのう言ってたやつな。一日でいける?」
「最低でも三日はほしいかも。できれば一週間。もしアンロック失敗でも、ライフルを練習して射距離二〇〇メートル以上でコンスタントに当てられようになれば、今後の戦闘がだいぶ楽になります。てか、射程を活かせるようにならないとかなりヤバいです」
誇張抜きに、かなりヤバい。
道先一〇キロのビバーク地点は手前から蛍光ブルー、蛍光イエロー、蛍光レッドのグラデーション。進むほどに標的コロニーと無印コロニーが増える。八キロ先には大きな街まである。名はレヴネント。カザルゥ教授が野外研究の準備段階で読み漁った冒険者組ロフト支部所蔵の郷土資料によると、往時のレヴネントはロフト王国との交易で栄え、その人口はカセリナ王都に次ぐ一五万を擁していたという。世界規模の貧困に喘ぐ二〇〇年前の基準で言えば大都会だ。
旧領都レヴネントの市街地表示は東西に約五キロ。見切れている北側にもきっと同じくらいの広がりを持つに違いなく、しかも市街地各所に標的コロニー。
「ま、無理もない」と横から覗くカザルゥ。「これだけ建物があれば人型がわんさか寄ってくる。年がら年中、凄まじい食い合いが起こっているに違いないわい」
「街の近くはホテルのコロニーが全然ないですね」
「そりゃ連中にだって生存本能はあるからの。人型が大量に群れているような場所に草食型は近づかんよ。四本脚がいるとしたら、人型を餌にする単独徘徊の捕食型だろうの」
「つまりデカブツだ」とケヴ。
アキラは苦い顔でうなずく。
脱出ルートは旧領都レヴネントを大きく迂回しているものの、街を取り巻くコロニーは多く、交戦の騒ぎを聞きつけた中の連中が出張ってくるかもしれず、時間をかけてライフルに習熟する正当性がいや増す。
「あたしは異議なし」
「教授はどうです? ちゃっちゃと進みたい感じですか?」
「いやいや、標本を整理する時間が取れるのはありがたいよ。ここから生きて帰るために必要だと判断したことはどしどしやってくれたまえ」
というわけで、昼食後に発ったばかりの怪物エアポケットにとんぼ返りをする。そして二時間半前に撤収したビバーク地点にテントとタープを張り直す。カザルゥが早速、採取標本を手に書き物を始める。アキラとケヴは薄い木立を出、屋外射撃場を起動する。
百貨店の案内モニターに似ていなくもない操作盤がぽんと現れる。
大型タッチスクリーンに映るメニューの内容は、ゲームと同じ。ただし、環境設定がない。標的設定もゲーム異と同じ。ただし、動標的の仕様のみ大きく異なる。
射距離二〇〇メートル以内、一〇個の静標的、南側にランダム設置、OKをタップ。
うねる大地のそこかしこに人型標的がぱっと出現。
往復距離二〇メートル、時速三キロに設定した動標的を足す。
宙に現れた人型標的が起伏に合わせて上下に揺れながら右から左へ動きだす。
説明にそうなると書いてあったにも関わらず、二人はぎょっとする。空中散歩する動標的にどちらからともなく歩み寄って、ケヴがためらいがちに手を伸ばし、指先が触れたとたん、標的がぽとりと地面に落ちる。
「マジどうなってんの、これ?」
「さっきも言いましたけど……こんな技術、地球にはないです」
アキラは落下した動標的を拾い上げて矯めつ眇めつする。フツーのボール紙だ。動力付きのワイヤーに吊るされたり動力付きの台座に固定されたりしていたゲームの動標的とはえらい違う。〝ターゲットが空中に現れる〟としか説明がないけれど……誰がどう見ても重力操作。
アキラは電子地図の射撃場利用可能地点を改めて見直す。
「射撃場が使える場所は、安全地帯の中の安全地帯って感じですね」
「油断すんなよ。化けモンが彷徨い込んでくる可能性はあるぞ」
続いて雨宮アキラの自動小銃購入講座。と、いきたところだが、アンロックチャレンジに成功したら買い物の内容とその費用がガラッと変わってしまう。
アンロックチャレンジ第一弾。
ピストル検定。
ステージ1:屋外射撃場の検定モードでピストル射撃能力証明を取得。
ステージ2:ピストル射撃能力の等級評価。
最上級・上級の評価を得ると、ポイント貧乏の下手くそ救済措置として(ヌーブは一キルにつき被デス一〇も珍しくない)、殺傷率〝1:1〟以下のプレイヤーはその値に届くまで全装備の無料修理・無料取替。加えて、ものによっては民生価格の半額以下になる軍・法執行機関価格が導入。
無料修理・無料取替については、ゲームならチートを疑われてバンされるであろう殺傷率〝1500:0〟の二人にはまったく恩恵がない。が、軍・法執行機関価格の導入は恩恵多大。
というわけで、アキラは検定モードをONにする。
〝現在の標的設定が中断されます。YES/NO〟とのメッセージ。
YESをタップ。
任意設定の標的群が消えて、練習/検定エリアが現れる。射撃ラインを意味する小さな旗、射撃経路を意味する衝立、新たな操作盤。メニューは三つ。練習モード。着弾確認。検定開始。
背中合わせの方向で能力検定モードをONにしたケヴが問う。
「トータルでどんくらいかかる?」
「練習込みで一時間は見といたほうがいいかも」
検定中はシャーシシステム使用不可だが、減音器とマイクロドットは使用可。アキラはシャーシを外した夜戦用グロック9ミリで練習モードの標的に撃ち始める。背後でもケヴの減音された発射音が響きだす。
検定の射距離――最長で三〇メートル――ならストックなしでもフツーに当たる、と自信を得たアキラは、本番に進む。射撃ラインに立ち、両手で構えたグロックの銃口を地面に向け、操作盤がカウントダウンを終えるのを待つ。
ステージ1のフェーズ1:立射で六〇秒以内に一五個の標的を射撃。
ステージ1のフェーズ2:膝射で六〇秒以内に一五個の標的を射撃。
ステージ1のフェーズ3:経路に沿って移動しながら一二〇秒以内に二〇個の標的を射撃。
ステージ1の合格ラインは三五点以上。
アキラは四四点。
一発合格。
はいヨユー、とさらに自信を深める。
通知が届く。ピストル射撃能力証明。
やはり一発合格したケヴが無線越しに尋ねる。
「すぐ次いく感じ?」
「ええ、いきましょう」
ステージ2のフェーズ1:立射で四五秒以内に一五個の標的を射撃。
ステージ2のフェーズ2:膝射で四五秒以内に一五個の標的を射撃。
ステージ2のフェーズ3:経路に沿って移動しながら一〇五秒以内に二〇個の標的を射撃。
制限時間の一五秒短縮は、数字以上に大きい。リカルドやボブが言っていたことが思い出される。地方の小規模な催しであろうとも3ガンやロングレンジなどの競技会に出て厳しい制限時間の心理的圧迫と緊張にさらされた初心者は往々にして〝崩壊〟する、と。
アキラは崩壊する。
ペースが乱れて、できることができなくなる。
一つの誤りが新たな誤りを呼ぶ悪循環。
僅か一点足らずで不合格。
「塩梅は?」無線からケヴの声。
「フェーズ3に難航中。ケヴさんは?」
「今エキスパートもらったとこ」
「マジのマジでおめ。なに食ったらそんなに上手くなるんです?」
「ここ最近はおまえと同じもん」
ケヴがやって来る。飲み物を片手に見物の構えだ。
カッコイイお姉さんにカッコイイところを見せようと気負ってしまい、二度目の挑戦は最初のときよりも成績を落とす。でも最後の最後にコツらしきものをつかめた、とアキラは思う。一つ一つの行動に集中すべし。さすればチクタク、チクタクの焦燥感が消えて、できることができるようになる。
コツらしきものをつかんだアキラは、なんとかフェーズを進める。
そして難関のフェーズ3。
アキラはサポートハンドの手首が胸板にくっつくくらいグロックを引き寄せて構え、操作盤からピーと開始の合図が鳴るなり、最初の射撃地点にダッシュする。衝立が切れ込んでいる箇所で止まり、一〇メートル先と二〇メートル先の上半身型標的に二発ずつ撃つ。どちらも倒れる。短いダッシュと射撃を何度か繰り返したあと、衝立に挟まれた通路に入る。歩行中に拳銃がガクガク揺れないよう両肘を深く曲げて構え、肩が擦れそうなほど右側の衝立に寄って通路を進む。十字路に出たところで左手の通路の奥の標的を撃ち、曲がり角の鉢合わせや奇襲防止に通路を挟んだ左側の衝立に移動して、死角を最小限にしながら右手の通路の奥を撃つ。弾倉を交換し、途切れ途切れに配置された衝立まで走り、撃ち、次の衝立へ走り……
ステージ2の等級評価は四五点以上でエキスパート。四〇点から四四点でシャープシューター。三五点から三九点でマークスマン。合格ラインはマークスマン評価だが、賞与はシャープシューター評価以上。
アキラはギリギリの四〇点。
通知が届く。
軍用装備の軍・法執行機関価格導入。
「おめ」とケヴ。
沸き返る聴衆に応えるかのようにアキラは両手を挙げてみせる。
「次は?」
「買い物」
アンロック一段階目の二二口径ライフル弾薬は六二グレイン以下の軽・中量級。遠距離射撃に向いているとは言えないが、現実的な交戦距離二〇〇から三〇〇メートルではなんら不足なし。自動小銃のほうは、完品購入費用またはビルド費用の上限が一四〇〇ポイント以下の低・中価格帯。軍・法執行機関価格が導入されたといってもハイエンドモデル(SCARやHKやMARSやDD)は買えないが、それら高価格帯と中価格帯の性能差はとても小さいので、これまた不足なし。
例によってアキラは弾薬から選定する。
「556を選んで――」
「〝ファイブファイブシックス〟?」
「軍用の五・五六ミリNATOのこと。すみません、仲間内ではそう呼んでいたので」
「もう一個の、二二三レミントンの読みは?」
「トゥートゥースリー。223は民生用」
「軍用とは何が違う?」
「本質的には同じ。細かいことは今度。556を選んだら――」
練習用・兼・検定用にレイクシティ製造M855を購入。一発〇・五ポイント。お安い。
自動小銃本体は、超高性能な定番がある。
しかしその前に、自動小銃購入講座。一から十まで説明すると誇張抜きに一晩かかるため、アキラはかなりかいつまんだ要点のみ講義する。
大前提となる要点は三つ。
その一:銃身長/銃口初速によって変化する弾道。
その二:二二口径ライフル弾が最大限に殺傷力を発揮する距離。
その三:回転安定率。
その一はこれまでに使ってきた銃火器と同じだ。銃身が短いと銃口初速が落ちて弾道が山なりになる。銃身が長いと銃口初速が増して弾道がフラットになる。当然、フラットな弾道のほうが標的に当てやすい。
アキラはシューターパル(『SNAFU』で愛用していたオリジナルブランド、DEADON製の弾道ソフトウェア)を用意して、必要な数値を入力した弾道表を出す。数字が羅列された通常の弾道表を、視覚的にわかりやすい放物線のグラフィックに切り替える。
「これが一〇〇メートル・ゼロ、二〇インチ・バレルの弾道」
M855のテクニカルデータに記載のある各銃身長から発射されたときの平均的な銃口初速を入力しては、新たな弾道表を出していく。
「見てのとおり、射距離四〇〇メートルくらいなら、二〇インチから一四・五インチの銃身は、着弾点のズレがそこまで違わないです。次に――」
二二口径ライフル弾の殺傷力を増すギミック。それが破砕であれ、横転であれ、変形であれ、ギミックの発動には着弾時に一定の速度を要す。
「アンロックできたらの話ですが、本命の弾だと、効果的な破砕に必要な下限は秒速六四〇メートル前後」
アキラは本命の弾――ゲームで散々使ったので銃身長ごとのおよその発射速度は頭に残っている――の弾道表を次々と出していく。
当然、銃身が長ければ長いほど初速が増し、有効破砕距離が伸びる。
「下限より遅いスピードで当たったらどうなる?」
「たいていは弾がちょっぴり欠けるだけか、まったく欠けずに五・五六ミリのちっこい穴」
無論、ちっぽけでも銃創は銃創。体に孔を開けられたらそいつの一日は台無しになる。一撃必殺は期待できずとも、命中を見込めるのならば撃つべし。
「急所に当たるかもしれませんし、たとえ急所を外しても、ゴブリンくらいの体格ならたぶん、胴体に一発で大怪我。それでもまだ動けて、やる気満々でも、こっちに近づく数百メートルのあいだに力尽きるかも。力尽きなくても、動きにキレがなくなったり、二発目を撃ち込んだりする余裕が生まれるかも」
そして要点その三。
M855の弾道表を通常表示に切り替えて、回転安定率の欄をケヴに示す。
施条の回転数には、弾頭重量に応じた最適解があり、特に回転が遅すぎるとき、弾道が不安定化して精度悪化。スイートスポットは回転安定率一・五から二。
入力した銃口初速時のM855の回転安定率は約一・九。
「回転が速すぎるときはどうなる?」
「その辺は本命の弾をアンロックしたときに。考えているセットアップだと少し過剰回転しますから」
「バレルツイスト、いろいろあんの?」
「あります。アサルトライフルは1イン7が主流」
「ワンインセブンの意味」
「七インチで一回転。1イン7に最適な弾は六二グレンから七七グレイン。あとで弾道ソフトの使い方教えますから、ケヴさんが一人で弾やライフルを買うときは必ず、回転安定率をチェックしてください」
「覚えること多いな」
「まだ序の口ですよ。で、今からライフルを選ぶわけですけど、ピストルやサブガンなんかと一緒で――」
選定時に心の会議にかけるべき最重要議題。
どのような環境で何を目的に使うのか?
「開けた地形で化けモンをぶっ殺す」とケヴ。「となると、長い銃身一択?」
「が、本当にいいのか確かめるために、試し撃ちしましょう」
実銃を触るようになってからアキラが学んだことの一つだ。実際の使いやすさ、撃ちやすさは、実際に使って撃ってみるまでわからない。
そこで、検証機材の購入。
民生規格カテゴリーで庶民の味方、PSA社の完結下部レシーバーを二個と、銃身長の異なるGen5完結上部レシーバーを六個。これだけ買って二五〇〇ポイント足らず。一挺あたりのビルド費用に換算して僅か五〇〇ポイント少々。なのに壊れず、ジャムらず、きっちり機能する奇跡の廉価ライフル。
フルロードでも動作不良が滅多に起きないマグプル製三〇連Gen3Pマグを一〇個と、Pマグが失敗したときの備えに(その見込みはティンカーベルの扮装をした二四歳のジュリア・ロバーツに愛を告げられる実現性とどっこいどっこいだが)ブラウネルス製USGIタイプ弾倉を一〇個、ショッピングカートに足す。
ライフルを二挺組んでから、念のためにPマグの信頼性確認。フルロード弾倉の尻を引っぱたく。実包は勝手に飛び出してこない。マガジンウェルに挿してマガジンキャッチを押す。弾倉はスルッと自由落下。空になるまで撃つ。BCGは後退状態でロック。
二人は複数の標的を用意し、三〇発毎にアバター経由で上部レシーバーを交換しながら射撃ドリルを行う。賢いお姉さんの提案で、並べた椅子と横倒しにしたテーブルを馬車の荷台に見立ててドリルに組み込む。ライフルを手に椅子に座ったり、座ったまま撃ったり、急いで〝荷台〟を出たり入ったり……
撃ち比べののち、意見交換。
二〇インチ銃身:反動がないも同然で遠い標的も楽に命中。発砲時に発生する拳銃弾とは桁違いの銃口衝撃波もミニマム。しかし取り回しが悪い。狭苦しい場所で使用するとあちこちぶつけやすい。
一八インチ銃身:二〇インチ銃身とほぼ変わらず。
一六インチ銃身:反動がやや荒っぽくなるも振動レベル。取り回しが良い。しかし銃口衝撃波が二〇インチ銃身よりも明白に強まる。
一四・五インチ銃身:取り回しがすこぶる良い。一六インチ銃身よりもたった一・五インチ(約四センチ)短いだけで〝荷台〟上や射撃ドリル中に銃口をぶつけたり引っかけたりする頻度が目に見えて減る。しかし、頬を張られるほどではないにしろ、銃口衝撃波がさらに強まる。
一二・五インチと一〇・三インチ銃身:取り回しが超絶に良い。意外なほど反動面の悪化も小さい。しかし銃口衝撃波の圧力が強い。肌どころか歯で感じ取れる。歯に響く。マジ不快。
備考1:標準装備のA2フラッシュハイダーはとても良い仕事をしているものの、流れ雲が深い影を落としたとき、一六インチあたりで小さな発射炎がちらちらし、さらに短くなるにつれて、銃身内で燃え尽きなかった発射薬の火がより目立ちだす。一二・五インチ以下では火の玉レベル。備考2:片方が撃つ際に超高性能イヤプロを少しずらして聞いたところ、一六インチで銃声が増大。一〇・三インチに至っては爆音レベル。
「命中精度、長いバレルと短いバレルでどれくらい差がある?」
「一二・五インチ前後までは基本ないですよ」
「ねえの? 長いほうが高精度に見えるんだが?」
「むしろ短いバレルのほうが若干精度がいいこと、割とよくあります。バレルを刻んでいくうちに精度が上がったり下がったり、コレといった法則性はないようですけど」
「なら、あとはバランスの問題か」
使用環境・有効破砕距離・馬車移動の釣り合いから一四・五がベストと二人は結論する。
「検定中だけ二〇インチを使う手もありますけど、どうします?」
「おまえはどうすんの?」
「レキライフルを作るつもり」
「何を作るって?」
RECCE(偵察)ライフル。古参のSEAL隊員が呼ぶところのスナイパーM4。
RECCEライフルの要件。
・激しい連続射撃をこなす高耐熱銃身
・かつ中距離狙撃をこなす高精度銃身
・かつ野山を駆けまわったり屋内を制圧したりできる高機動力銃身長
・近距離制圧から中距離狙撃まで可能ならしめる照準装置
・NPOAに欠かせない伸縮ストック
・射手の好みに合った引き金
コルトやFNHのブロックⅡ仕様M4A1はこれらの用件をほぼ満たしている上、数万挺単位の大量発注による軍隊価格のおかげで値段も手頃。けれども、アキラのお目当ては正規ブロック計画の外で育まれた発展型。その完結ライフルは購入費用制限を超えているため選択不可だが、現実世界のAR15愛好者にお馴染みの割引手段(レシーバー別に注文・自分で組立)を採れば、完結品の市場価格に紛れ込んでいる十一パーセントの物品税や、メーカー側の組立および動作確認などの品質管理費がかからず、制限内に収まる。
「ARフィフティーンとは?」
「民生用の軽量小型セミオートライフル」
「ARはアサルトライフルの頭文字?」
「とは違くて、アーマライト社が一五番目に開発したライフルの略でAR15」
「じゃあ買うのはアーマライトのライフル?」
「とも違います」
ケヴが〝説明しろ〟という顔になる。
「厳密には、AR15は固有名詞なんですけど、民生用の軽量セミオートライフル全般をさす一般名詞化してるんです。根本的なデザインや設計が同じなら、どのメーカーがどんな名前で売り出しても、銃文化の用語ではAR15。普段の会話じゃいちいちカービンとかSBRとか区別せずに、ぜんぶライフルって呼ぶのと一緒」
「軍用は、サブガンみたくセレクトファイア?」
「です」
「性能面は?」
「かなりざっくり言うと、過酷な環境で使う軍用は信頼性重視。狩猟や競技で使う民生用は命中精度重視。ものによりけりですけど、さっきぶっ放した安物のAR15でも、たいていのアサルトライフルより精度が上。軍規格を超える検査基準で作られているハイエンドのARは、総合的にたいていのアサルトライフルより上」
で、一四〇〇ポイント以下の定番ビルド。
エアロM4E1の上下レシーバーを結合してクライテリオンCORE銃身に換装。エアロM4E1下部レシーバーにSOCOM仕様のBCM製M4上部レシーバーを結合。SOCOM仕様のBCM製M4上部レシーバーを同モデルの下部レシーバーに結合……
と、いろいろある中、アキラのお気に入りは、現実世界では在庫切れが常態のセンチュリオンアームズCM4完結下部レシーバーに、中間ガスシステムの強化SOCOMフリーフロート銃身を搭載したCM4完結上部レシーバーを結合。夜戦の減音器使用を考えて、標準装備のA2フラッシュハイダーをショアファイア四つ叉フラッシュハイダーに換装。一三五〇ポイント少々。
「何がいいの、こいつ?」
オーナーの元SEAL隊員が現役時代に感じたあれこれを詰め込んだ〝ぼくの考えた最強のライフル〟というところが。具体的には、精度と耐久性が。
とりわけ耐久性。冷間鍛造やら二倍の厚みのクロムメッキやら形状の工夫やらを施されている強化SOCOM銃身はアホほど高熱耐性。まるで不死鳥のように。従って、アホほど頑丈。くそったれタイガー戦車みたいに。
セミオートでマグダンプした過熱状態? 強化SOCOM銃身は「その程度で命中精度ガタガタの鉛筆野郎と一緒にすんな」と涼しい顔。フルオートで六〇〇発以上をマグダンプした凄まじい過熱状態? 「こんなもんで破裂するかよ、まだまだいけるぜ」とやせ我慢ではない本物の余裕を見せる。
要は、超高温による剛性喪失の限界が高く、熱膨張による精度悪化が最小限。
激しい交戦中、オーバーヒート防止にライフルを持ち替えようにもその暇がなく、異常過熱に近い状態でやむなく射撃続行、といった最悪を想定するなら――
「ぼく的には、SOCOMバレルのCM4が現状でベスト」
欠点、は言い過ぎかもしれないが、すべての銃火器に共通するリスクもある。高品質管理製品といえど、欠陥個体やセットアップがピーキーな個体に当たる可能性はあり、カスタマーサービスを頼れない以上、運悪くハズレを引いたときは買い替えるしかない。
「ソーコムって何?」
「特殊部隊を運用する組織。そこの要望で原型が作られたからSOCOMバレル」
二人は各マニュアルや『ライフル射撃ガイド』を読み、アキラに限って言えば、もはや意外性も何もないゲームとリアルの違いにぶつかる。
銃身の慣らし。
その是非についてはいろいろ議論されている(と書いてある)が、概ね共通した見解は、新品の銃身は数十発から二〇〇発の発砲で銃腔や薬室の微細な凹凸が取り除かれて銃口初速または集弾性または両者が安定。仕上げ処理が甘い安物(必ずしも低品質ではない)では恩恵多大。職人が手ずから仕上げを施す高級品では恩恵極小または皆無。いずれにせよ、日常的に中距離や長距離、超長距離を撃つ射手の多くが実践しているらしい。
決定版の手順はないため各メーカーのガイドラインに従うべし、とした上で、『射撃ガイド』はマスタークラスの射手が行っているメソッドを幾つか紹介している。ある者は、計一五発から二〇発まで一発毎に掃除。ある者は、計五発まで一発毎に掃除したのち計二〇発から五〇発まで数発毎に掃除。ある者は……エトセトラ、エトセトラ。
また、製造方法別の標準的なメソッドも紹介されている。
CM4のマニュアルはというと、大文字で〝慣らし不要〟。
ケヴが頭を掻く。「結局どっち? やったほうがいいのか、やんなくていいのか」
「最高級のバレルを使うトッププロでもやってるなら、やったほうが良さげじゃありません?」
「トッププロって武芸大会の優勝者みたいなもんか?」
アキラは亡きヒース・レジャーが主演した馬上試合の映画を思い出す。
「です、かね。たぶん」
「玄人に倣えっつー考え方は正しいな。どのやり方でいく?」
モリブデン仕上げで様子見をアキラは提案する。
冷間鍛造のクロムメッキ銃身はそもそもがつるつるに仕上がるため複雑な慣らし手順を必要とせず(と書いてある)、モリブデンは慣らし時間および消費弾薬を減らす効果があり(とも書いてある)、二〇発毎に仕上げ処理なしの単純清掃(所要時間三分)を自動メンテで行えば、普段どおりの信頼性の確認・兼・パーツの慣らし・兼・射撃練習と並行して特別な労を払うことなく実践できる。慣らし後に着弾点の上下の大きなズレ(不安定な銃口初速)や着弾点の大きな広がり(不安定な集弾性)が認められたときは、七面倒くさくて時間を食うほかのメソッドを試してみればいい。
自動メンテナンス待機時間のあいだに『ライフル射撃ガイド』の強調表示チャプターをさらに読み込む。今回はカントに関する詳細なページが含まれており、実地体験に勝る学びなし、とアキラはマイクロプリズムを装着したPSA製AR15で伏射姿勢を取る。
「どうなってます?」アキラは背後に尋ねる。
「ちょい右に傾いてる」とケヴ。
「今度は?」
「真っ直ぐ」
なるほど。主観的にはレチクルが直立して見えるとき、ライフルは若干傾いている。ライフルが直立しているとき、主観的にはレチクルが一〇度かそこら傾いて見える。原因は、頬付けの際に多かれ少なかれ発生する頭部の傾き。頭部を直立させて頬付けしようにも、特に伏射では不自然さを否めず、NPOAが崩れて首の筋肉に負担がかかり、射手の精度を狂わせる余計な力みが生まれてしまう。
解決策は二つ。旧方式:レチクルの傾きを記憶。新方式:レールなどに水準器を装着。ど素人の当てにならない感覚に頼るよりも単純な仕掛けの一貫性、と水準器でいく。
最初に買った水準器は液体の粘性が高いせいで泡が機敏に反応してくれず、もう幾つか買い足して具合のよいものを見繕う。
ついでに、カントがもたらす悪影響の実験。
水準器の泡がチューブ左端――三度の傾斜指標――に軽く触れるまでライフルを傾け、射撃の上手いケヴに、風上に配置した一〇〇メートルから三〇〇メートルの標的を撃ってもらう。
一〇〇メートルでは大きな変化は見られず。二〇〇メートルでは明白に着弾がズレて、五発中二発が質量中心ゾーン右端の外。三〇〇メートルではさらに右斜め下、胴体の輪郭から腕に被る範囲。
アキラは控えの水準器を振って見せる。
「マストですね、こいつ」
「だな。教本に書いてあるとおり、アホほどズレる」
もう一つついでに、実戦証明プリズムサイト、ACOGを試す。モデルは、異なる弾頭重量と銃身長の弾道・動標的・風の補正に対応しているプライマリアームズ製レチクル、ACCSオーロラを搭載したTA31‐R‐AURORA。決して精密射撃用のスコープではないが、ACOG装備の米海兵隊と相対したイスラム武装勢力は選抜射手の大量配備を疑い、海兵隊は海兵隊で、あまりのヘッドショットの多さに上層部が捕虜や投降者の処刑を疑った――しかも査閲を断行した――という曰く付きの命中率に期待したい。
マニュアルが推奨するとおりに集光チューブを遮光テープで覆ったACOG――こうしないと夏の直射日光の下では光度自動調節レチクルがギラギラ光って不都合が多い――をケヴが覗き、下唇を突き出す。
「Aコグ、お気に召しません?」
「固定倍率がどうもな」とライフルをアキラに返す。「イオテクだが、マグナファイアと併せて使ったとき、ライフルの射程にどれくらい対応できる?」
「四〇〇メートル以上。交戦中の実用性なら二〇〇から三〇〇がリミット」
「ほいじゃ検定には充分だな?」
「ケヴさんくらい上手ければ、おそらく」
「おっけ。イオテクでいく」
廉価AR15で射撃練習に入ろうとするケヴに、アキラは本式S4Gシステムの風の補正方法を伝授する。
本式のS4Gシステムでは、頭髪や肌の色、衣類、装備といった細部を視認可能な近い標的、およそ射距離二〇〇から三〇〇メートル以内は、風を無補正で撃つ。遠い標的に対しては、肌に感じる程度なら弱い風、それ以上は強い風と断じて、前者は標的の肩幅半分外を、後者は肩幅ひとつ外を狙う。
そよ風に終始している今日、無補正でいけるはずだ。
ケヴに続いてアキラも撃ち始める。
実際、無補正でいける。
ただ、廉価AR15の軽くて細い銃身は、激しめの連続射撃であっという間に過熱し、あっという間に着弾が乱れだす。一〇〇メートル標的を外すほどではないが、二〇〇メートル標的でちょいちょいミスが出る上、頭部や腕を含む胴体上部のどこに命中するのか予測不可能。それに、熱い。薄手のグローブではハンドガードの熱を防いでくれない。
CM4の自動メンテナンス終了後、速射時の熱対策にケヴが垂直フォアグリップを取り付ける。フォアグリップが好きになれないアキラは、やや厚手の戦闘グローブを買う。CM4にACOGを装着し、ACCSレクチルの弾道補正機構に対応した五〇メートル・ゼロにセット。次なる検定の練習モードを起動。現れたのは、射距離三〇〇メートルまでランダムに配された上半身型標的と、各射撃姿勢の委託物。
銃身慣らしの効果を妨げる過熱状態にならないように二人は一発毎に四、五秒の間を開ける。伏射・膝射・立射と姿勢を変えて撃っては、操作盤で着弾確認。
Eaaasy、とアキラは慢心ぬきに胸の中でつぶやく。
伏射なら三〇〇メートル標的にレーザービームみたく当たる。上手く撃てたときは。こいつ、引き金が少し重い。そのせいで指の力みが銃に伝わりやすい。要は、ブレやすい。もっと遠くを撃つときは確実に足枷になる。無線越しにケヴに尋ねると、似たような所感が返ってくる。
そこで、ビルド費用制限に収まるようA2フラッシュハイダーに戻して、買い足したセンチュリオンアームズ製カスタム二段階トリガー搭載の下部レシーバーに換装する。引き金の重さが遊びの一段階目と〝こっから先はバンといくぞ〟の二段階目に分割されて、とても軽い。格段に撃ちやすくなる。
二〇発毎に自動診断で銃身の汚れ具合を見ながら単純清掃にかけること三回、胴の残留物があるかなしのごく微量に減じる。二人は慣らしの確認にもう一〇発撃つ。一〇〇メートル標的の着弾範囲は約六・五センチ。使用弾薬が二流精度のM855であることを考えれば、上出来。操作盤で確認中のケヴにアキラは無線で尋ねる。
「POAとPOIに大きなズレ、出てませんか?」
POA:照準位置。
POI:着弾位置。
「いや? 特に」
「ジャムったりは?」
「その兆候すらねえよ」
CM4で本格的な射撃練習を開始したケヴに、ほかの準備の件を言うべきかアキラは迷う。まあ、検定の射距離なら不可欠というほどでもないし? 現にバンバン命中しているし? 本命の弾を使うんでもないし? と後回しにする。
半時間後、ケヴから無線連絡。
「先に始めるぞ」
「どうぞ」
しばし遅れてアキラも練習を終える。
用意万端とは言えないが、完璧を求めると永遠に時間がかかってしまう。
アンロックチャレンジ第二弾。
ライフル&カービン検定。
ステージ1:屋外射撃場の検定モードでライフル&カービン射撃能力証明を取得。
ステージ2:ライフル&カービン射撃能力の等級評価。
最上級・上級の評価を得ると、アサルトライフルで二五〇〇キル達成時、または射距離三〇〇メートル以上で三〇〇キル達成時に開放される七七グレイン以下の重量級二二口径ライフル弾とLPVOをいち早く(そして命の危険を冒すことなく)買えるようになる。
検定開始をタップ。
練習標的が消えてモニターにカウントダウン表示。30、29、28……
アキラは高さ一メートルのウッドデッキに上がり、伏射姿勢を取る。委託物なしの伏射は、銃の背後に真っ直ぐ寝そべると、サポートハンドがハンドガードに届きにくい。なので、左側にやや傾斜して寝そべる。左肘を可能な限りライフルの下に寄せて板敷きに〝投錨〟。これが銃口を左右に振る際の回転軸。右肘は無駄な力が入らないくつろいだ位置。両足を肩幅に開き、爪先を外に開き、両踵を地面にべったり。数ある伏射姿勢のバリエーションの中で、これがアキラに一番合っている。
サポートハンドだけでなく、三〇連弾倉もCM4の支点に使う。欠陥弾倉でなければマルファンクションは起こらないと『射撃ガイド』は保証しているし、現に練習では一度も起きていない。
接眼レンズをかなり近くから覗き込む必要があるACOGの浅いアイリリーフの目印、ストックに貼り付けた防水テープの感触をアキラは頬で探る。融通が利かないアイリリーフはイマイチだが、四倍率とは思えないほど広い視野はとても良い。
〝錨〟以外の体勢を微調整して、意識的に呼吸を落とす。
筋肉がリラックスするほど、骨格でライフルを保持するほど、レチクルの動揺が小さくなる。微動するレチクルを遠い樹に据える。
アキラは目を閉じ、体を揺すり、またリラックスさせ、目を開ける。
レチクルは樹から微妙にズレている。
NPOAの達成失敗。つまり、呼吸以外の要素でもレチクルが揺れ動いている。きっとどこかしらの筋肉に無駄な力が入っている。クソ素人なりによくやっているとも言えるが、言い訳にならない。NPOA達成まで体勢の再調整を――
――時間切れ。
二〇〇メートル先で肩幅五〇センチ、高さ一〇〇センチの上半身型標的が立ち上がる。
頬に感じるかどうかの微風、補正不要。
アキラはゆっくりと息を吐き出す。
練習で学んだこと:小さく揺れ動く逆V字型レチクルが標的の胸部中央に重なるタイミングを待って引き金を引くと――脳が〝今だ!〟と命じると――往々にしてガク引きになる。
そもそもの話、この射距離で伏射のレチクルの揺れ動きは標的から外れるほど大きくない。
そういう次第で、アキラは脳と指を切り離す。決してタイミングを見計らわず、指が独自の意志で引き金を絞り込むに任せる。レチクルの内側頂点が標的の胸部でゆらゆらし……バン! 銃声が轟いてからアキラは自分が撃ったことに気づく。標的がぱたんと背後に倒れる。
一〇〇メートル標的。レチクルの外側頂点を重ねて発砲。
三〇〇メートル標的。BDC(弾道補正機構)の突端を重ねて発砲。
右手に二五〇メートル標的。アキラは左肘を一切動かさずに、腰をずらして体とライフルの向き調整し、レチクル内側頂点とBDC突端の中間に胸部を収めて引き金を引く。
続く六つの標的もすべて倒れる。
誰も褒めてくれる人がいないので自分で自分を褒めてやる。
さすがぼく。やればできる子。
背後のモニターがピーと電子音を立てる。
フェーズ2開始の合図だ。
フェーズ2は委託物を使った伏射。アキラは適度に物を詰めておいたアサルトパックを下ろし、その上にハンドガードを載せて、今度は銃身と背骨が並行になるようライフルの背後で真っ直ぐ寝そべる。サポートハンドを右脇に添え、その親指と人差し指の股でもって、ストックの支点かつ上下調整。
より安定した委託伏射でアキラはふたたび全弾命中を成し遂げる。
フェーズ3:委託物なしの膝射。
ドライファイア・実弾練習・怪物との交戦で何百回となくやってきた膝射は最早お手の物。とはいえ、長距離射撃に向いている姿勢とは言い難い。
二〇〇メートルより遠い標的をすべて外す。
フェーズ4:委託膝射。
委託物の利用と狭いスペースの釣り合いを取るべく、低い木製テーブルに体側を向け、右膝を立てて右肘の支えにし、左足は尻の下。テーブルの背後で腰を射撃方向へ捻り、天板にサポートハンドの甲を載せ、その手の平にハンドガードを載せる。
支えなしの膝射よりも安定度は高いが、この逆膝射姿勢には慣れておらず、半数の標的を外す。
フェーズ5:委託物なしの立射。
モンスターカントリーでは膝射と同じくらいよく使う前傾した戦闘立射姿勢をアキラは取らず、長距離に向いた競技立射姿勢を取る。半身に構えた上体を少し背後に倒し、左上腕を胸郭にぴったりくっつけ……
一五〇メートルより遠い標的をすべて外す。
フェーズ6:委託立射。
どっしりとした板壁の右端に前傾姿勢で左手を突き、体重を預け、左手の親指と人差し指の股でハンドガード支えて……
中距離標的を幾つか外すも、ほかはすべて命中。
ステージ1終了。
六〇点満点中、合格は四二点以上。
アキラはギリギリの四二点。
あまり褒められた成績ではないが、一発合格。
もう一度自分で自分を褒めてやる。
さすがぼく。やればできる子。
特に読むところのないライフル&カービン射撃能力証明書はうっちゃり、操作盤に記録されている各標的の着弾点を見ていく。質量中心を捉えたのは全体の三〇パーセント弱。意図しないヘッドショットが一発あり、あとは腹(重傷)や肩(重傷)や腕(重傷)とかなりばらけている。
温かい紅茶で一息入れたアキラは勢いのままステージ2に進む。
ステージ2:委託物の有無・射距離・射撃姿勢の組み合わせによって制限時間三秒から一〇秒。フェーズ7では二発込めた弾倉を五個携帯して一射ごとに八秒の猶予で姿勢変更、必要に応じて再装填、といった条件下で等級評価。
制限時間がピストル検定よりも厳しく、アキラはふたたび崩壊する。
一足先にエキスパート評価を得たケヴが、ふたたび飲み物を片手に見物しだす。
深呼吸とイメトレ後、再挑戦。
緩い丘の斜面に現れる各標的の周囲や真後ろでぱっと土煙が舞い上がる。
そして最難関のフェーズ7。
「プローン、サポートなし」と操作盤から音声指示が飛ぶ。「八、七、六……」
アキラは命じられた姿勢を取る。
8カウント後に一〇〇メートル標的、露出時間三秒。
引き金を引く。
「ニーリング、サポートなし」
二〇〇メートル標的、露出時間七秒。続いて一五〇メートル標的、立射、露出時間一〇秒。三〇〇メートル標的、委託伏射、露出時間五秒……
エキスパート評価は七〇点満点中、六三点以上。
もちろん、アキラはこの高い水準に届いていない。
シャープシューター評価は五六点から六二点。
「どう?」ケヴが尋ねる。
「ギリッギリなんとか。シャープシューター、五六点」
流れ雲の影が先刻よりも深い。
夕方の五時前。
夕食には少し早く、最終アンロックチャレンジには少し遅い。
「ケヴさん、疲れてます?」
「うんにゃ。遊んでるようなもんだよ」
ならば、と隙間時間を明日の準備に費やす。
開放されたばかりの弾薬とスコープ。
弾薬は……少し悩みどころだ。
鹿や野豚サイズの動物に深く刺さる代わりに、射距離二〇〇から三〇〇メートル以上の命中精度に難がある狩猟用でいくか。射距離五五〇メートルでも高い命中精度を誇る代わりに、人間サイズや大型犬サイズを超える生物への殺傷力で劣る競技用でいくか。
どっちにしろデカブツには不向きじゃん? とアキラは後者の大本命を採る。七七グレインOTM(先端開口競技精度弾薬)の代表格、ブラックヒルズ社のMk262Mod1。高精度かつ比較的高殺傷力。軍・法執行機関価格で一発一ポイント。
Mk262と強化SOCOM銃身の相性がすこぶる悪いときの備えに(その見込みはキャットウーマンの扮装をした三四歳のミシェル・ファイファーにミャオとじゃれつかれる実現性とどっこいどっこいだが)ホーナディ社の七五グレインT2TAPもショッピングカートへ。これまた高精度かつ高殺傷力。これまた軍・法執行機関価格で一発一ポイント。
続いてLPVO(可変低倍率スコープ)。アンロック一段階目は最大八倍率のモデル。中距離にはなんら不足なし。上手い人なら長距離にも不足なし。費用対効果に優れる安価な良品もあるが、堅牢さ・レンズの透過性・落としたりぶつけたりした衝撃に対する零点の維持・考え抜かれたレチクルのデザイン・機能性でいくと、最低でも八〇〇ポイントはかけろ、というのがゲームで学んだ知恵。一長一短のFFPとSFPの選択は……使用目的や射距離や予算は無論、個人的嗜好が大きい。
アキラは両者の超低価格帯LPVOを買い、ケヴに覗いてもらう。
FFP(第一焦点面):倍率に応じてレチクルが拡縮。中・遠距離の複数標的に良し。低倍率ではレチクルの目盛りが見づらいか、視認不能。
SFP(第二焦点面):どの倍率でもレチクルのサイズが不変。固定遠距離や一般的な狩猟距離に良し。レチクルの目盛りが最適化されている特定倍率(たいてい最大)でなければぱっと補正しづらい。
「SFPのが十字線、見やすいな。倍率を落としたとき、どうやって目盛りを使う?」
「最大の六倍率で修正値が二ミルだとしたら、三倍に落としたときは四ミル。単純な算数。でもこれ、本番でミスりやすくて。ちょっとした焦りで計算が頭からすっぽ抜けたり、倍率を勘違いして計算したり。ゲームで散々やらかしました」
「じゃあ、おまえ的にはFFP?」
「ええ。好みから言っても。ぼくらの置かれている状況から言っても」
「低倍率じゃ使いづらい点は?」
三つ、解決策がある。
最も手堅い解決策は、正しい仕事には正しい道具。
三〇〇メートル以内の近距離射撃にはホロサイトやドットサイトやプリズムサイトを装着した自動小銃。より遠距離の狙撃にはLPVOを装着した自動小銃。それだけの空間的余裕があれば近距離戦に移行したときのライフルの持ち替えに差し障りはないだろう。
「オーケー、FFPでいく」とケヴ。
レチクルのデザインもまた、個人の嗜好が大きい。視野がうるさくないからとシンプルな十字線を好む者もいれば、合理的で便利だとクリスマスツリー型を選ぶ者もいる。特定の弾薬と銃身長しか使わないからとBDC型を好む者もいれば、セットアップ変更時の汎用性が高いとMOA/MRAD目盛りを選ぶ者もいる。
各ブランドの各モデルのテクニカルデータに載っているレチクル――妙なデザインの変わり種もある――に解説を加えながら、ケヴに目を通してもらう。
「どれがピンときました?」
「これかな」
正統的なクリスマスツリー型。
MOA目盛りとMRAD目盛りの選択は簡単だ。普段からヤード法でものを考えているのなら前者にまごつくことはなく、メートル法の人間や軍隊経験者には後者がやさしい。というわけで、MRAD。MRADには補正が遥かに単純という利点もある。超遠距離の精密補正はMOA目盛りにやや劣るも、556の射程では実用上の差は皆無。
これらを踏まえて、ゲーム時代に親の仇のように使い倒したLPVOの一つ、FC‐DMレチクル搭載のナイトフォース製NX8を選ぶ。ど素人には過ぎたグッチ装備だが、命を預ける道具に妥協などしたくない。
実物のLPVOに触れるのは初めてのアキラだが、自分の手にしている光学照準器が一級品だと即座に了解する。表面の仕上げ処理も、隅から隅まで明瞭な鏡内像も、その鏡内像を邪魔しないピリッと鋭いレチクルも、先の超安物とは雲泥の差。確認のためにケヴに渡す。
にっこり。
そして、とても重要なスコープマウント。
マウントをケチると発砲の反動で零点が狂う。最悪、光学照準器を破損させる。最低でも一〇〇から一五〇ポイントかけろ、とはこれまたゲームで学んだ知恵。ナイトフォース社は装着具も定評があるため、ワンピース型ウルトラマウントを試してみる。サイズはNX8のチューブ径に合った三〇ミリ。マウント高はARライフルに適した一・五インチ。マウント内臓バブル水準器をオプションで付け、テクニカルデータが推奨するマイクロACI(射角余弦表示器)と高重量トルクレンチもカートに入れる。
面倒なスコープの取り付け(NPOAとストックウェルドの確認、アイリリーフの確認、レール上に置いた水準器とマウント内臓バブル水準器の両者が水平であることを都度確認、所定の重さのトルクレンチでネジを対角線状に少しずつ締めていきマウントや光学照準器にかかる圧力を均一化)のあと、『射撃ガイド』が推奨するとおりに視差調整ノブに手を加える。
ちょっとした頭の動きやスコープの覗き方で発生する、標的上で十字線が動き回る現象、視差を消すための調整ノブには〝この射距離はここ〟と印がふられているのだが、この距離指標が当てにならないらしい。メーカー側の手落ちではなく、骨格同様に眼球の構造や老化度が一人一人違うせい。そこで、頬付けせずにスコープを覗いて、頭をゆっくりと動かしながら、一〇〇メートル標的上で動き回る十字線が静止するまで視差調整ノブを回し、その位置に防水マーカーで印を付ける。確かに距離指標と微妙にズレている。
ほかの距離にも修正を施すのは後にして、アキラはMk262の仮の弾道表を作成し、回転安定率の欄をケヴに見せる。
約二・四。
「狩猟用の軽い弾だと、二を大きく超えたときに弾のジャケットが空中分解するリスクがあるんですが、そういうレアケースを除くと、一・五を下回ったときのような弾道上の深刻な問題は発生しないです。それでも理想的じゃない理由は――」
弾道表の回転偏差の欄を指さす。
回転偏差:施条の回転方向へ銃弾が逸れていく物理現象。
アキラはバレルツイストを1イン8に変えた弾道表を出す。
今度の回転安定率は約一・八。
「理想的な回転安定率のとき、逸れ方が僅かに小さくなるでしょう? アサルトライフルの射程なら特に気にしなくていいんですけど、ハイパワーライフルでもっと遠くを撃つようになったら、要注意。適切なバレルツイストよりも増える水平方向のズレに何かしらのエラーが重なったとき、その余計な数センチがヒットとミスの差になってもおかしくありません」
そして次なる事前準備。
に、必要なガジェットを得るべく、二人は最終検定の練習モードを起動する。
上級射撃検定のステージ1は貸与装備を活用して中距離射撃能力証明を取得するのだが、いま必要なのはその貸与装備の一つ、クロノグラフ。
クロノグラフの取扱説明書を手にケヴが尋ねる。
「銃口初速を計る機械ってのはわかったけど、そんだけ?」
「いやこれ、長距離射撃の超重要アイテム」
第一に、遠距離の正確な着弾落差の補正を可能ならしめる正確な弾道表を作成するには自分のライフルと弾の正確な銃口初速が不可欠だから。
第二に、オーダーメイド弾薬専門会社や熟練した射手の手込め弾に比べて大量生産弾薬は不均一だから。そのロットに使われている発射薬、弾頭、雷管、薬莢といった構成物それ自体のロットの均一/不均一に始まり、精密工作機械の管理下であっても生じる発射薬量や弾頭が薬莢に収まる深さなどの微妙な差異が大きな違いとなって現れる。
具体的には、精度と銃口初速が不安定になる。
とりわけ、銃口初速が不安定になる。
ロット毎に。一発毎に。
初弾と次弾の銃口初速が二五メートル以上異なることも珍しくない。
アキラは銃口初速が二五メートル異なる二つの弾道表を作成してケヴに見せる。
「556で撃つ距離じゃないってことは脇に置いて、この二発、七〇〇メートルで垂直方向のPOIの差は三〇センチ。九〇〇メートルで八五センチ。中距離以上の命中率は一貫性に、確度の高い予測に頼ってますから、予測不能の大きなPOIシフトはてんでダメ。なので、可能な限り初速が均一なロットを探します」
指標は、標準偏差と正規分布。
応用方法だけ教えて詳細は端折ってもいいのだが、理知的かつ実際的な人間の例に漏れず、ケヴもまた〝まず現実のデータを見せろ、でなきゃ原理を示せ〟タイプなので、訊かれる前にアキラはざっと解説する。
標準偏差/SD:特定のデータセットがその平均から逸脱する度合いを表す統計値。SDが低ければ低いほどそのデータは均一で、SDが高ければ高いほどそのデータは不均一。
計算方法については、統計学者ですら「んな面倒なこと紙とペンでやってられっか」とR言語で必要データ入力、エンターキーをパシーン、アブラカタブラ、といった感じなので、そこは飛ばして本筋に入る。
「SDは、たとえば、ある集団の身長や体重や収入。低いSDならその人たちの身長差は小さくて、高いSDなら背がバラバラ。銃口初速も同じ」
正規分布を説明するにあたり、アキラはメモ帳にベル型のカーブを描く。その中央に垂直線を引いて、右にプラス、左にマイナスとふる。
「身長のたとえで続けると、真ん中の縦線がとある集団の平均身長。プラス方向に山が低くなっていくほど高身長で、マイナス方向だと逆」
プラス側とマイナス側に垂直線を二本ずつ足す。
「で、ここにSDが絡んできます。中心線の両隣にある最初の線、この範囲が1SD。1SDから隣の線までが2SD。2SDから一番端が3SD」
さらに書き加える。
1SD:68%
2SD:95%
3SD:99・7%
「この集団の平均身長のSDが一〇センチだとしたら――」
1SD:+-10㎝
2SD:+-20㎝
3SD:+-30㎝
「平均身長より一ミリから一〇センチ高かったり低かったりする人が六八パーセントいて、プラマイ一〇・一センチから二〇センチを含めると九五パー、二〇・一から三〇を含めると九九・七」
「このパーセンテージ、どっから来た?」
「ぼくが知ってるのは四つだけ。この比率は現実世界の様々な現象に当てはまる高確度な目安。たいていの統計値を出すときの基礎。サンプルサイズが大きくなってランダムな要素が増えるほどこの比率に接近。一発ごとの銃口初速の変動はこの比率に合致」
「へえ?」
「つまり、SDが秒速五メートルなら、最大に近いズレ幅はプラス側に三倍、マイナス側に三倍で、秒速三〇メートル。でも、一〇〇発中九五発は秒速二〇メートル以内。三発中二発、少なくとも二発に一発は、秒速一〇メートル以内」
「つまり、SDが低いほどPOIシフトが小さくて信頼性が高い?」
「です。大量生産品の競技用弾薬だと――」
SD六メートル秒:粗悪品。
SD四・五メートル秒:良品。
SD三メートル秒:超優良品。
SD一・五メートル秒:最高経営責任者もしくは製造工場長もしくはその両名が悪魔にケツを貸している超絶優良品。
SDの計算はクロノグラフが勝手にやってくれる。平均銃口初速も、一発ごとの数値も、すべて計算・記録してくれる。選別のために、先ほど購入した五箱のMk262はどれも、ラッキーナンバーの組み合わせを変えたロット違いだ。
アキラはケヴと共に自分の練習エリアへ行き、手順を実演してみせる。
まず簡易ベンチレストから五発撃ち、操作盤の弾道分析ソフトウェアが記録した着弾範囲を確認。アキラの技量がまあまあ平均的である点を加味しても、この弾薬と銃身の保証精度からすれば、グループサイズが六センチを大きく超えるようなら悪いロットを引いた可能性が高い。なんなら、その時点で当該ロットを弾いてもいい。
幸い、グループサイズは四・五センチ弱。
さらに五発撃ってから、銃器のセットアップ事項と、弾薬の基本事項と、クロノグラフが計測した計一〇発の数値をメモに取る。日時・使用銃器・銃口装置の有無・委託物の有無・弾薬名・ロットナンバー・着弾範囲・一発毎の銃口初速・平均銃口初速・SD・ES(平均銃口初速からの最大逸脱値)……
SD:3・47m/s。
よろしい。
ES:22・5m/s。
よろしくない。
統計的に、発砲回数が増えるほど極端な例は増えて、ESの値は大きくなっていく。正規分布で見込まれる標準偏差六倍の指標をたったの一〇発で逸脱したこのロットは、ペケポン。
アキラはその紙箱に汚い言葉を書き、脇によける。
選別を進めて、特に良好な二つのロットを紙箱が空になるまで撃つ。両者とも、計二〇発のSDは約二・八メートル秒。ESは約九メートル秒。精度も似たようなもの。目立った差異は、平均銃口初速。秒速八〇〇メートル台を叩き出したホットなほうを採る。
「こんな感じ」
「おっけ。一応、見ててくれるか? 何か間違えたら言ってくれ」
同一ブランドの同一銃身を使っているとはいっても、通し番号がまったく異なるため(赤の他人ほどかけ離れていないが、好きになれない親戚くらいには隔たりがある)、ケヴの最終選別は命中精度が決め手となってアキラとは違うロットに軍配が上がる。
「落ち着いた状態で射撃できるときは、今後も、クロノグラフでデータを取ってください。ライフリングが擦り減ってバレルが死ぬときのよくある兆候は、精度の悪化よりも、速度の低下。たとえ精度を維持していても、平均銃口初速が秒速三〇メートルかそこら落ちたら、そのバレルは死亡判定」
「およそのバレルの寿命は?」
「こいつみたいなハイエンドは大事に使えば数万発。ぼくらが想定してるハードな使い方だと一万発以下」
「おっけ。準備、終わり?」
いやいや。
零点規正。並行して精度確認。
ケヴが眉をひそめる。「本腰入れて精度をチェックする意義はわかるが、ゼロイング、ちゃんとやったぞ。スコープ付けたあとアーセナルに入れて」
「アバター経由の自動的なゼロイングは、なんていうか、ゲームの制作者がリアリティにこだわって〝普通のやり方〟が採用されてるんです。『射撃ガイド』に載ってるゼロイングと同じやつ。でもアレ、長距離射撃にはあんま良くないんですよ。あと、さっきは悪い弾を弾くためにグループサイズを測りましたけど、精度の計測としてはめっちゃ雑。ちなみに、テクニカルデータ記載の精度はグループサイズが基」
「どゆこと?」
「じゃあ……まず〝普通のやり方〟でゼロイングと精度チェック、してもらいましょうか」
「あたしが?」
「そのほうが違いがわかりやすいし。ケヴさんのが射撃うまいし」
射撃方向が微弱な風下になるように簡易ベンチレストの向きを調整してから、今回は標的の高さに気を使う。中距離程度なら射角が二、三度発生しても着弾落差への影響はほぼないが、アキラはやると決めたことには手抜きを知らない少年なのだ。ベンチレストで射撃姿勢を取るケヴにACIが〝0〟表示(射角零度)になるようCM4を構えてもらい、照準点と標的中心が重なるまで、標的の高さを微調整する。
それから、ケヴのCM4を取り上げて照準をわざと狂わせる。やりすぎると標的を外してしまうため、上下調整ノブと左右調整ノブのクリック数は二〇回以内。CM4をケヴに返し、選別ロットのM262を四六〇発入りアモカン単位で用意し、アキラはこれから行う零点規正の性質について解説する。
ウォームボア・ゼロ:熱を持った銃身で行う零点規正。
熱の悪影響が小さい強化SOCOM銃身では顕著な変化は見られないものの、設計意図と使用目的が短時間に大量の銃弾を発射することにあるコンバットライフルは、熱を持った銃身で零点規正するのが好ましい。
「ウォーミングアップに五秒間隔で一〇発」
言われたとおりにケヴが撃つ。
アキラは操作盤で同心円状の新しい一〇〇メートル標的を出す。
「5ショットグループ」と無線越しに指示する。「真ん中を外しても修正なしで五発」
五回の発砲音が響く。
呼び寄せられたケヴが操作盤に映る標的に視線を落とす。
「スコープ越しに見えたよ。だいぶ右斜め上にズレてる」
うん、照準を狂わせたとおり、着弾がだいぶ右斜め上にズレている。
「ほいで?」
「『射撃ガイド』で読んだかもですけど――」
アキラは操作盤の弾道分析を手動に切り替えてタッチスクリーンに指を走らせる。
説明を加えながら、五つのタイトな弾痕のうち、上下に最も離れた二つの弾痕を線で結び、左右に最も離れた二つの弾痕も線で結ぶ。両者の交点がグループのおよその中心。グループ中心と標的中央を続けてタップ。
弾道分析ソフトウェアが修正値を弾き出す。
「これが修正値。下に一・七三ミル。左に〇・九八ミル」
ミル/MRAD:正円の半径と等しい長さの弧度(約五七・三度)、ラジアンを一〇〇〇分割した角度単位。一ミルは一〇〇メートルで九・九九九……センチ。実用上は一〇センチ。二〇〇メートルで二〇センチ、三〇〇メートルで三〇センチ、と続いて、一キロで一メートル。
NX8の調整ノブは一クリック〇・一ミル。
よって、修正は下に一七クリック、左に一〇クリック。
「ミリ単位のズレが出ますけど、機械的な限界。次にESの計測」
ES:この場合はショットグループ中、最も離れた位置にある二つの着弾点の距離。
「ESがグループのサイズ。一・二MOA。三・五センチ」
MOA:三六〇度の円の一度を六〇分割した二一六〇〇分の一の角度単位。一MOAは一〇〇メートルで約二・九センチに相当し、二〇〇メートルで五・八センチ、三〇〇メートルで八・七センチ……一〇〇〇メートルで二九センチ。
「なんで単位を使い分ける? ややこしくね?」
「ぼくに言われても」とアキラは困る。「伝統的に銃の精度はMOAで表されるから、としか。こういうもんだと慣れてください」
銃身が冷え切らないうちにケヴを簡易ベンチレストに戻らせ、修正値をクリックしたスコープでもって次の五発。
「どうだ?」とイヤプロからケヴの声。
「だいたい真ん中。ちょい下ですね」
今回は修正値の算出を全自動で済ます。
「上に二クリック、右に一」
ケヴが五発撃つ。
「エレベーションはOK。今度は左に一」
弾痕が増えすぎた標的を交換してさらに二度、照準に微調整を施してもらう。
「なあこれ」無線越しにケヴが言う。「何もミスった覚えがねえのに、ぴったり修正した次の瞬間にはもうズレてる。あと一〇回やっても同じことの繰り返しになる気がするんだが?」
「気のせいじゃないですよ。修正量が八分の一MOAのスコープを使っても、その銃身の精度がたとえ〇・五MOAでも、永遠にぐるぐる自分の尻尾を追いかける羽目になります。ゲーム友達はニアゼロ、近零点って呼んでました」
「原因は?」
「ニアゼロじゃないほうもやったらはっきりしますよ。ちなみに、計二五発のESは一・三七MOA。五個の5ショットグループの平均サイズは一・二五MOA。最小は〇・九九MOA。人によっては〝おれのはサブMOAガンだ〟って主張するところです」
「違うんだな?」
「違いますね」
「じゃあ精度はESの一・三七?」
「このやり方だと、ESの一・三七。じゃあ次。〝普通のやり方〟じゃないほう、MRでいきましょう。平均半径誤差っていう和訳があるんですけど、フォーマルすぎるし、口にするには長すぎるし、今後は頭文字で」
「元はなんつーの?」
「ミーン・レイディアス」
アキラがふたたび狂わせた照準でもって、まっさらな標的にケヴが撃つ。
操作盤の弾道分析ソフトウェアは一発一発の着弾をリアルタイムで追い、弾痕がタイトに重なり合った〝虫食い穴〟でも計測可能なため、手っ取り早い10ショットグループでいく。
一〇発撃ち終わる。
今回のズレは左下。
「最後の一発、何かミスりました?」
「特にミスした覚えはないが?」
「じゃあアウトライナーくさいですね」
「フライヤーとは何が違う?」
厳密には――
フライヤー:ガク引きなどの人的過失によって乱れた着弾。
アウトライナー:銃器と弾薬と射手が三位一体となった精度に含まれるごく自然な着弾の変動。
「シューターが自分のミスかどうか判断できない曖昧な着弾は、アウトライナーとしてグループにカウント」
手動操作の弾道分析で、アキラはMRの仕組みを解説する。
ショットグループの最も下に位置する弾痕中心を基準に水平線を引いて、水平線から各弾痕中心までの垂直距離を計測し、その平均を出す。最も左に位置する弾痕には垂直線を引き、各弾痕までの水平距離の平均を出す。両者の平均値で新たな水平線と垂直線を引いた交点が、このショットグループの正確な中心点。
次いで、中心点から各弾痕中心までの距離を計測し、平均を出す。
その平均値でもって中心点を基点に正円を描く。
「これがMR。〇・三八MOA。こいつが何を教えてくれるか、わかります?」
「この半径が中心からズレた着弾位置の平均っつーことは、論理的には円の中に、〇・七六MOAの範囲に、撃った弾の半分が当たる。実際、半分以上は……縁のやつも〝中〟に含めていいの?」
「まあ含めて大丈夫」
「じゃあそういうこった」
「でも確信を持って〝次の一発もこうなる〟と言うにサンプルサイズが小さすぎるので、10ショットグループをあと二回。理想的にはあと四回」
「そんなに撃つの?」
「それが統計学者のお勧めらしいですよ。精度と零点はPOIの統計で割り出しますから、発砲回数が――サンプルサイズが重要なんです。一〇発でお遊びレベル。二〇発でギリ可。三〇発でミニマム。五〇発から一〇〇発で射撃の専門家が納得する客観性と再現性高し」
「へえ、おもろいな。ほいじゃ五〇発で」
アキラは新しい標的を出す。
「照準の修正なしで一〇発ください」
「修正なし?」
「ショットグループごとに修正したらニアゼロと同じことになりますし。なので、五個の10ショットグループの修正値を平均した真の零点にクリック。〝真の零点〟は信頼性がとても高いくらいの意味。修正後のショットグループは高確率で中心から微妙にズレますけど、充分なサンプルサイズから導き出された真の零点と、その土台になっている機械的・人的な精度が有する変動からすれば、ズレはノーマル」
まっさらの標的が現れるたびにケヴが一〇発撃つ。
アキラは10ショットグループ毎の分析結果を保存し、計五〇発分のデータが集まったところで修正値の平均を出す。PTTボタンを押して告げる。
「今回はクリック数じゃなくてミルでいきます。上に一・一五、右に一・八二。エレベーションの〇・〇五をクリックするかしないかはお任せで」
「りょ」
修正を終えて簡易ベンチレストを離れたケヴに、アキラは五〇発分のMRを見せる。
〇・四八MOA/約一・四センチ。
「全体ではどれくらいバラける? 単純に〇・九六MOAの二倍?」
「おおよそのところは」
CEP50やR95といった指標をくどくど説明する代わりに、アキラは生のデータを見せる。計五〇発の着弾点をオーバーラップさせた図だ。そこに三つの正円を足す。MR準拠の円、その二倍の半径の円、中心から最も遠い着弾点を基準にした円。
「円の縁に当たった中寄りの着弾を〇・五発で計算すると、MRの命中率は五六パー。倍の範囲で九四パー。二・三倍で一〇〇パー。バレルが熱くなった状態でそのライフルと弾のコンビネーションに期待できる精度と命中率の目安がコレ」
「冷えた状態なら?」
「競技弾を使ってる限り、このバレルはほぼ変化なし。機械的な精度変動に紛れるレベル。ちなみに――」
と、ほかの弾道分析データを出す。
五個の10ショットグループ平均サイズ:一・二二MOA/三・六センチ。
五〇発のES:一・五六MOA/四・五センチ。
アキラはES準拠の円を足す。
「ESで判断するなら、精度は約一・五MOA。それだけ聞くと、一・五MOAの範囲に弾がまんべんなくバラけるイメージですけど、実際は――」
「ああ、中心のほうに密に集まってる」
「平均グループサイズでも、若干外にバラけるくらいのイメージ。別の言い方をすると、ESや平均グループじゃそのサイズ以外は空白も同然で、次に撃つ一発がどの辺りにヒットする蓋然性が高いのか、何も教えてくれません。目安として使うにも単純すぎて、グループサイズが六倍、八倍、一〇倍に広がっていく遠距離を撃つときは特に、POI予測の点であんま参考にならないです。よって、グループサイズを基準にした精度は雑」
「疑問なんだが、こんな合理的な方法があるのに、なぜ〝普通のやり方〟を採用してる?〝リアリティにこだわって〟っつってたが」
「リアルで射撃やってるゲーム友達から聞いた話でよければ」
続けろ、と言う風にケヴが顎先をくいと動かす。
「〝普通のやり方〟は軍隊で教わる基本で、一般的な歩兵はそれ以外の方法を習わないから。プレイヤーはただの歩兵って立場だし、筋は通ってます。それと、リアルの狩猟や射撃への問題提起」
「急に話の流れがわかんなくなったぞ」
ボブやリカルドによると、こういうことらしい。
猟期前の射撃場で見られるありふれた光景:3ショットグループで修正、修正、修正、真ん中に当たったらはいオッケ、さっさと帰宅。こうしたライフルの零点規正は言うまでもなく、クソほど大雑把。
そして狩猟の平均的な射距離を超えた四〇〇ヤード先に無防備な獲物が現れたとき、誘惑に耳を貸して一か八かでトライする猟師は多く、すると射撃の腕前以前に、零点の微妙な狂いが、獲物を苦しませずに逝かせる急所への命中と、長く苦しませる手負いを隔てる大きな要素になる。
その根っこにあるのは、銃文化の一般常識である〝普通のやり方〟と人間の習性。人は最初に習った方法に固執する傾向が高く、その方法で得られた結果や反証を自分に都合よく捻じ曲げて解釈しがち。そこに己のライフルが特別であってほしいという可愛らしくもごく普通の願望が加わると、観測された客観的事実の中から好みに合う〝現実〟を無自覚かつ無邪気に選りすぐりだす。たとえば――
射撃場や銃砲店で見られるありふれた光景:〝ぼくのカワイ子ちゃんは凄いんだぜ〟とライフルの精度を自慢する標的紙の見せあいっこ。問題は、その標的紙が数あるグループの中から厳選されたたった一つの3ショットグループや5ショットグループで、そこからわかるのは、そのライフルと弾薬と射手で一度そういう結果が出たということだけ。〝ぼくのカワイ子ちゃんは〇・五MOAガンだ〟という主張はまったく意味をなさない。
スローバーン社はこうした根強い文化と有り様の意識改革を狙ったのだそうだ。というのも、制作陣には射撃や狩猟を趣味とする者が多く、MRに対する批判(計測手順が煩雑で混乱を招く。ソフトウェアを使わないと計測に時間がかかる。ソフトウェアによっては〝虫食い穴〟を計測できない。良好な結果を得るには消費弾薬が多くなり費用が嵩む)も含めて、常日頃から苦々しく思っていたから。実際、会社のFAQページには挑戦的な文言が載せられている――〇・五MOAガン? 30ショットグループで〇・五MOAならおまえの主張を真面目に聴いてやる。
「エゴの問題のようにも聞こえるな」とケヴ。「人はなんだかんだで己惚れたがる」
「あ、それ。自慢しいの己惚れも銃文化の負の側面って言ってました」
「人間はどこも変わんねえと」
スポーツドリンクを飲み干してからケヴが尋ねる。
「これ、ESや平均グループのデータだけ取って、MRを逆算できたりは?」
「一般的に、ESを三・二で割ればMR。でもやんないほうがいいです。三・二の比率はいろんな弾薬の平均値なので、ブランドAの弾だと四・八、ブランドBの弾を撃つと二・七とか、割とバラバラ。別のライフルで撃つと違う結果になったり」
「横着はできねえわけだ。でも手間をかける価値はあるな、これ」と空のペットボトルでMRを基にした弾道分析結果を示す。
「ぼく的にはメンタル面が大きいです」
「ていうと?」
「五〇〇メートル先の屋上から撃ってくる敵がいて、側壁が邪魔で頭と肩しか見えないとき、自分のライフルのESが三MOAってことしか知らないなら〝どうせ当たんねえし〟って雑な反撃になりがち。でもMRが一MOAだと知っていたら〝この距離で撃っても三〇センチの範囲に二発に一発は当たる、あのちっこい頭をガチで狙ってみる価値はある〟みたいな。ゲームの経験でアレですけど」
「別に恐縮することはねえよ。心構えは重要だし応用が利く。じゃあさ、アバター使ったゼロイングはもうやらんほうがいいの?」
「いえ、ニアゼロとMRのゼロは僅差ですから、射距離が短いピストルやサブガンなら全然オッケー。ライフルは距離次第。あとシューター次第。いろんな環境で一発ごとのデータを取って、徹底的に分析して、自分のライフルと弾に何ができるかを知悉している人なら、ニアゼロでも超長距離で当ててきます」
「おまえならどうする?」
「三〇〇より遠くを撃つならMRゼロ。三〇〇より近くはニアゼロ」
ケヴが操作盤に顎をしゃくる。「MR〇・四八って、精度的にどんなもん?」
「ファイティングガンとしては最上級の部類。ケヴさん、銃身が冷めるのを待ってから、コールドボアのPOIシフトのデータも取ってください。つまり、ウォームボアとどれくらいズレるのか計測してメモ。本番ではウォーミングアップの時間なんてありませんから」
「けっこうズレんの、POI?」
「ものによりけり。強化SOCOMバレルだと、ゲームどおりなら、ウォームボアとのズレはサブMOA。個体によってはもうちょいズレて、冷たい銃身と熱い銃身の差が中距離で響いてるくるかも。コールドボアのデータ収集が終わったら、ミルラド用トラッキングターゲットでボックステストもしてください」
ボックステスト:左に一〇クリックして発砲、上に一〇クリックして発砲、右に一〇クリックして発砲、という風に四角を描くようにクリックと発砲を繰り返して、最後は零点にクリックを戻して発砲し、上下ならびに左右調整ノブの精度確認・兼・スコープとライフルが完全に同期していることを確かめる検査。
ハイエンドの光学照準器ではまずズレなど起きないが、一応、念のため。
アキラは自分の練習エリアに戻って零点規正を済ませる。MRは〇・六八。精度が低めの銃身を引いたのでなければ、間違いなく腕のせいだろう。姉御が撃ったらもっといい結果に……。考えてもしょうがないことを頭から振り払い、忘れないうちに、上下調整ノブと左右調整ノブのネジを緩め、基準線とクリック目盛りの〝0〟を合わせてネジを締め直す。必要な弾道データを取り終えたのち、射撃の基礎に集中する。
約六〇発後、肩を触られてびっくりする。ケヴ。
「終わったぞ。次は?」
弾道ソフトウェアを使いこなすための基礎知識学習。
気圧や湿度の性質、BC(弾道係数)、G1BC(扁平後端弾頭BC)およびG7BC(ボートテイル型後端弾頭BC)の詳細な解説が弾道ソフトウェアのヘルプ機能に載っているため、ケヴに読み込んでもらう。貸与気象計の役割と機能にも慣れてもらう。その横でアキラは射撃を続ける。
「よお」
「なんです?」アキラは撃つ手を止める。
「狙えば当たるって意味で、556の有効射程は?」
「556に限らず、ライフル弾全般の目安はトランソニックゾーン」
遷音速領域:超音速と亜音速の中間領域。
超音速で発射されたライフル弾が遷音速領域に減速するとき、空圧が変化して、摩擦係数が劇的に増して、衝撃波が弾頭後方へ移動するのと同時に圧力中心が弾頭前方へ移動して、回転偶力が過剰に増大して、弾頭を覆う気流が乱れて……簡単に言うと、悪いことがたくさん起きる。
結果、弾頭先端がふらふらしだす。最悪、横転する。
そうなるともう競技精度弾だろうがなんだろうがどこへ飛んでいくのかわからなくなる。
遷音速領域を上手く切り抜ける弾もあれば、悪影響にひたすら翻弄される弾もあり、556/223は基本的に後者なので、アキラはそれより遠くを撃たないことにしている。
遷音速領域の入り口は約四一〇メートル秒。
よって、四一〇メートル秒に減速する地点が、狙えば当たる、という意味の有効射程。
「射程六〇〇弱か……あと一つ。銃口初速だが、気温によって変動するから折々の状況に合わせて正しい数値を入力しろとある。明日、朝や昼にも撃ってデータを集める感じ?」
「確認のために一応」
「〝一応〟?」
「マーク262の発射薬は気温感受性が低いんです。朝昼晩の外気温の推移が摂氏一〇度くらいなら、燃焼速度はほぼ一定。つまり、銃口初速はほぼ一定。起こりうる変化は標準偏差の1SDに収まる範囲で実用上の差はないレベル。ついでに言うと、今ぼくらがいる海抜三〇〇メートル弱で同程度の気温差のとき、空気密度の変化が引き起こす着弾点のズレは距離五〇〇から六〇〇で一〇センチ未満。これも実用上の差はないレベル」
「りょ。次は?」
DOPEカード作り。
DOPE:直訳すると、前回交戦時データ。なんのこっちゃだが、要は、自分が使うライフルと弾薬の特定の気象条件や標高などの着弾補正データ。また、着弾落差それ自体や、風による着弾偏差の度合いを指す用語。使用例――よお、千ヤードで風のドープはどんなもん?
DOPEカード作りで押さえておくべき主題。
想定される射距離と交戦状況。
アキラたちの場合、六〇〇メートル以内の複数脅威。
複数脅威というだけでもう、胴体ヒット以上は望むべくもなし。
となると、人質救出作戦で立てこもり野郎の脳幹を撃ち抜ける厳密さは不要。ハイランキング『SNAFU』プレイヤーたちも支持してくれるだろう――戦場では遅い反応は何ももたらさない。行動の遅い者、対応の遅い者、なかんずく判断の遅い者は、ゲームでは餌食だった。言うまでもなく、現実でも餌食。こと緊急時対応において、理論に裏打ちされた拙速は、圧倒的かつ全面的に、巧遅に勝る。
アキラは可能な限り単純化して書いてみせる。
欄は三つ。中央欄には、五〇メートル刻みで一五〇メートルから六〇〇メートルの各射距離と着弾落差補正ミル数。左端の欄は、九時方向から吹き寄せる〇・五メートル秒の横風に対する各射距離の着弾偏差補正ミル数。右端の欄は、同風速・三時方向の着弾偏差補正ミル数。単純化の面でも、実用面でも、回転偏差によって着弾偏差補正ミル数が左右で異なるのは射距離六〇〇メートルのみ。以上。
その円形シールを、LPVOのレンズキャップ内側に貼り付ける。
「書式とかないので、ケヴさんがぱっと把握しやすい書き方でオーケー。二五メートル刻みで書いた大きめのDOPEカードをストックに貼り付けてもいいし。あとは、弾道ソフトが吐き出したドープが正しのか、実射で確認して、必要なら実射データを基にDOPEカードを修正して、完成」
「何枚か作ってみる。そういやさ、ケースレスアモのこと、ヘルプで調べたんだが、何が悪いの? カートリッジの上位互換に見えたんだが?」
ある意味では、そう、上位互換。
無薬莢弾は、特にライフル弾では、薬莢の厚みと重さがなくなるため、同サイズの弾倉でも重量増加を招かずに携行弾数が五〇から一〇〇パーセント増す。基本的に軍の新装備、というか、特殊部隊による評価段階の実験装備なので、値段はタダ同然。
利点は以上。
欠点のほうは、残念ながら、たくさんある。
近未来の発明、繊維ノリによって形成された発射薬はそれなりに頑丈だが、強い衝撃によって欠けることがままある。おわかりのとおり、発射薬が〇・一グラムでも減ると銃口初速が無視できないレベルで変わる。酷いときには弾頭の根本でポッキリいって銃をジャムらせる。あるいは、雨や高湿度の空気に触れると繊維ノリが溶けて弾倉などに固着し、銃をジャムらせる。発砲時に繊維ノリが燃焼しきらず大小の欠片を残すこともあり、やはり銃をジャムらせる。「おそらく発射薬の不均一な形成が原因で薬室への装填が甘くなる」と推測するプレイヤーもいて、その場合は精度に凄まじい悪影響を及ぼす。
ケースレス拳銃弾の場合?
弾頭と薬莢の直径がほぼ同一なので、装弾数は増えず、煩わしさだけが増える。
ひと言でいうと、無薬莢弾は信頼性がとても、とても低い。
無薬莢弾に対応した銃火器が少なすぎる点もデメリットの一つに数えていい。しかも製造元はへんちくりんなラインナップばかりのゲームオリジナルブランド。「デザートイーグルはすげぇんだ! 威力がすげぇから最高の銃なんだ!」といった頓珍漢な主張をぶつ機械工学の知識も人間工学の知識も有さない小学六年生がデザインしたかのようなAK47クローンやM4クローンの出来損ないを撃ちたいといういうのなら話は別だが。
「これまでの経験から見て、そのへんのクソっぷりもリアルで再現されてると思います。なので、昔ながらのカートリッジが絶対的に優位。検証してみます? 一応念のために」
「いや……おまえがそこまで言うなら、ナシかな」アキラの頭をポンと叩く。「よお、そろそろ晩メシ食ってこい。あたしが先に見張りに立つ」




