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ガルデニアの残り香  作者: 板久咲絢芽
閑話 Gardenia sub rosa――薔薇の下の梔子
35/44

蕾はいまだかたく

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


()れは、偶々(たまたま)だった。

偶々(たまたま)乗った電車の向かいの席に、()の家族は座って居た。


何処(どこ)にでも居そうな、父親と母親と、()れから幼稚園か保育園に通っているだろう小さな女の子と。

彼等(かれら)の会話から、よくある共働きの家族で、久し振りの一家(そろ)った外出である事が分かった。


()は何の気無しに彼等(かれら)(なが)めて居た。

女の子はにこにこと、とても楽しそうに笑って居た。

()れが(まぶ)しくて、少しだけ腹立たしかった。

けれども、()れは自分の持って無い物を他人が持っている時に生じる(たぐい)の物でしか無かったから、八つ当たりなのは自明の(ことわり)だった。


不意に女の子と目が合った。

彼女は少し(まばた)きをして、()れでも物怖(ものお)じや人見知りをし無いタイプだったのか、にこっと笑った。


心の内に寒さが()いた。

嗚呼(ああ)、良く無い。実に良く無い兆候だ。

喉が渇く。渇いてしまう。


()れが心理的な影響を大きく受ける事は、長年の経験で分かり切っていた。

だから、()は次の駅で降りたのだが、其処(そこ)()の家族の目的地でもあったらしい。

()れでも、一緒だったのは改札(まで)で、彼らは人波に消えていった。

()()で、(あらが)(がた)い喉の渇きに辟易(へきえき)とし(なが)ら、人波を彷徨(さまよ)って獲物になりそうな人間を探した。

適当に見繕(みつくろ)った人間で喉を(うるお)し、()の温もりに一息ついて、()(また)()()無い放浪に出る(ため)、人波に戻った。

仮説の実証が如何(どう)すれば出来るのか。

()れを考え(なが)ら、(また)()()りのつかない(まま)に、流離(さすら)心算(つもり)だった。


だったのだ。

つい先程、視線を交わした女の子が、べそを()いて居るのを見つけなければ。


人混みの中で(はぐ)れてしまったのだろう事は、容易に(わか)った。

喉を(うるお)したばかりで、皮肉にも人心地(ひとごこち)ついて居た()は、気紛(きまぐ)れに彼女に話しかけた。


「お父さんやお母さんと、(はぐ)れたのかい?」

「ん……」


()れがみぃちゃんとの初めての会話だった。

泣き出すのを(こら)える様に、呼吸に合わせて鼻を鳴らす様に答えた彼女は()を見上げた。

()(てい)の表現で言うなら、捨てられた子犬のような(うる)んだ、くりくりとした瞳で()を見上げて、そして、ぐしぐしと()の目元を手で(ぬぐ)った。


「……でんしゃでいっしょだった、おにいちゃん?」

「……そうだよ」


彼女がそう言ってきたのは意外だった。

基本的に印象に残ら無い様に暗示(便宜上)を使って居たから、()の時はうっかりして居たのだろうかと思った。

今思えば、()の脇が甘かった(わけ)では無く、彼女のそういった物に対しての感覚が鋭敏だっただけだ。


「よく、覚えているね」

「あのね、きれいだなっておもったの。すっごいきれいなくろ」


そう彼女は言って、目元が赤い目を細めて笑った。

今泣いた(からす)がもう笑う、とはこういう事かという様で、その無邪気さに車内で苛立(いらだ)ちを覚えた()自身に(あき)れるしか無く、()(まぶ)しさに思わず目を細めた。


「……おにいちゃんと、おまわりさんのとこに行こうか」


自然と、()の気になって居た。

優しいフリで彼女に手を差し伸べれば、彼女は(うたが)う事無く、()の小さな手で(つか)んできた。

化物(ばけもの)(くせ)にと、内心で自身を嘲笑(あざわら)う思いもあった。

けれど、掴まれた手に伝わる子供特有の高めの体温は少し心地良かった。


何か、他愛(たあい)も無い話を(いく)つかした様に思う。

二百メートルも離れていない交番までの(つか)の間で、()れでも名残惜(なごりお)しく感じるには十分過ぎた。


「おとうさん、おかあさん!」


()の手を(はな)して駆けていく彼女はとても嬉しそうで、彼女に気が付いた両親も(また)、駆け寄る彼女を大きく両手を広げて抱き()めた。


「ごめんね、みぃちゃん」


そう言い(なが)ら、彼女の頭を()でて、()れから、なんとお礼をすれば、と両親は何度も何度も、()に感謝の念を表した。

一言二言(ひとことふたこと)他愛(たあい)も無い会話を()わし、嬉しそうな彼女を連れて、安堵(あんど)の表情で感謝を繰り返し(なが)ら、両親は立ち去った。


()の去り行く家族の背を(なが)めて、そして()の中でなら証明出来るのではなかろうかと、()は思いついてしまったのだ。


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