英傑の自信
「とりあえず第七層までは攻略したぞ」
俺の横に座ったニックは開口一番そう発言。そこで俺は、
「昨日もそうだったが……いいのか? 情報を話してしまって」
「もちろん、話しても問題ないレベルに留めるつもりだぞ。ダンジョンに二日潜ってわかったこともあるからな」
と、ニックは笑みを浮かべた。ふむ、彼は彼で色々と得られたらしい。
「第七層の守護者は全て倒した。やっぱり複数道がある上、第八層からは魔物を生成する存在がいるらしい。明日から攻略速度は鈍るだろうな」
……などと言っているが、その目には闘志が宿っている。たぶん魔物が多くなろうが、関係なく今日と同じ速度で攻略するつもりなのだろう。
「そちらは成果があったのか?」
話をこちらへ向けてくる。そこで、
「ああ、明日から本格的に攻略を開始するつもりだ」
「……前線に出てくると。ただ、二日先頭に立って戦っている俺との差は大きいぞ?」
――出現する魔物の特性などは、ニックも把握したことだろう。もし普通に正攻法で勝負に出るとしたら、魔物の撃破速度やダンジョンの探索速度は、彼が遙か上をいくことだろう。
ダンジョンの特性などを肌で感じることで、探索の速度などは目に見えて向上する。もし俺達がニックと同様に初日から探索をしていたら、その速度に追いつけたかもしれないが、ダンジョンに潜り続けてきた人間と俺達とでは、やはりどうしても差があったに違いない。
「俺達の後ろについてくるか?」
そんな質問がニックからなされた。けれどこっちは肩をすくめ、
「そんなことをしても、勝利者はニックになるだろうが」
「ま、そうだな……ただ、第七層の時点で相当構造は複雑だった。第八層はそれにも増して複雑化する……俺達がハズレの道を選んでいる間に正解の道を選べば、可能性はあるな」
「運次第で勝てるってことか?」
「そうだ。ダンジョン攻略に運の要素はつきものだからな。ここで正解の道を選んであっさりと勝利されても、俺は文句を言わないぞ」
――そうは言っているが、ニックの顔にはそうはならないだろうという確信があるように見えた。
俺はそれですぐに理解する。ニックは第六層、第七層と攻略をしてきて、ダンジョン構造についてある程度理解してきたのだ。
冒険者ギルドが作成した地図を眺めているだけではわからないこと……ダンジョンを作成する際、どうしたって作成者の意思が入る。それによって、ダンジョンには何かしら癖が出てくる。ニックはこの二日間で間違いなく、それをつかんだのだろう。
もしかすると、正解の道には何かしら特徴があるのかもしれない……もしそれを理解しているのであれば、ニックは第八層の攻略を恐ろしい速度で進めることだろう。場合によっては明日……第九層、果ては最下層まで辿り着くかもしれない。
「一気に、終わらせようって雰囲気だな」
俺が言及すると、ニックは満面の笑みを浮かべた。
「そんな風に見えるか? もしかすると競争していることがモチベーションを上げているのかもしれないな」
「とはいえ俺が前線にいなくて勝負している気にはならないんじゃないか?」
「いやいや、そんなことはない。そちらだって、色々と情報は得ているはずだ」
正解である。さて、俺達が集めた情報とニックが得た情報。そのどちらが上なのか――結果は明日わかりそうだ。
「それに、だ。異界化して大変ではあるが、やはり魔族がいないダンジョンでは、攻略難度も違うな」
「それはつまり、簡単ってことか?」
「いや、さすがにそうは言っていないが、今の俺なら十分対処できる」
……魔王との戦いは、彼にとっても自信に繋がったのだろうか。まあそもそも、英傑入りするだけの実力を持っているのだ。それこそ魔王軍の幹部が生み出したダンジョンでない限り、彼にとっては物足りないのかもしれない。
だとしたら、本当に明日勝負を仕掛けてくるかも……俺達は悠長に動いていたわけではないが、もし魔族レーテと会うのが一日遅れていたら、ニックの完全勝利だったかもしれない。
それからいくらか雑談を行った後、ニック達は早々に立ち去った。明日に備えて眠るということだが、昨日とは打って変わった様子に明日こそ勝負に出るのだと俺は確信する。
「……明日は魔族レーテを連れて、一気に最下層まで踏み込むとしよう」
俺の言葉にミリアやアルザの表情は硬くなる。
「ニックはそれこそ、明日大勝負に出る……俺達が何をしていたのか知らないまでも、こちらの表情で何か悟ったのかもしれない」
「明日攻略しないと負ける、ということかしら?」
ミリアが問う。俺はそれに頷き、
「ああ。だからこそ……俺達も、全力で応じる」
「こちらはまだ本格的に戦っていないし、体力的に余裕があるかしら?」
「ニックの様子から、相当戦意は高い。あの調子だったら、二日間の戦闘は準備運動くらいのものだろう」
そう答えつつ俺は、天を仰いだ。
「決着は三日目……その動きに委ねられた。明日、早朝から一気に動くぞ――」




