遭遇
森の中を、文字通り疾駆する……俺とアルザの移動にミリアはどうにか食いつく形で追随する。彼女がどうにかついてくるというレベルの速度であり、前方にいる魔族からすれば脅威以外の何物でもないだろう。
相手はどうやらこちらの動きを見て反応した……が、さすがに対応まではできなかったようだ。距離を置こうと移動を開始しようとしたが、それよりも先に俺達が魔族の下へ到達した。
そしてアルザが相手に向け剣を突きつける……ようやく発見できた魔族についてだが、
「……え?」
遅れて到着したミリアが、声を上げた。
「魔族、だけれど……」
そうやって呟いたのには理由がある。俺達が発見した魔族は、年齢で言えば十歳くらいの見た目を持つ少女であった。
もちろん、あくまで見た目なので人間と同じと考えるのは早計なのだが……まとう魔力についても、同様に若い。
俺は数々魔族と戦ってきて気付いたことがある。年齢を重ねた魔族は、まとう魔力に特徴があるということ。年輪のように幾重にも魔力が重なり、発する気配も濃密になる。一方で若い魔族は魔力の層が薄い代わりに、層一枚一枚が厚かったり、あるいは非常に強固だったりする。
これはおそらく魔族の特性であり……目の前の少女魔族は、まさしくその見た目通りに魔力をまとっていた。
「……確認だが、ここへ入り込んだ冒険者と遭遇し、逃げた魔族ってことでいいのか?」
俺の質問に対し、魔族は首をそっぽ向けた。答えない……どころか、さっさと滅ぼせとなんだか潔さもある。
これはどうするべきか……俺の横にミリアがやってきた。視線を向けると、彼女は小さく頷き返す。
「……あなたが、このダンジョンの主?」
まずミリアが質問。もちろん魔族としての魔力を伴ってのことだが……結果、彼女は俺達を見て困惑しながらも小さく首を左右に振った。
「私は、違う」
そして答えた声も少女のような高いもの。まさしく年齢相応……といった雰囲気の魔族である。
「ならあなたはどうしてここに?」
「……私は、このダンジョンにいた主によって生み出された存在」
「生み出された? 魔族が?」
俺が呟くと、ミリアはこちらを見返した。
「そういう存在もいるの。言わば自分の魔力を分割して、分身を作るとか」
「ということは、この魔族は元々いた魔族の分身?」
「あるいは、魔物の主に近しい魔族か……もしかすると各階層を守る魔物は、この子のように分身によって制御、管理しようとしていたのかもしれないわ」
「なるほど、単純に魔物だけではなく……ということか。その方が防備は複雑になるし、攻略は難しくなるだろうな」
「子供の姿なのは、魔力をわけた段階でそれだけしか確保できなかったのか……おそらく、守り手を作成する途中で滅びたのでしょうね」
「なるほど、な……で、だ」
問題はこの魔族をどうするか。ミリアのことを見てすぐに逃げ出す雰囲気ではないが、放置すれば何をしでかすかわからない。
「あなたは、ダンジョンを攻略されて嫌?」
そしてミリアは改めて少女へと尋ねる。
「あなたの目的は、このダンジョンを守ること?」
「違う」
少女は意外にも首を左右に振った。
「私は、迷宮の一番奥へ戻りたい」
「戻りたい?」
「元々私は、上層のどこかに配置されるはずだった。でも、その前に主がいなくなって……でも命令を遵守しようと一番下の本拠地から出たら、魔物に襲われた」
「上層担当だから、下層にいる魔物達に干渉する権限がなかったということ?」
「たぶん、そう」
「ということは、あなた下層の情報を持っているの?」
「そうだね」
「わかった……それで、あなたがここにいるのはなぜ?」
「私はどうにか下層から抜け出して、この森まで来た。ここから上なら魔物を操ることができたから、どうにかして帰れないかと考え続けて……あなた達がやってきた。最初対処しようとしたけど、私より強いし逃げて……下層まで行ってくれるみたいだから、放置しようかと」
「なるほどね。なら、どうしてあなたは最下層へ戻ろうと思ったの?」
「この森や上の草原が本来配置される場所だったけど……最下層の本拠こそ、私のふるさとみたいなものだから」
つまり、もう一度生まれた場所に戻りたいと……それがどういう意味合いなのかわからないが、ともかくこの魔族は最下層までの情報を持っている。
なら、どうすべきか……俺とアルザはミリアと少女との会話を見守ることにする。下手に介入するより、彼女に任せた方がいいのは間違いないからだ。
「そう、わかったわ」
ミリアは相づちを打ち、どうすべきか考え始めた。少女魔族はそれがわかっているのか動かない。アルザが相変わらず剣を突きつけてはいるので、問い掛けを待っている。
そして……一分ほど経過した時だろうか。ミリアは少女魔族へ、再び口を開いた。




