第二層
第一層はあくまで神殿を模したもので異界化もされていない。問題は第二層から……というわけで階段を下ると、
「おお、これはまた……」
第二層は見事なまでに異界化しており、俺達の目の前には草原が広がっていた。これまで石造りの神殿だったのに突然土の地面が現れ、なおかつ上には空があるし太陽まで存在する。
「地上を再現しているのかしら?」
ミリアが疑問を呈す。それに俺は「かもしれない」と同意しつつ、
「しかもかなり精巧に再現されているな……異界化は時間が経てば経つほどより精密になっていくものだけど……」
俺は周囲を見回す。草原には風がサラサラと流れており……そもそもこの風がどうやって起こっているのかも不明だし、ついでに言うと太陽の光などもどういう風に再現しているのか。
「ミリア、地上にあるものを再現しようとしたら、本来は魔族が魔法を用いるよな?」
「そうね」
「でも、このダンジョンは早期に魔族が滅んでいる……とすると魔族の手による結果じゃない。これはどういう理屈で再現されたものなんだろうな?」
「可能性としては二つかしら」
「二つ?」
「一つは他に魔族……つまり生き残った魔族がいて、元々の主から引き継いでダンジョンを異界化した。ただそれにしたって、ある程度ダンジョンが複雑化したら人間側に攻撃するでしょう。ダンジョンというのは、人間界に侵攻するためのものだから」
「十年という歳月潜伏する必要性はどこにもない、ということか」
魔族を目撃したという情報はあるため、ミリアが提示した可能性もあり得る。ただ、彼女の言うとおり普通はこのダンジョンを起点に人間界へ侵攻するはずだろうし……疑問は残る。
仮にここにいる魔族が滅んだ魔族を目の当たりにして生き延びたい、とか思うのであればより目立たないようにした方がいいし、やっぱり疑問は残る。それに、踏み込まれても問題ないようにするなら、草原とかじゃなくて迷路とかにした方が良いだろう。
「そうね。だとすれば、もう一つの可能性」
考える間に、ミリアはさらに語る。
「魔族の主は元々こうしたダンジョンを構築しようとしていて、その方針に従ってここまで規模を大きくした」
「……どういうことだ?」
「ダンジョンを構築する際に、一定の枠組みみたいなものが存在するのよ。フォーマットとでも言うべきかしら。ほら、デザインセンスのない建物って、扱いにくかったりするでしょう?」
ああ、なるほど……ダンジョンそのものの問題ってことか。
「それに、魔族が個々にダンジョンを自らのセンスで構築するとなったら、画一的なものになりがちだし」
「……ダンジョン生成にもデザインとかセンスとかが必要って話か。なんだか世知辛いな……」
まあ建築するのと一緒だし、当然と言えば当然か。
「それで、このダンジョンの主はどうだ?」
「人間側へ攻撃を仕掛けるにしても、拠点はやりたいように作る……といったところかしら。おそらくここまで異界化が進んだのは、予め魔力をどう使ってダンジョンを広げていくかを最初に決めておいたためでしょうね」
「……ダンジョンが大規模かつ異界化が進んでいるのは、魔族の主がしっかりと準備していたから、ということか」
「そうね」
「もし魔族を倒さず放置していたら、相当大変なダンジョンができあがっていたかもしれないな」
「ええ、そうね」
……俺達は草原を歩き出す。念のため落とし穴とかないだろうかと魔法で調べてみるが、何もない。
一応魔物の類いはいるのだが、近寄ってこようとはしない……いや、俺達を明らかに警戒して距離を置いている。これはたぶん、攻略してきた冒険者が魔物を見つけ次第駆逐していた結果だろう。
十年間、生態系さえ生まれたこの空間内において、人間という存在は侵略者も同義だ。よって、最大限に警戒している。
「魔物は本来、奥へ進ませないための壁みたいな役割を持っているはずだけど、第一層に残っている魔物は、おおよそ役に立たないな」
「襲い掛かってくる様子はないもんね」
アルザが俺に続いて呟いた後、
「これ、下層にいる魔物も同じなのかな?」
「そこまでは実際に行ってみないとわからないが……ミリア、どうだろう?」
「魔族はいなくとも、このダンジョンを生み出した当初に魔物がいたのなら、それらは命令を遵守するでしょうね」
「当然、そういった魔物は下層に行けば多くなる」
「この調子だと、異界化するだけではなく魔物を生成する魔物がいるはず。たぶんこのダンジョンには異界化によって生まれた魔物と、魔族の配下として魔物を生成し人間を襲うタイプがいるはず。私達が今いる草原は攻略が完了していることもあって、襲い掛かってくる魔物は倒したとみるべきでしょうね」
「そうだな……ふむ、異界化を見ただけでここまで推測できたのは大きいな。それでミリア、第二層の地図を見て、未踏破の場所はあるか?」
「いくつか残っているわね。とりあえずそこから調べましょうか」
ということで、俺達は草原の中を歩き始めた。




