回想:決戦前夜
「――緊張、しているか?」
そんな風に俺へと声を掛けたのは、最強騎士かつ『六大英傑』筆頭の騎士クラウスだった。
魔王が侵攻を開始した――それに対抗するべく聖王国は持てる限りの戦力を用意し、対抗するために軍を動かした。戦士団『暁の扉』はそれに追随し、明日始まるであろう戦いに思いを馳せていた。
戦士団の団員は火を囲むようにして座り、誰もが沈黙している。普段は陽気に騒ぐ団員も今日ばかりは静かだった。無理もない。明日、最強の敵と戦うことになる。生きるか死ぬかの瀬戸際に立つのは間違いなく、自分は明日死ぬかもしれない……と考えてしまえば、物静かになるのも当然だった。
そんな中で騎士クラウスはやってきた。鎧姿ではなく、作業でもしていたのか騎士服姿であった。そんな彼はおもむろに俺の隣に座り、
「いかに『久遠の英傑』とはいえ、今回ばかりは体に力が入っているか」
「当然だと思うけどな……」
幾度となく戦士団として死線をくぐり抜けてきた。その自負は確かにあったし、高位魔族と戦うことだってあったから、前日に死を覚悟する……なんてケースだってこれまでもあった。
けれど、今回は特に異常だった。あのセリーナでさえ、沈黙しパチパチと弾ける火へと目を向けている次第なのだ。その異様な雰囲気……まさしく嵐の前の静けさだった。
「そういうクラウスはどうなんだ?」
「私か? 相手が相手だからな。明日のことを想像し、ふと作業を止めてしまう。我に返って再び……でも気になる、の繰り返しだな」
「俺達と同じってことか」
「後方支援をする騎士達はちゃんと動けている。行軍に問題は出ないさ」
そう言われて俺は周囲を見回す。確かに騎士の中には作業に従事している者も多い……のだが、その表情は一様に硬い。直接戦闘をしない人であっても、この異様な雰囲気に飲まれているようだった。
「……明日の戦い、勝利できれば当面人間界に平和が訪れるだろう」
やがてクラウスは話し始める。
「現在の魔王は、聖王国内にダンジョンを始めとして様々な施設を作成した。これはつまり、人間界に攻め寄せる野心があるということ……そして実際に、襲い掛かってきた」
「俺達はそれを止めるために出陣した……『六大英傑』全員が参陣して」
俺の言葉にクラウスは頷く……彼もまた英傑の一人であり、そこに他の六名が集った形だ。
この場にいる者達は、間違いなく聖王国において最強の面子だろうとは思う。いや、日夜魔族や魔物と戦い続けてきた聖王国は他国よりも武力も高く、ダンジョンの存在もあって冒険者だってレベルが高い。英傑のことを考慮すると、人類最強の面々と言っても過言ではないかもしれない。
けれど、そうした者達が一様に沈黙する……相手は魔族において最強の存在、魔王。謀略に長けて裏方に回っているような魔王であれば決して強くはないと思うけど、今回の敵はありとあらゆる魔族を力で支配下に置いた輩だ。当然、その実力は最強だと言ってもいい。
つまり、人類最強と魔族最強がぶつかり合うというわけだ……無論、戦うのは魔王だけではない。精鋭の高位魔族だってわんさかやってくるだろう。
それに俺達は対抗できるのだろうか……魔界の情勢が怪しくなってきた段階で、聖王国は準備を始めた。それが功を奏したのかわからないが、決戦という段階になっても国は動揺せず、最大限の準備を行った。騎士の士気も高く、ここまでは俺達だって血気盛んだった。
けれど、やはり前日になると違う……これまで魔族と野戦を行った経験はある。俺はその中の一人として、杖を振るい味方を助けてきた。そんな俺が考える……今回の戦いは、当然ながら今までとは違う。違いすぎる。
「……物語の主人公が、魔王に挑むシーンとかあるだろ」
ふいにクラウスが、俺へ向け発言した。
「勇敢な剣士が、最後の戦いへ挑む……物語としてはありきたりな筋書きだが、それが目の前で起ころうとしている」
「……物語のように勇者が単独で戦うなんて無茶できる存在は人間側にいないけどな」
「確かに『六大英傑』だって一人で戦うのは無茶だろうな」
首肯するクラウス。彼もまた英傑ではあるが、やはり魔王と単独で戦うのは辛いと考えているようだ。
「とはいえ、私達が主役なのは間違いない。作戦は英傑……七人目の君も含んだ精鋭が、魔王へ挑むべく布陣する。他の騎士や冒険者は、魔物や魔族が魔王との戦いを邪魔させないよう露払いの役割を持っている」
「この戦い、魔王を倒せば終わりということか?」
「そうだ。例え魔族であろうとも、絶対的な支柱が崩れれば退却せざるを得ないだろう」
仮に魔王を倒せたとしても、俺達はまともに戦える状態ではなさそうだが……もし魔族が復讐のために襲い掛かってきたら終わりだな。まあ、そんなことを考える余裕はないかもしれないけど。
色々と不安要素はある。そして、拭いきることはできない……空気が重くなる中で、後方から足音が聞こえてきた。




