悩む彼女
その日は何事もなく一日が終わり、俺とアルザはオーベルクの城で一泊した。
翌日、朝食の席でミリアと話し合う。昨日の内にオーベルクから話を聞いたらしい。場所は食堂なのだが、城主はいなくて俺とアルザとミリアの三人だけだ。
「叔父様から話を聞いた時は驚いたけれど……」
「魔王が滅びて、その余波がここにもあるというわけだな」
「ディアスはどう思う?」
「魔物がどんな存在なのかわからないから何とも言えないが……オーベルクはミリアに危害が及ぶことを避けたいんじゃないかな」
「私が……」
「魔物がどういう形でここへ攻撃してくるかわからない。城の中にいれば安全という雰囲気でもなさそうだからな。一応、手紙を書いて国側に対処してくれるように要望したけど……オーベルクとしては最悪の可能性を想定し、ミリアはここから離れた方が安全だと考えたわけだ」
「私達の旅だって結構危ないと思うけどねえ」
と、アルザは俺へ向けて感想を述べる。
「だってほら、これまで魔物討伐とかやってきたわけだし」
「仕事ということで危ない案件に首を突っ込んでいるからな……その辺りのことも話したけど、オーベルクは俺と一緒に旅を、と提案してきたわけだ」
――あるいは、ここに留まれば危ないだけではないかもしれない。そう俺は内心で呟いた。
というのも、ここに押し寄せる魔物に対し国との連携で対処できたにしても、魔物の目を通して魔界にはオーベルクに関する情報が入っているはずだ。それによってミリアがこの場にいることがわかれば、相手は何をしでかすかわからない……オーベルクはそんな推測をしたのかもしれない。
あり得ない話ではない。そもそもミリアは魔王候補に祭り上げられることを危惧してこの場所へ来た。彼女に危害を及ぼそうとする勢力以外にも、彼女を利用しようという勢力だっているはずだ。むしろそういう相手の方が厄介である可能性がある。
場合によっては魔族が直接乗り込んでくる可能性も……そんなパターンをオーベルクは想定したかもしれない。そういった懸念を俺に伝えず、あくまで魔物により危険だとオーベルクが告げたのは、たぶん魔界の情勢などを事細かに説明しないといけなかったためだろう。俺としては政治的な分野にまで話が回ると頭が痛くなるし、何より意図的に話していないのなら、たぶん迂闊に喋れない何かがあるに違いない。
まあ俺も首を突っ込む必要性は感じないしそれでいいけど……ミリアの方はオーベルクからさらに詳しい話を聞いたかもしれないが、尋ねることはしない。
「ともあれ、最終的に決断するのはミリアだ」
俺は彼女へ向け話を進める。
「俺とアルザは当てのない旅を続ける……俺は自分探し、アルザは資金集めのため。どこへ向かうにしろ、路銀稼ぎなどもあるから仕事はしなきゃならないし、魔物討伐の仕事なんかに首を突っ込むことにはなるはずだ」
「ついていくにしても、大変だと言いたいのね?」
「そうだ」
「……ディアスがどこまで話を聞いたのかわからないけれど、少なくとも私がここに留まるのは問題があるのだけは確か」
ミリアは俺とアルザへ向け話す。
「かといって、人間界において私が単独で旅をするのは危険すぎる。信頼における人がいなければ成り立たない」
「俺とアルザは問題ない」
「そう……少し、考えさせてくれる?」
「ああ。ちなみに旅に同行する場合、期限とかあるわけじゃないよな?」
「ええ、そうね。少なくとも魔界側がある程度落ち着かないと」
「戦いは数年単位で続くんだろ? 落ち着くのだって時間が掛かるんじゃないか?」
「そうかもしれないわね……ディアス、旅はどのくらい続けるの?」
「特に決めてはいないな。ただ、五年も十年も旅を続けられるとは思っていないし、どこかで腰を落ち着かせる必要は出てくると思う」
「……少なくとも、年単位で活動するのよね?」
「たぶん」
「……判断が難しいわね」
ミリアはうなり始める。彼女も大変だな、と思いつつ俺はさらに話を続ける。
「旅について行くかどうかについては、俺とアルザが城に滞在している間に決めてくれればいいさ。今すぐに判断する必要性はない」
「ありがとう……それでディアス、魔物の討伐についてだけど」
「ああ、場所は教えてもらったから、今日にでも動こうと思っている」
「強いのかな?」
アルザが疑問を寄せる。
「オーベルクさんって、結構強いよね? あのレベルの魔族が危険だと思うのは……」
「魔族に対し有効な能力を持っている、と言っていたな」
「同胞殺しの魔物……と、呼ばれている個体ね」
と、ミリアが解説を始めた。
「名前の通り、同胞を始末するための汚れ役的な使命を帯びた魔物。数は少ないけれど、その分強力なのは間違いない」
「人間相手にはどうかな?」
「同胞殺しの特性は対処しなくて問題ないと思うけれど、素のスペックが普通の魔物とは違いすぎる」
「なら、どのくらい強いか……この目で確かめるとしようか」
俺はそう応じ、ひとまず食事を再開することにした。




