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食事自体はなるべく質素に、と言われて、夕子は彼女なりに研究はした。
その結果、『無理』と判断するしかなかった。
なにしろ、代表的な素材といえば大根などの野菜がメインであり、あとは豆腐が有名だったという。
健の嫌いな豆腐、である。
それらを使ったところでできるのは、精進料理のようなもので、肉類はほとんどない。
魚介類で栄養を補うには不十分、となれば、健たちに当時の食事をさせるわけにはいかなかったのである。
だから食材は、自分たちのところから大量に運び込み、冷凍してある。
いつまで滞在するのかはわからないが、はじめにも同じものを作って出しているので、なくなったらそれこそ精進料理で我慢してもらうしかない。
肉類は、はじめにとって口にしたことのないものだったろう。
猟師ならば、あるいは猪や鹿を仕留めて食べていたかもしれない。
鶏肉もあったかもしれない。
しかし、豚や牛はといえば、恐らく皆無だったろう。
それを今まで調理して出していたのだ。
最初は目を見張って珍しげに眺めながら、戸惑いがちに口に運んでいたはじめだが、今朝はさすがに慣れてしまったらしい。
西洋料理だと思って、と言われて並べられたパンやスープを、満足して平らげた。
ただし、彼は彼なりに夢物語のひとつ、と達観していた部分はあったようだ。
というより、そうでも思わなければ、もう二度と口にできないだろう料理に甘えてしまいそうだと、前日の夕食のときにこぼしていた。
部屋での安静を命じられている護にお粥を持っていったのは実で、それに付き合ったはじめは、廊下でキッチンを振り返った。
「絵里さんは台所仕事をしないのだな」
大体、この配膳自体、本来は女性の仕事だと思っているようだ。
実は当然のことのように言った。
「彼女に女らしさを求めても無駄さ。大体、これはマモルに対する嫌がらせでオレがやるんだ」
「嫌がらせ?」
「あいつは、オレが面倒をみることを嫌がるからな」
そう言われれば納得できる。
護にとって、実は守るべき存在であり、世話を焼かれる立場ではない、ということだ。
階段を上がりきったところで実が振り返る。
「それよりおまえだよ。どうしてついて来るんだ?」
「えっ? め、迷惑か?」
「別に。けれど、どうも気にしているのはおまえのほうみたいだな。最初はマモルのほうがおまえに話があると思ったんだが……。本当にあいつ……何を考えているのか……」
「ほう。君にもわからないか? 昨日のようにすればよかろうに」
あからさまな嫌みも、実には通用しなかった。
「そこまでずうずうしくはないぞ。第一、おまえも勘違いをしている。オレは、感情は読み取れても考えていることがわかるわけじゃない」
「……も?」
誰かと同一視されている言葉だった。
護の部屋の前で実が笑う。
「この能力はな、誰にとっても理解不能のようだ。何度同じ説明をしたか忘れた」
「だが……考えていたことを言い当てていたのは事実だ」
なんだ、と首をすくめる。
「あれは推理と誘導。前後の会話や仕草、それに表情を観察した結果さ」
それを瞬時にやっていると言うのか?
感情を取り込みながら、仕草や表情の細かい部分まで読み取る、と?
「もしかして……君は頭が切れるのか?」
「鈍いな。今ごろ気がついたのか」
素早い判断力があるから、嫌みにしても皮肉にしても、瞬時に口から出てくる。
そして、相手の嫌みにも動じない。
もしかしたら、実に口論で勝てる相手はいないのではないか?
唖然としているはじめに構わず、ノックをして実はさっさと部屋に入ってしまった。
一歩、中に入って壁に寄りかかる。
別段用があったわけではないので、はじめはそこから二人の様子を見ていた。
確かに実が言ったとおりだ。
あからさまではないものの、護は実が食事を運んできたことに、僅かに表情を変えた。
だがそれは、嫌がっているというより申し訳がないといっているような顔だ。
二人ともなにも言わない。
そして、完全にはじめの存在を気にしていない。
しばらくは黙って見ていたものの、はじめは静かに部屋を出ていった。




