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「スープなら入るか?」

 実が健を呼びに行ったと同時に、はじめは護の部屋を訪ねていたのだ。

 すぐに実も顔を出すはずだったのが、予想以上に時間がかかり、その間、二人はけが人と見舞い人の関係ながら、まったく会話もなく待っていた。

 しかもはじめは、天井のライトがどういう仕組みで明るくなるのかを知らず、暗闇のなかで椅子に座っていたのだ。

 実が入ってきてライトがついたとき、はじめは幾分かホッとした。

 腹具合を聞かれて、護が半身を起こす。

 実の顔が近づき、額が自分のものに当たっても、彼は動かなかった。

「微熱程度か。こっちに持ってきてやる」

「ミノル……」

 彼はじっと護を見て、微かに笑った。

「おまえの要望だろう。もう遮断したんだ。言いたいことがあるのなら言葉にしてくれ」

 一度は口を開いた護は、だが、声の代わりに口を閉ざし、ベッドから足を下ろした。

「おい、起きるつもりか? 護さん」

「いいじゃないか。あとは自己責任だ。好きなようにしろよ」

 意識がなかった護に、必死に話しかけていたときの姿が嘘のように、あっさりと実が出ていった。

 護も、当然のことのように彼に注意も向けない。

 ゆったりとした部屋着の上から、クローゼットから取り出したカーディガンを引っかける。

 僅かなめまいに扉に手をついたとき、肩を支えられた。

 振り返ると、はじめが人懐こそうな微笑みを向けていた。

「無理をするな」

 その行為が、護には理解できなかったのだろう。

 僅かに首をかしげる。

「なぜ……?」

「なにがだ?」

「……」

 静かにはじめを振り払い、彼を従うような形で護はキッチンに向かった。



 食事の間、うるさかったのはやはり志乃と絵里である。

 この二人、護がケガをしようが健が落ち込んでいようが気にしていないらしい。

 もちろん、心配していないわけではない。

 だが、どうやら、彼らの間では当然のようだ。

 志乃などは、ほとんど部屋に入れてもらえなかった護に、しきりに話しかけていた。

 主に自分のことで、やはり先程の稽古の様子をこと細かく説明している。

 護は、スープにスプーンを入れたまま、じっと志乃の話を聞いていたが、唐突に彼の、漬け物の小皿を取り上げた。

 テーブルの、空いた場所に置く。

 次に実のものを置き、二つの間にはじめの小皿を置いて、目で志乃に確認をとった。

 彼が頷く。

 ようやく護が口を開いた。

「はじめさんの気を感じとる……」

 言いながら、志乃の皿から護の指がはじめの皿に動いた。

「相手をする場合には必要なことだ。君の場合は、同時にミノルの呼吸を取り込む。……意識の拡張は……二つの呼吸を同時に取り込むこと……」

と、指が更に、実のものに滑っていった。

「だから、それが難しいんじゃないか」

 護はゆっくり首を振った。

 それが、めまいを起こさないためか、普段の動作なのかははじめには見当がつかなかった。

「君には課題があったはずだ。物事を整理すれば、自然に不要なものは排除できる。この場合……二人以外は全てが不要なものになる。たとえば風の音……辺りの気温、生き物の気配……それに人数も関係はない。物事を整理し、必要なものだけに意識を向ける。それが拡張という集中だ。むしろ、君には対象が複数のほうが集中しやすい」

 やはり、護には志乃に対するイメージができている。

 しかし、当の志乃のほうが納得できないのだ。

「でもさ、ミノルとの呼吸が合わないって言われた」

「合わなかったのは……君が彼に意識を向けなかったことも原因にはなっているが……」

と、実の小皿に視線を落とす。

「原因は双方にあったと言い換えたほうがいい」

「俺だけが課題ができていなかった、ってわけじゃなかったわけか?」

 その問いかけにも、護はゆっくりと頷いた。

「相手ははじめさん一人。……対して君と、ミノル。けれど、二人の呼吸が合わなければ個人攻撃と代わりがない。ならば、二人という有利な条件をどう使いこなすのか……」

「それがパートナーってことだよな?」

 そこまでは理解できると志乃が言う。

 護は、志乃にではなく実に向いた。

「君にとってシノというパートナーの位置を考えることが課題になる。対してシノの場合は、オレたち全ての性格を分析した上での、臨機応変な対応が新しい課題だ」

 そう言って、テーブルの中央に置かれていた三人分の小皿を元に戻す護と、実、そして絵里を順番に見て、志乃は問いかけた。

「エリ、仮にあんたがミノルと組んだらどう動いてた?」

「あたしなら動かなかったでしょうね。ミノルに任せるわ」

「はあ?」

 今、護が言ったばかりなのに、絵里はあっさりと個人攻撃をさせるというのか。

 志乃は納得ができないまま、護にも同じことを聞いてみた。

 が、やはり彼も同じ返事だった。

「なにもしない」

と答えたのだ。

 どうしても理解ができない。

 志乃の目が健に向いたが、彼のほうは先程からずっと、元気がないまま黙々と食事をしているだけだ。

 聞いているのかどうかすら判断がつかない。

 仕方なく、志乃はまた護に問いかけた。

「なぁ、あんたの言いたいことがわかんねぇよ。頼むからもっと分かりやすく説明してくれないか?」

 護は、僅かに実と視線を交わして、諦めたように息をついた。

「……技術や体力が拮抗している場合、数が多いほうが有利だということは理解ができるか?」

「うん。それくらいは」

「君たちの場合、技術面でははじめさんには及ばない。だが、体力は互角と考えてもいい。ならば、片方が動く間、もう一人は自分の体力を温存しておく。ただし、ただそこにいるというのでは意味がない。別の角度からの牽制は必要だ。……体力面はそれで有利になる。次に技術面が及ばないのなら、牽制という行動の中で補うことができる。なんのためにパートナーがいるかを考えるんだ。動いている味方のナビゲーションもフォローの方法になるだろう。だから……」

と、ここで実がクスッと笑いながら口を挟んだ。

「こいつは、オレのほうが悪かったと言っているんだよ。おまえはおまえなりにオレをフォローしていたつもりなんだろうが、こっちにすれば、おまえが邪魔だったんだ。マモルが……」

「はじめさん……向こうの部屋に行かないか?」

 彼らの会話を聞いていたはじめに、健が耳打ちをする。

「え?」

 返事も聞かずに席を立った健に、実たちも口を閉ざして彼を見上げる。

 その視線を避けて、さっさとキッチンを出てしまった彼の気が沈んでいるのを、食事の前から気になっていたはじめは、

「すまん」

と実たちに言うと、あとを追った。


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