レット44 譲位
「俺を? そりゃまたどうやって?」
「国家反逆罪で全員処刑するところだけれど、リナだけは助けてくれるってぇ。それで、どこにも行かないように閉じ込めてくれるって言ったものぉ。えへへ。そしたらこれからはもうずっとリナと一緒に居られるんだよぉ。ずっとずっと一緒なんだからぁ」
「あーそー。それは色々と残念だなぁ」
キャノアから取り上げた吹き矢を踏み潰し、暴れるキャノアを片手でいなしながら、リナシェイクが視線を泳がせた。
「キャノアさん、いったいどうしちゃったんだよ?」
「悪ぃ。まあ、こういうことだ。一応警戒はしてたんだけどな。フェイレも薄々勘づいてたから、できるだけ目の届く場所に置いてたみてえなんだけど……。まあ、ぶっちゃけて言えば、俺のこと好きすぎて限界超えて、ちょっとおかしくなっちまった、みたいな?」
「ああ……」
レットは溜息を吐いた。
十年以上生殺し状態だったのだから、それもありえないとは言えないだろう。
「フェイレにも、悪いことしちまったな」
「いや……。キャノアも俺の仲間だ。管理できなかった責任は俺にある」
リナシェイクが声をかけると、フェイレが床に手をついてゆっくりと身を起こした。
刺さっていた針をあっさりと引き抜く。
「だ、大丈夫なのか?」
「ああ。少し寝ていたら、痺れが引いてきた」
レットにあっさりと返すと、フェイレは軽く頭を数度振り、立ち上がった。
多少、ふらつく感じはあったが、助けは不要のようだった。
いつもと変わらないフェイレの様子に、レットは心底安堵する。
「騒がせて申し訳ありません」
「いや。おまえがどのように成長したのか、この目で見ることができてよかった。付き合う人間を見れば、その人柄がわかる」
「呆れましたか?」
「呆れはせぬ。それを言うのであれば、おまえこそ私に呆れているのだろう?」
「私は……」
フェイレが言葉に詰まる。
「それが答えだ。私は確かに愚かな王だった」
「わかっていたのなら、何故……」
「何故。何故だろうな。自らの命が惜しかったわけでもないはずだが……。私が何を言ってもベラルトたちは聞かぬ。既に何年も前から、王宮はベラルトのための物だった。やがて私は、どうにかしようとすることを諦めてしまったのかもしれん。だが、もしこのまま突き進んでゆけば、死ぬ前にもう一度、心から愛した女が産んでくれた息子の顔がおがめるかもしれぬとは思った」
「私……?」
「このままではこの国に未来はない。そう思ったからこそ、おまえは立ち上がったのだろう」
「そんなのは結果論でしかありません。ベラルトは確かに周到でした。どこからか私の素性を知り、暗殺を仕掛けるほどに。けれど、あなたがその気になれば、どうにかすることは可能だったのではないですか?」
「その通りだ。それが私にはできなかった。全ては私の責任だ」
「私は……もし、あなたが考えを変えて下さるのであれば、その時は譲位を求めるつもりは……」
「言うな」
低く鋭く、王が命じた。
それは抗うことのできぬ、強さを秘めた声だった。
言葉を遮られたフェイレも、口を閉じるしかなかった。
「今この時をもって私は退位し、私の息子フェイレ・オル・エウラルトが即位することをここに宣言する。正式な手続きはおまえが戻ってからにしよう。今は時間がない。おまえにはやるべきことがあるはずだな、フェイレ」
国王が、揺るがぬ声で告げた。
フェイレは国王の視線をを真っ向から受け止めた。
「はい。私は戦争をなんとしても回避したいと考えています」
フェイレの答えに、国王がうなずいた。
「既に開戦の命は下されている。使者は昨夜のうちに王都を発った。急げ」
「昨夜!?」
フェイレが驚きの声を上げる。
それでは、もういつ使者が到着してもおかしくなかった。
「ティルシャが……七彩獣がいる。ティルシャの背に乗せてもらえば、ここから旧トリヴァース帝国領までもあっという間だ」
「七彩獣?」
「三翼を持つ虹色の獣の復活、ですね」
咄嗟に思考が追いつかないフェイレ。そこに女の声が投げ込まれた。
見ると、レットが入ってきた方の扉から、ひとりの女性が入ってくるところだった。
「母上……」
「よく決断しました。感謝します、フェイレ。そしてガルト」
国王ガルトの母、マリーだった。
「私は最初からそのつもりでした」
ガルトが苦笑する。
その表情がとても人間らしく見えて、レットは国王に親しみを覚える。
これまで散々悪政を布いてきた王だというのに。
「フェイレ・オル・エウラルト陛下。どうぞ、この国をよろしくお願いいたします」
マリーが深く膝を折った。
「精一杯、務めさせていただきます」
フェイレが確と応じる。
マリーとフェイレ、そしてリナシェイクとキャノアと短い挨拶を交わし、レットとフェイレは国王の寝室から二階の露台部分へと出た。
エウラルト大陸は、いつしか雲を抜けていた。
太陽の眩しさに目を細めながら、レットは露台の手すりから身を乗り出すと、蒼穹へ向けて指笛を吹き鳴らした。
二度、三度、繰り返す。
と、どこからともなく虹色の影が現れ、青空を切り裂いた。
「まさか、あれが……?」
フェイレが驚きの声を上げる。
フェイレと一緒にいた時のティルシャは、まだほんの仔猫ほどの大きさだった。
それが大きくなった上に空を飛んでいるのだから、驚くのも無理はない。
「そうだよ。あれがティルシャだ」
口笛を吹くのをやめて、レットは答えた。
ティルシャは上空を幾度か旋回してから、テラスへ向けて下降する。
レットはティルシャが着地できるだけの空間を確保するように、数歩後ろに下がった。
「レット―――っ!」
イルナの声が聞こえた。
「イルナ!」
呼びかけるレットの前に、ティルシャが風を巻き起こしながら着地した。




