リナシェイク2 / レット41 戦闘
リナシェイクたちは城館の二階、国王の寝室に迫っていた。
けれど眼前には武器を携えた衛兵たちが立ちふさがっている。
一方、一緒にここまでたどり着いた仲間は十人ほどに減っていた。
「ここは任せろ。それよりも国王の命が危ない。俺たちの仕業に見せかけて、殺される可能性もある。おまえは急げ」
リナシェイクは抜き身の剣の柄を握り直しながら、フェイレに言った。
国王が逃げる可能性もある。廊下の反対側から回り込めば、国王の寝室にたどり着けるはずだ。
「頼む」
フェイレは短く言うと、踵を返した。
ここに来るまでに、切り倒した人数は意外と少ない。
仲間たちが引き受けてここまで来させてくれた。
だが、ここからはリナシェイクの出番だった。ここまで来るあいだにそこそこ動いてはいるので、準備運動も万端だ。
口の端を上げて、リナシェイクは笑った。
「さあ、ひと暴れしてやろうぜ」
愉快そうに言うと、リナシェイクは先陣を切って敵に切りかかっていた。
◆◆◆
レットは反射的に飛び退った。
頬をかすめた矢が、地面に落ちる。
続けて射掛けられるが、レットはそれらをすれすれでなんとかかわしきった。
裏庭に広がる雲の向こうに人影が見えた。大きい。続く矢はもうなかった。全て射放ってしまったのかもしれない。
レットは剣の柄に手をかけた。
気配を窺うが、他に人はいないようだった。
ひとりだけ、レットたちに気づいた者がいたようだ。応援を呼ぶ時間がなかったのか、それとも――。
「久しぶりだな」
現れた男は、ぎらぎらと目を光らせ、憤怒の形相をしていた。
「ギュアン――」
なんとなく、そうかもしれないという予感はあった。
逃げ切って終わり、では済まないだろうという予感。
そんなに簡単に終わらせられるものじゃないような気がしていたし、そんなに無責任には終わらせられないとも思っていた。
だから、再会は必然だった。
ただ今この場所で、というのはいただけない。
「ああ、久しぶり」
慎重に挨拶を返しながら、レットはギュアンを観察する。
武器は大ぶりな剣が一振り。弓と矢筒は捨ててきたらしい。
「覚悟はできているようだな」
「言っておくけれど、イルナは最後の能力を使った。今はもう、ただの女の子だ」
「だが、俺の婚約者だ」
「……そう、だったな」
「真視の乙女は例え能力を使い果たしたとしても村から出してはならない。七彩獣も同じだ。ティルシャには早く薬剤を飲ませる必要がある。両方とも返してもらおうか」
「残念ながら、それはできない。はいそうですかと言えるものなら、こんなことにはなっていない。そうだろ?」
「どうやら今度こそ本当に命が惜しくないらしい。いいだろう。おまえさえ消してしまえば、どうにでもなる」
ギュアンの顔がひきつるように歪んだ。笑ったのかもしれなかった。
「俺がいなくなったって、もうどうにもならないさ。この国は変わる。真視の乙女たちや白豆栗鼠は解放されるし、ニール村だって開放される。聖女信仰の迫害はなくなるし、トリヴァースとの蟠りも減らしてゆけるよう動き出すだろう」
レットは柄を握る手に力を込めながら言った。ギュアンが目を細める。
「適当なことをぬかすな。乙女は国王の財産だ。解放などありえないっ!!」
大剣が鞘から抜き放たれたと思った瞬間、目の前にその刃が迫っていた。
速いっ!!
レットは鞘に入ったままの剣でそれを受け止めた。
じぃいいんと嫌な衝撃が両手を伝ってくる。
抜き身の剣だったら、折れていたかもしれないほどの威力だった。
「その国王が変わればどうだ? この騒ぎがなんなのか、知らないのか?」
「興味がない。俺はイルナの情報を得るため軍の諜報部に立ち寄っただけだ。空に虹色の獣の姿が見えたんでもしかしたらと思って追ってきたらおまえがいた。聖女の導きだ。俺はお前を倒し、イルナを取り戻す。俺の、俺だけの女だ!」
エウラルトにおける一般市民間の聖女信仰は廃れたけれど、ニール村ではもちろんその信仰は当然のように存在しているのだろう。
ぎりぎりと大剣を押し込まれ、レットは必死にその剣を支える。
力はギュアンの方があるだろう。このままではレットが力尽きたところで、終了だ。
「七彩獣は復活する。ティルシャのように。そして聖女も甦る。みんなの心の中に!」
ギュアンの瞳が、僅かに揺れたような気がした。その隙を、レットは見逃さなかった。鞘を傾けて力を逸らした直後、素早く地を蹴る。
ギュアンとの間合いを大目に取ったが、ギュアンはレットの動きを読んでいたのか、すぐにその間合いを詰めてくる。
レットは鞘から剣を抜いた。
大きく振りかぶられた大剣の下を、剣を構えて駆け抜ける。
ギュアンの胴を狙うが、半身になって避けられた。大剣が振り下ろされる時に起こった風の音が、すぐ傍で聞こえた。
レットは冷や汗をかきながら、再びギュアンから離れる。
間を置かず、ギュアンが踏み込み切りかかる。
レットはそれを受け流した。
しかしギュアンは次々と切りつけてくる。何合も打ち交わすうちに、レットは疲労を感じ始めた。
剣は苦手だった。
子どもの頃、ホークと何度も剣の練習をしたが、勝てた試しがなかった。
自分にはむかないと、その時はっきり自覚したのだ。
それ以来、剣の練習は全くしなくなった。
剣の扱い方に関しては体が覚えていたけれど、持久力は全くないといっていい。長引けばそれだけレットに不利だ。
額を伝う汗が、目にしみる。
集中が逸れたその時、下がろうとして、地面に落ちていた何かに足を取られた。体が傾ぐ。
あ、と思ったその瞬間には、ギュアンの姿が真上に見えた。
柄を握り直したギュアンが、地面に尻餅をついたレット目掛けて大剣を突き下ろす。
レットは横に転がって剣先を避けた。ギュアンが突き刺さった剣を抜くと、レットの方へ向き直り一歩を踏み出す。
その足を、レットはまわし蹴りで思い切り払った。今度はギュアンが体勢を崩す番だった。
その隙にレットは中腰の体勢のまま地面を蹴っていた。
剣の柄をしっかりと握り、ギュアンの剣に思い切り打ち付けた。大剣がギュアンの手を離れ、宙に舞う。
ギュアンの目が一瞬、その剣の行方を追った。レットが剣をギュアンの喉元に突きつける。
剣先が、ギュアンの首の皮を裂き、ひと筋の血が流れ出た。
「動くなよ」
殺しはしたくない。レットはギュアンがなにかをする前に、短く忠告した。
「おまえっ……」
「俺は、新しいこの国を見てみたい。イルナを渡したくはない。イルナを連れ出した俺が許せないんなら、何度でも相手をする。でも今はここまでだ。俺は用がある。イルナが、最後の能力を賭してまで望んだ未来を手にするために」
「イルナが……?」
「そうだ。だから、俺を行かせてくれ」
本当は、剣をこの位置で固定させることも難しいくらい疲れていた。微かに震える剣先に、ギュアンは気づいたのかもしれなかった。
ふっ、と呆れたように苦笑を零した。
「この体勢じゃあ、俺に許可を得るまでもないだろう。さっさと殺して行けばいい」
「俺はおまえのことを殺すほど憎んでいるわけじゃない。命のやりとりをしたいわけじゃないんだ」
ギュアンが目を閉じた。
「行けよ。俺の剣はどこかにいっちまった。おまえを止めることはできない」
その答えを聞いて、レットは小さく息を吐いた。
そっと剣を引く。
「感謝する」
剣を鞘に収め、レットは雲の中に身を隠すように、駆け出した。




