レット26 黒いローブの男
教会内には、レット、イルナ、リナシェイク、そしてミアの四人が残されていた。
「七年前にわたしが何を視たのか、お話ししましょう」
レットが質問する前に、ミアから静かに切り出す。
「七年前の……あの時に?」
レットが父とホークと三人でニール村を訪れた、あの時。
「そうです」
「でも、それは他言無用のはずですよね?」
五十三番地でも、彼女はその内容について語らなかった。
しかしレットの問いに、ミアがふっと表情をほころばせた。
「真視の乙女を村から連れ出した貴方がそれを言うのですか?」
「あ……」
「禁止事項だから話さなかったわけではないのです。貴方がこの件に深く関わるのがよいことなのか悪いことなのか、あの段階ではわからなかったのです。
けれど今回の襲撃から、村の男衆が王国軍と情報を共有して動いている可能性が浮上しました。
真視の乙女を攫った貴方には国に追われる理由がある。貴方が国を相手にするのなら、知っておいた方がよいことだと判断しました。
この世界と真視の乙女は深く繋がっています。貴方がイルナの傍にいるということは、国の大事に関わるのと同じこと」
「それは、三百三十三年前の戦争のことを言ってるんですか?」
「そうですね。そして今回の戦争も……」
ミアの声が弱々しく闇に吸い込まれる。
レットにはミアが何を言わんとしているのかはっきりとはわからない。自分が無知であることは充分に理解したけれど、それを補う為の時間があまりにも足りない。
どういう意味かと問いたかったが、より大事な話を聞く時間を消費してしまうのではと思うと、訊けなかった。
「王太后は、イリコルア夫人……あなたのお母さまとは従姉妹の関係にありますね?」
「え? あ、はい。そうです」
突然自分の家族の話になったことに驚きながらも、事実なので頷いて肯定する。
「とても仲がよろしかったのだと聞いております。七年前のあの時、イリコルア氏がわたしのところへいらしたのは、秘密裏にマリーさまから依頼を受けてのことだったのです」
「父が、王太后から!?」
「イリコルア氏は商人である立場を利用し、怪しまれることなくニール村へたどり着くことに成功します。ご子息を連れていたこともよい方に作用したのでしょう。マリー様は、王宮内に変化が訪れているのを敏感に察しておられました。陰謀が渦巻き、ひとりまたひとりと忠臣が王宮を去り、得体の知れない黒いものが王宮へ蔓延り始めていることを」
「七年も前から、ですか?」
「そうです。そしてマリー様は子どもや孫の未来を案じておられたのです。マリー様の依頼は、王子たちの未来を視ること。そしてわたしはどなたかが暗殺される未来を視たのです」
衝撃の告白に、レットは息を呑んだ。
「暗殺……」
脳裏に『阿呆どもの胃袋亭』で聞いた言葉が蘇る。
カティ王子病死。
その報せを聞き、リナシェイクは言った。「本当なのか?」と。
カティ王子は王太后の孫にあたる。その王子の死の報を聞き、七年前の真視の内容を知っていたリナシェイクはその死に疑問を抱いた。
その直後、『阿呆どもの胃袋亭』は王国軍に踏み込まれたのだ。
「カティ王子の死因は病気で間違いないらしいぜ。王宮に潜入している仲間からの情報だから信じていい」
リナシェイクがまるでレットの考えを読んだように、即座に否定する。
「この七年間で、王太后の血を引く者のうち暗殺された人はひとりもいないのです。つまり、今後その暗殺が起きるはずなのです」
「けれど、それを止めることはできないんですよね?」
「ええ。ですが暗殺の証拠を掴めば、犯人を追い詰めることができます。そこから一気に現在の状況をひっくり返すこともできるはずです。そうして、今のこの国の在り様を変える。それがアーキュナスの目的です」
「でも、例え犯人を見つけても、それだけじゃあ……」
レットはできるだけ冷静に思考を巡らせる。暗殺犯を見つけ出し、処分する。それが高位の者であればある程、確かに影響は大きいだろう。
その犯人に連なる者たちも、動き難くなるかもしれない。けれどそれでいったいどれほど国を変えることができるだろう。
「ええ。ですが我々には切り札があります」
「切り札?」
「今から二十年以上も前のことです。現エウラルト王ガルトさまには、想いを寄せる方がおられたのです。その方との間にお子さまも誕生しました。けれどこのことが公になることはなかったのです」
「お相手の方の身分があまりに不釣合いだった、とかですか?」
「王妃の輿入れまで数ヶ月という時期だったのです」
王妃はニイエル公国の第一王女で、両国の関係を強固にするための大事な婚姻だった。
確かに、その直前に別の女性が王子を産んだことが公になれば、婚約は破棄、最悪国際問題に発展したかもしれない。
「生まれた子どもは密かに王宮から連れ出され、その後市井で育ちます。そして成長した彼は、王宮の危機を知るのです。彼は自分にできることを考え始めます。そして――」
ミアが一呼吸置く。キィ、と微かに蝶番の音が聞こえ、全員の視線が扉へと集まる。
「そして俺は、アーキュナスを組織した」
キャノアとヒュムを従えた黒いローブの男が、そこに立っていた。




