レット18 国家反逆罪
「動くなっ!!」
鋭い声に続き、バラバラといくつもの足音が店内になだれ込んでくる。
いったいなにが起きてるんだ?
わけがわからないレットは、キャノアの手の力に抗うようにそっと顔を上げた。
「エウラルト軍?」
そこには揃いの軍服を着た男たちが抜き身の剣を構えて立っていた。漆黒のその軍服は、エウラルト王国軍のものだ。
馬鹿ぁっ、と短く呟き、キャノアがレットの頭を更に押さえ込む。
「なんでっ……んぐっ」
キャノアが空いている方の手でレットの口を塞ぐと、姿勢を低くしたまま裏口へとじりじり後退する。
「国家反逆罪の容疑でこの場にいる者全てを連行する。抵抗は許されない。抵抗した者はその場で斬り殺す」
高々と告げる男の声が聞こえた。
国家反逆罪だって?
レットは真視の乙女を村から連れ出した自分のことかと考える。
「……ははっ、国家反逆罪? そりゃあ大変だ。だが、ここはただのさびれた酒場だぜ? そんな大層なことをしでかすようなヤツがいるとは思えねえけどな」
カウンターの陰に体を沈めていたリナシェイクが、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。
確かにちょっと匿ってもらおうとは思っていたがそれは村の男衆たちから逃げるためで、まさか軍を相手にするような大事になるとは思っていなかったレットは慌てる。
何故ここがばれたのかはわからないけれど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
咄嗟にそう判断したレットだったが、すぐにそれが勘違いだと知る。続いてレットの耳に飛び込んできたのは、信じられない台詞だったのだ。
「こんな場所だからこそ、塒にぴったりだった。違うか? アーキュナスどもよ」
男の自信に満ちた声に、レットは耳を疑った。
キャノアの手を振り払い、前に出て行こうとしていたが驚きのあまり動きが止まる。
「アーキュナスだって? 俺たちが? そりゃあびっくりだぜ」
おどけたように話すリナシェイクの足が、小さく動いている。
つま先で床を蹴る音が三度、店の中に静かに、けれど確かに届き渡った。
「なんだ? いったいなんの音――ッ!?」
男の動揺する声に破裂音が被る。
次の瞬間、店内に白い煙が立ち込めていた。
誰かが煙球を割ったのだろう。
「なっ!!」
「こっちだ!」
いつ移動したのか、耳元でリナシェイクの声がした。
ぐいと腕をつかまれ、裏口から外へと連れ出される。
レットから手を離したキャノアもすぐあとに続いている。
幸い、建物の隙間を縫うように入ってこなければならない裏口の方までは、まだ軍の手がまわっていないようだった。
けれど時間の問題だろう。
「どうなってるんだよ?」
「今は説明している時間がねえ」
短く言ったリナシェイクの右手にはいつの間にか鞘に入った長剣が握られている。
「逃げるのか?」
「そうだ」
「でもまだイルナが上に――」
彼女を置いて行くわけにはいかない。
「今は自分のことを考えろ」
非情にもリナシェイクが告げるが、そんなことできるわけがない。
リナシェイクたちに迷惑をかけられないという思いは確かにある。
けれどイルナをここまで連れてきたのはレットなのだ。
ここで放り出すことなど考えられなかった。
「イルナッ!! イルナ――ッ!」
レットは二階のイルナが寝ているはずの部屋へ向かって大きな声で呼びかけた。
あそこから飛び降りることができれば、一緒に逃げられる。
けれど窓が開く様子もなければ、イルナの姿も見えない。まだ寝ているのかもしれない。
「こら、馬鹿あっ! 連中に気づかれるでしょー!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。イルナはひとりであそこにいるんだ」
キャノアに言い返しながら、腕をつかむリナシェイクの左手を振り払う。
店の中から、剣戟が聞こえた。
それが引き金になったように、金属の激しく撃ち合わされる音が響く。
煙が薄くなって、戦闘が始まったのだろう。
「リナ、急がないとまずいわよぉ」
「急ぎたいのは山々だが――どうやらそう上手くはいかねえみてえだぜ」
リナシェイクが通りへと続く路地へと目を向ける。
近づいてくる足音があることに気づき、レットは唇を噛んだ。
もう来たのか。
これで退路を断たれたことになる。
戦おうにも、レットは武器を持っていない。
持っていたところで、レットに軍人と戦って勝てるほどの腕はない。
それでも、やるしかなかった。
村からイルナを連れ出したレットには、彼女を守る義務がある。
リナシェイクがすらりと剣を抜く。
小さく息を吐いたキャノアが、懐から細い筒のような物を取り出すのが見えた。吹き矢だ。
「レットはここでじっとしててねぇ。連中はなんとかするからぁ」
キャノアが前方を見据えながら言う。
リナシェイクもキャノアも、戦う覚悟ができているのだ。
ふいに、脳裏に別れ際のミアの顔が浮かんだ。「イルナを頼みます」と告げる彼女の、不安そうな表情。
そんな彼女に、レットははっきりとうなずき返した。
自分のすべきことは、明らかだった。




