レット12 兄の友人
リナシェイクはもともとホークの友人だった。
兄に連れられて『阿呆どもの胃袋亭』に出入りするうちに、レットも顔見知りになったのだ。
「ホークってのはなんでもできるやつでさ、親父さんもレットもそりゃあ頼りにしてたんだぜ」
『阿呆どもの胃袋亭』二階の一室にレットたちを案内したリナシェイクが、開け放した窓の外をぼんやりと眺めながら言った。
イルナにホークのことを聞かせようというのだろうか。
案内されたその部屋は綺麗に掃除されていた。
『阿呆どもの胃袋亭』は食堂――というのはおこがましい、夜間しか店を開けない酒場なのだけれど、二階には二部屋ほど客が泊まれる部屋があることをレットは知っていた。
レットとホークの家は、ザックから二日ほど馬を走らせたタルーナという町にあり、ホークはザックに来た時には大抵この部屋に泊まることにしていたからだ。
ランフェル山の麓からザックまで来るのに五日かかったけれど、それはイルナを連れていたからで、レットだけなら片道三日半で駆けられる。
更にザックから騎馬で一日半ほど、大陸地図で見るところの左の方向へ進むと、エウラルト王国の王都エウニアがある。
「弟の俺が頼りないから、余計にね」
レットは苦笑しながらリナシェイクのあとに続けた。
「まあな。おまえいつも反応が鈍いっつーかのんびりしてるっつーか、商売には向いてねえ性格してるもんな」
「ひどい言われようだ。事実かもしれないけれど、せめてもうちょっと気を遣った言い回しをしてくれてもいいだろ」
「俺にそんなものを求めるほうが無茶ってもんだぜ」
レットの抗議は、リナシェイクに笑い飛ばされて終わりだった。
「……一応、これでも勉強してはいるんだけどさ」
たったふたりの兄弟なのだ。
兄が帰って来なければレットが家業を継ぐしかない。
父親は、無理をしなくてもいいと言ってくれている。が、色々と考え始めると止まらなくなり、結局いつまでも迷いが吹っ切れない。
「それでもまだ決心がつかないから、三年経った今になってまたホークを捜し始めたんだろうが」
レットはその言葉に驚き、リナシェイクの顔を凝視した。
「なんでわかったんだ、みたいな顔すんなよ。おまえの考えてることくれえ、お見通しだっつーの」
レットは俯いて、小さく息を吐いた。
リナシェイクに会うのは久しぶりで、最近は連絡のやりとりすらしていなかった。
そのリナシェイクに考えていることを一発で見抜かれる不甲斐なさに、レットは落ち込む。
「……こんなにあっさりと見破られるようじゃ、やっぱり商人になるのは厳しいかな」
レットは改めて実感し、嘆息した。商売をするのなら、はったりをかませるくらいの度胸が必要となる。考えていることが相手に筒抜けでは、話にならないだろう。
イルナは黙ってレットとリナシェイクの会話を聞いている。ティルシャも時々顔を動かすくらいで、鳴き声ひとつ立てない。
部屋に沈黙が落ちる。
「ともかく、俺はもうレットのことはとっくに割り切ってんだ。今更蒸し返す気はねえぜ」
「そんなっ! 確かな証拠もないのに……」
「三年経っても見つからねえんだ。生きてると思う方がどうかしてるぜ」
「でも……」
「部屋くれえ貸してやるが、ホーク捜しに協力するつもりはねえ。ホークは死んだんだ。いつまでも未練たらしくホークにすがってんじゃねえよ。きっぱり諦めな」
リナシェイクの言葉に、レットは唇を噛む。
ホークは生きている。
そう信じているはずなのに、死んだんだと告げられその気持ちは簡単に揺らいでしまう。
「なんでそんなこと言うんだよ……」
薄情者、とリナシェイクを罵りたかった。あんなに仲が良かったじゃないか、と。
けれど――。
「その方がおまえのためだからだ」
その声音からリナシェイクがレットを心から案じてくれているのだということがわかり、
レットは口をつむぐしかなかった。




