最終話
大臣の一人娘、メアリ=グローリエに恨みを持つ某とやらが復讐のための人質としてわたしを狙ったらしい。警備兵の尋問であっさりと黒幕まで判明して一網打尽とばかりに捕まったそうだ。麻薬密売組織が云々、功績が云々だそうだが面倒くさくて聞き逃した。
かなりの大捕物になったらしいがわたしからすれば全く興味のない事だ。ピエロは犯罪結社の大物らしく其の身柄を奪還するべく鉄砲玉と監獄の警備兵が激戦を繰り広げているそうだがこれも如何でもいいことだろう。
ちなみに路地裏の被害については全てピエロに被って貰った。個人でどうにかなる問題じゃ無かったんだもん。
大きい事と言えば事件を知ったお父さんとお母さんどころか新婚ほやほやの姉二人とその旦那さんもが予定を早めて実家に戻ってきてたことか。
出会い頭に抱きしめられて心配したと声を掛けられた。全く大袈裟なのだが婚約者に守って貰ったと言うと両親は目を丸くしたのだ。
「もう調査はいいのですか、お嬢様」
「もう十分よ」
別のあのアルバート(仮)は悪い奴では無いのだろう。正直言って初対面ならともかくそれ以降は彼が我が幼馴染であると分かっていた。
ただ私の後ろをちょこちょこついて来たチビッ子があんな大きくなっているなっていることにショックを覚えただけなのだ。
まあ認めてやらんでもない、あれは謎のマッスル、アルバート(仮)では無く。わたしの幼馴染、『泣き虫』アルだと。
だから調査隊はもう終わりでいいのだ。
「でもアル、大きくなり過ぎよね、どうすればあそこまで成長できるののかしら」
「よく食べて、よく運動したからではないでしょうか」
「わたしだって、よく食べてよく運動してるのよ」
ああと、わたしの胸部を見つめるメイドの態度にピキリと青筋が経つのを感じる。豊かな物をお持ちのメイドに告げる。
「喧嘩売ってるのなら買うわよ」
「いえ、キャベツと鶏肉の量を増やすように致しますね。それと、婚約についてですがねぇ」
両親は婚約についてそもそも反対らしく姉さんたちを味方につけて、お爺様と舌戦を繰り広げたのだ。圧倒的に不利にも拘らず、しかし御爺様は頑固に首を振らなかった。議論は白熱し物理交渉にまで発展しかけて。
そんな会議の流れを変えたのはわたしの一言であった。
「このままでいい」
まあもう少しだけ様子を見てもいいだろう。風除けとして使えるし、理想の王子様が現れるまで婚約者で居ようではないかと。
そう伝えると、お爺様を弾劾する家族会議はわたしの晒し挙げ酒宴へと姿を変えたのだ。
「お嬢様、顔が真っ赤で御座いますよ」
「うるさいわよ」
メイドの揶揄に思わず反論する。あれこれ言われたらそりゃあ恥ずかしくもなるわ。下世話な女子トークに振り回されて本当に辛かった。
「何処を好きになったのか」とか甘酸っぱい質問をそう云う訳では無いと否定しているうちは良かった。いや良くは無いがマシだった。
酒が回るとそういう甘酸っぱい問はとたんに消えて。聞いてる方が辛い下ネタトーク満載、セクハラ待ったなしの晒し挙げ女子会となり。
義兄二人と父さんと御爺様、つまり男衆はすぐに姿を消してわたしは酒の回った酔っぱらいの相手。
本当に辛かった。
「準備が出来ました」
「そう、ありがとうね」
今日は以前から約束していたお茶会だ。
「本日はお招き下さり感謝します」
「そういうかたっくるしいの良いからアル。もっと気楽でいいわよ」
守ってくれたお礼がしたいと言う私に婚約者を守るのは義務と言い切ったアルはしかし、少し悩んでお茶の一杯でも付き合って欲しいと言い出したのだ。
そしてお金のかからないお願いに内心ほっとして、わたしはそれを快諾したのだ。
「うっぷ」
用意した極渋の紅茶を飲んで涙目になるアルを見て変わらないなと思う。苦かったらミルクでも砂糖でも入れるように頼めばいのに遠慮しちゃって出来ないあたり昔のままだ。
そもそも牛乳で割る様に濃く入れたのだからストレートで飲むようなものでは無いのに。本当に変わらない。
もしかして遠慮では無くかっこつけているつもりなのだろうか。それならわざわざそんな事をしなくてもいいだろうに。
今日のわたしは出来る貴族令嬢だ。ホストとしてお客さんが気持ちよくお茶を楽しめるように手を尽くそう。まずはアルのお茶に砂糖とミルクを入れなくては。
今日からメイドに頼んでいろいろ習い始めたのだ。『泣き虫』の半年先の誕生日までに編み物を習得しなければならないから。
だが、こういうのもたまになら悪くは無いとそうニヒルに笑うわたしは知らなかった。こいつが学校にやってきて阿鼻叫喚の大騒動を引き起こすだなんて未来を見通す事なんで出来ないわたしにとって知る由も無かったんだ。