表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

王都と教会2

 検問所に来たその人はその場にいた人間の視線を一身に受けていた。

 長い黒髪を簪で一つに纏め、肩から手首にかけてレース地になり胸からは光沢のある薄布のロングのドレスを身に纏い。綺麗に整った顔にはゆるく弧を描く目と口。白い肌に細い身体。

 晒したうなじに下がった首飾りは喉仏の下にピタリと嵌り、先にある透明な石が銀の細工を周りに侍らせ、揺らめきながら己の主張をする。

高いヒールを履いたその背は、目の前にいた衛兵長を超えて彼を見下ろしながら、手にしていた紙を差し出した。


「はい、紹介状。あとうちの娘たちは馬車の中に三人いるわ。寝ているけど」


 声色と体格から察するに男性なのだろう彼は、ちらりと馬車に視線をやる。

 渡された紙にはスチュワート領にいた時の居住地が書かれ、ちゃんとした判も押されている。そして、親の無い三人の娘を引き取って育てている事も書かれていた。そっと馬車の中を確認すると少女が三者三様といった形で就寝していた。


「よし、確かに。娘が三人では何かしら苦労もあるだろう、何か困った事があれば衛兵の詰め所まで相談に来てくれ。それと人攫いも多い、こちらも気をつけてはいるが良く良く用心してくれ」


 ロディルはマザーの姿を見ても動じずに、むしろ女性として扱う衛兵長に感動さえ覚えながら、見知った衛兵に軽く挨拶をしながら御者台でその様子を眺めていた。


「あら、ありがとうございます。こちらでは酒場をやる事になっているので是非ともお仕事帰りにお越し下さいませ」


 紹介状を、返して貰いながらマザーはそう言って周囲を見回してお辞儀をした。頭を上げて、もう一度お礼を言うと先程までいた御者台では無く、身を屈めながら馬車の中へと戻って行く。


「じゃあ、教会までよろしくねー」


「おう」


 ロディルは馬車の中から聞こえたマザーの声に返事をしながら門を潜り、王都へと入る。

 朝も早く人はポツポツとしか居らず、馬車の数も少ない。

 そうして、手綱を握り彼は馬を進めだした。

 

「ほら、アンタたちも起きなさい」


 マザーの声に馬車で眠る娘たちは、それぞれ、もぞもぞと動き出す。

 スヴィトラーナは寝起きが良い。座って眠っていたからというのもあるが軽く服装を整えるとマザーから具材入りのパンを受け取り、食べ始める。

 アンジェラは毛皮を頭から被っていた所為で見事な金の髪が乱れ、もっさりと跳ね上がり目をゴシゴシと擦っていた。大きく胸元が開いた服は肩から袖がずり下がり、皺が出来るからとスカートを脱がせ、ロングドロワーズのみの格好。

 マザーは少しだけ困ったように眉を下げて溜め息を吐いた。


「アンジェラ、胸見えるわよー。スカート脱いでおいて良かったわね、その寝方じゃ皺だらけだろうし」


 折り畳んでおいたえんじ色の長めのスカートを、若干ぼんやりとしている彼女に渡し、ながらぼさぼさになった金髪を撫で付ける。


「そう・・・ですわね・・・マム、櫛かブラシはありまして?整えます・・・」


「私用の櫛でいーい?」


 マザーは懐から柘植の櫛を取り出して、アンジェラへと渡し、最後の一人へと目を向けた。

 鈴玉は簡単な肌着とスパッツのみで大の字になってバタバタとしている二人の姉の物音に動じる事も無く寝ていた。

 マザーは彼女の脇を掛けて、ひょいっとその身体を持ち上げてぶんぶんと上下に揺らす。


「りーんーゆー、起きなさい」


「んん~、あと五分・・・」


「私も支度したいんだから、起きなさい。起きないと『思いっ切りハグの刑』にするわよー」


 毎朝、同じ様なやりとりをしている二人の事を、両頬を膨らませてもぐもぐとパンを頬張るスヴィトラーナと、完全に目を覚まし身支度を始めるアンジェラは微笑みながら眺める。


「んむー・・・」


 のろのろを起きて、ゆったりとした民族服を頭から被りながら鈴玉は馬車から頭を出して、チラリと御者台を覗く。


「ロディルさん、おはよー」


「おう、髪酷えぞ。てか、服ちゃんと着ろよ」


 馬車を操るロディルの声をかけながら、キョロキョロと周囲を見回す。

 舗装された道にレンガ造りの建物が目立ち、朝市に向かう途中なのか食材や雑貨を乗せた手押し車を押して移動する人々が多い。


「これ王都?」


「ああ、まだ朝早いから人は少ないけどな」


 そう答えながら、ロディルは大きく一つ欠伸をした。


「鈴玉!髪編み直しますからこちらに来て下さいまして?ほら朝ご飯でしてよ」


 馬車の中からアンジェラの声が響き、鈴玉は名残惜さそうにしながら馬車から頭を引っ込めた。

 中では、横座りをしたマザーがポーチから小さな瓶に入った紅や粉、墨と筆を取り出して手鏡をスヴィトラーラに持って貰い化粧を施している。


「マーチは素っぴんでも美しいから化粧をする必要は無いと思うのだが。いや!もちろん化粧をした後のマーチの絢爛さは確かに素晴らしいものがあるし否定している訳ではない」


「分かってないわね、スヴィトラーナ。小娘たちには分からないわよ、自分を装い、飾り立てる楽しさは」


「マム、スヴィに言っても無駄でしてよ。筋肉馬鹿ですもの。鈴玉、頭を動かさないで下さる?」


 そう言ってふふん、と鼻で笑いながら鈴玉のぼろぼろになったお団子を解き、髪を梳き始めたアンジェラに、スヴィトラーナが舌打ちをした。

 本当この二人は何かあればすぐに喧嘩をするわね、と心の中で溜め息を吐きながらマザーは軽く粉を瞼に置いた後に目尻に指で紅を乗せ、筆で黒のラインを描く。

 教会までの小一時間、娘たちの言い合いと、ふざけ合いの五月蝿い馬車の中を、心地良く耳を傾け、ふわりと、それでも紫の瞳に寂しげな色を宿しながらマザーは微笑んだ。

 首飾りの透明な石に彼はそっと手を添える。


 嗚呼、亡くした友人の声が前まではこの喧噪の中にあったというのに。


「・・・ええ、仕方無いわね。仕方無い」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ