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第1話「愛のキューピッド(ただしかなりのポンコツ)」(第1エピソード)

挿絵(By みてみん)


天界にそびえ立つ白亜のオフィスビル。その一角にある「株式会社ラブリーカンパニー」愛結課のフロアには、朝からヒステリックな怒声が木霊していた。


「……のえるさん? 聞こえてますか、のえるさん!? 応答しなさい、のえるさん!!」


透き通るような白磁の肌、理知的な切れ長の瞳。普段であれば誰もが見惚れる天界のエリートキャリア美女、愛結課係長・ちえるは、いまや般若のような形相で天界専用通信端末の画面を睨みつけていた。額には青筋がピキピキと浮き出ている。

この現場査定さえ無事に満点で通れば、彼女には輝かしい未来が待っていた。

社内でも花形とされる中枢部門「第三課」への希望転属ルート。そこには、彼女が心から愛してやまない最愛の彼氏・はえるが待っているのだ。

ここ三ヶ月、遠距離勤務と激務が重なり、まともなデートはゼロ。スキンシップもゼロ。当然、夜の甘い触れ合いなど夢のまた夢。極限まで溜まりに溜まった欲求不満と胃痛を抱えるちえるにとって、この案件は何としても成功させなければならない生命線だった。

だというのに、その命運を握る現場担当が、あの絶望的な問題児・のえるだった。


「配置指定時刻からもう一時間以上過ぎてるんですよ!? なぜ貴女はふわふわした雲の上でヨダレを垂らして居眠りなんてしていたんですか!? 葵さんに別の男子生徒が急接近してるんです! 今すぐ現場へ突入して、引き離しなさい!!」


キーキーと画面に向かって叫ぶちえるの手元で、端末が甘ったるい電子音を鳴らした。


『ピロン♪』


画面の最上部に、特別通知のポップアップが表示される。


【はえる:今日も仕事お疲れ様。早く第三課に来て、毎晩きつく抱きしめたいな】


「…………っ!」


ちえるの引き攣っていた表情が、わずかコンマ一秒でとろけ崩れた。

耳の先まで一気に朱に染まり、彼女は周囲の部下たちの視線も忘れ、通信端末を両腕でぎゅっと胸元にかき抱く。


「……っ! 抱きしめたい……? はえるさんが、私を……! ああもう、待っててくださいまし、今すぐその胸板に飛び込みたい……! 毎晩だなんて、そんな、私の身体が持ちませんわ……ああんっ!」


フロアの同僚たちが生温かい視線を向けてくるのを感じ、ちえるはハッと我に返った。ゴホン、とわざとらしく大きめの咳払いをひとつ落とし、眉を吊り上げて端末に怒鳴り散らす。


「……コホン! とにかくのえるさん! 失敗したら絶対に承知しませんからね!!」


◇◆◇


ところ変わって、人間界。とある県立高校の旧校舎。


「はぁ、はぁ……! むっか〜! 天界ナビのバカ野郎なのだ、あんなデタラメな近道を教えやがって! ぷんぷん!」


銀髪の姫カットを汗で額に張り付かせながら、のえるは息を切らして旧校舎の薄暗い廊下へ滑り込んだ。

履き慣れない人間のローファーで全力疾走したせいで、天界から支給された神力ゲージは早くも少し目減りしている。だが、背中の矢筒には純愛を強制成就させる必殺の光の矢「ラブリ〜〜〜シュート!♡」が、きっちり三発装填されたままだ。


「でもでも、まだ中に人の気配がするのだ! セーフ! ギリギリセーフなのだ!」


のえるは胸を撫で下ろし、勝ち誇ったように腰に手を当てた。


「ふふん、ボクにかかればこんなミッション朝飯前なのだ。『のえるんパワー!』でライバル男をサクッと吹き飛ばして、幼馴染の翔太と葵をくっつけて、天界へ凱旋帰国なのだ〜!」


勢いよく空き教室の引き戸に手をかけ、ガラッと開けようとした――その瞬間だった。

建付けの悪い木製ドアの隙間から、耳を疑うような音が漏れ聞こえてきた。


「……んっ、あ……っ……や、だ……っ」

「おい、力抜けよ……もっと奥まで入れさせろ」

「ああっ……! んんっ……!」


押し殺したような、しかし酷く艶っぽい少女の吐息。

重なり合う衣服が擦れ合う、生々しい布擦れの音。そして、湿り気を帯びた肉と肉がぶつかり合う、鈍い水音。


「……あれ?」


のえるの手がピタリと止まった。

頭の上にハテナマークを浮かべながら、そっと建具の隙間に大きな銀色の瞳を寄せる。

西日の差し込む、埃っぽい放課後の空き教室。

散乱した机と椅子の奥で、信じられない光景が繰り広げられていた。

清楚で真面目、誰もが認める優等生のはずの葵が、教卓に両手をついて背中を弓なりに反らしていた。捲り上げられた制服のプリーツスカート。白く露わになった太ももの間へ、不良っぽい風貌の男子生徒・蓮が背後から乱暴に腰を打ちつけている。


「う、嘘でしょ……?」


葵はシーツのように教卓の縁を爪が白くなるほど握りしめ、やがて背中を震わせながら仰向けに倒れ込んだ。蓮の荒々しい攻め立てに抗うこともできず、初めて訪れる激しい快楽の波に呑まれ、助けを求めるように虚空へ手を伸ばしている。


「うっ、わぁ……スゴイのだ……!」


本来なら、今すぐ奇跡を起こして扉を蹴破らなければならない。

愛結課のキューピッドとして、純愛を守るために割って入り、二人を引き離すのが彼女の任務のはずだった。

だが、のえるは両手を頬に当て、隙間にへばりついたまま固まっていた。

瞳をらんらんと輝かせ、荒い息を呑みながら、生々しい男女の交わりを穴が開くほど見つめている。一秒たりとも見逃すまいと、唾を飲み込むことすら忘れて凝視していた。

やがて事の終わりを迎え、乱暴な息遣いだけが教室に残された。

葵は乱れた制服のまま、首筋から耳の先まで真っ赤に染め上げ、手で口元を押さえて床を見つめ硬直している。その隣で、蓮は満足げに鼻を鳴らし、気だるそうにワイシャツのボタンを留め直していた。


「ふぅ……っ。な、なかなか良いものを見せてもらったのだ……」


のえるは息を整えながら、熱を持った自分の内股をそっと擦り合わせた。

制服のスカートの奥、下着のあたりがじっとりと湿り気を帯び、身体の芯がじんわりと疼いている。実のところ、のえるはおませで、こういうエッチなシチュエーションが大好きだった。勢いと思いつきだけで突っ走るポンコツではあるが、その手の好奇心と素質だけは無駄に一流なのだ。


「……てへ。ごちそうさまなのだ……」


頬を朱に染め、夢心地で恍惚の余韻に浸っていた――その刹那。


「…………ハッ!?」


のえるの全身から、一瞬で血の気が引いた。


「い、いけないのだ!! ボク、何を見入っちゃってたのだ!?」


我に返り、激しく首を振る。

出掛けに髪のハネを気にしたり、メイクを手直ししたりして大遅刻した結果、ターゲットの少女は別の男に処女を奪われ、完全に事後。目の前には、予定にない新カップル(肉体関係)がすでに成立してしまっている。


「まっ、まずいのだ! これじゃちえる係長に殺されるどころか、天界の法廷に突き出されてしまうのだ……! どうしよう、どうしよう……!」


パニックに陥ったのえるは、背中の愛の弓をひったくるように引き抜いた。

取扱説明書にびっしりと書かれていた警告文のことなど、綺麗サッパリ頭から吹き飛んでいる。


「こうなったら力押しなのだ! いっけぇぇぇぇ! とりあえず元の気持ちに戻れぇぇぇ! ラブリ〜〜〜シュート!♡」


ピシュン! ピシュン!

廊下から教室の二人に向けて、光の矢を立て続けに二連射した。

だが――。

バヂィィィン!!

乾いた破裂音が響いた。

純愛のレールを踏み外した葵と蓮の身体に触れる直前、光の矢はガラス細工のように粉々に砕け散り、火花となって虚空へ消え失せた。


【ラブリーシュート残弾:1 / 3】


「……へ? な、なんで弾かれるのだ……!?」

『――ちえる係長の範疇を超えているぞ』

「……えっ?」


頭上から響いてきたのは、廊下の木造建築そのものを激しく軋ませるような、圧倒的で重厚な威圧感を放つ声だった。


「ハッ……こ、この神々しくて心臓が縮み上がるようなお声は……採用試験の最終面接と、入社式でしかお目にかかったことのない……神様社長なのだーーーっ!?」


叫んだ瞬間、のえるの足元の床が黒い渦を巻いてぐにゃりと歪んだ。

天界本社直通、最高権限による強制転送ゲートがパックリと口を開ける。


「ふぎゃあああああああああっ!?」


悲鳴とともに、のえるの小柄な身体は底知れぬ穴の底へと吸い込まれていった。


◇◆◇


天界・ラブリーカンパニー代表執務室。


ズドォォォォォォン!!!!


転送ゲートから転がり出たのえるの鼻先数センチのところで、最高級大理石でできた巨大なエグゼクティブデスクが、凄まじい轟音とともに真っ二つに叩き割られた。


「この大バカ者がぁぁぁぁぁーーーーーーッッッ!!!!」


仁王立ちし、頭から猛烈な湯気を立ち上らせているのは、ラブリーカンパニーの最高権力者――神様社長その人だった。

そのすぐ隣では、愛結課のちえる係長が両手で胃袋を強く押さえ、顔面を土気色に変えて過呼吸寸前で床に崩れ落ちている。


「のえる!! お前というやつは、ラブリーシュートの取扱説明書を一行でも読んだのかぁっ!? 成功率がゼロに振り切れてる相手に撃ったって、拒絶反応で弾かれて消滅するって、表紙の裏に太字の赤ペンでデカデカと書いてあるだろうがぁぁっ!!」

「もっ、申し訳ありません社長さまぁぁぁぁ(滝のような大汗)!!」


のえるは床に額をめり込ませる勢いで土下座した。

しかし、神様の怒りの雷鳴はまったく止む気配がない。


「出がけのメイクに時間をかけて配置時刻に一時間の大遅刻! 現場に着いたと思えば止めもせず特等席でガン見してミッション完全破綻! パニックになって貴重な天界リソースの矢を二発もドブに捨てる! 遅刻! 鑑賞! 浪費! なんで初手から最悪の役満三連コンボを叩き出してんだこのポンコツ天使がぁぁーーーっ!!」

「うぅ……っ、か、かなぴー……!」

「私の……私の第三課への転属が……はえるさんとの甘い新婚生活のような夜がぁぁぁ……」


社長の怒号と、ちえる係長の魂の抜けたような絶望の嗚咽が、破壊された執務室の中にどこまでも虚しく響き渡っていた。



(第1話「愛のキューピッド(ただしかなりのポンコツ)」おわり / 第2話へ続く)

メインヒロインのひとり落ちこぼれ天使のえるが歌う、

「ラブリーエンジェル ~ 幸せを呼びキューピッド ~ 」の前期OP主題歌です


『ラブリーエンジェル ~ 幸せを呼びキューピッド ~ 』


架空アニメ 「ラブリーエンジェル ~ 幸せを呼びキューピッド ~ 」OP主題歌


歌:のえる


https://suno.com/s/QugZZNIWJOYGoGSY

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