005 或いはそれは戦いの中(1)
「さてと、戻ろうか」
数分とフランの抱擁を楽しんだシオンはフードを目深に被って、五階層横の扉をギィと強く押す。四畳程度の狭い空間の中に一つの魔法陣があるだけの簡素な場に、彼はフランの手を取って中心へと向かう。
一瞬、淡い光が周囲を包んだかと思うと周囲の景色が彩りのあるものへと変化する。入ろうとした時に見た景色、ダンジョンの入口であった。
「これが、ポータルか」
「はい、入口に簡単に戻る事が出来るダンジョンが所持する特有のアーティファクトです。一度でも入れさえすれば入口から容易に飛ぶ事が出来る優れものと言っていいものですね」
そう口にし、指差した先には似た魔法陣が描かれているのをシオンは確認した。ファンタジー、とはいえ、通じない事を口にしたところで面倒だとシオンは小さく溜め息を吐いて視線を奥へと向かわせた。
「竜の回収にいかないとね。それと」
「近場にゴブリンの生息地がありますが、そちらで問題ありませんか」
「用意周到、この上ないな。助かるけど」
微笑み右手を引くフランの言葉にシオンはヤレヤレと視線を落とす。だが、その頬は少しばかり綻んでおり、同時にフランの引く手は少しばかり強くなる。
「ギャゥ!」
「待っていたか! 遅くなってごめんな!」
到着早々、頬を擦り付けて来る様にシオンは笑みを強くし、その喉元を軽く撫でてみせる。微かな吐息が漏れたかと思うと首を上へと向けた姿に、フランは小さく溜め息を吐いた。
「私相手なら気にしない、と」
「グルゥ!」
苛立ちの籠った声に対して竜は一鳴きしてシオンへ潤んだ視線を向ける。その様子に愛護の心でも宿ったのか、シオンは両頬に手を当てて軽く撫でるとフランを睨み付けた。
「僕の竜を虐めないでくれるかな」
「はぁ……まぁ、構いませんよ。貴方とは違って私はシオン様の護衛……居られる時間が桁違いなのですよ」
「チッ」
フッフッフと悪い笑みを浮かべながら器具を外す姿に竜は小さく嘶いた。その様子を微笑ましく見守りながらシオンは頬を撫で、背中へと乗って手綱を取る。軽く屈んで乗りやすくしてくれた優しさ、それに対して頭を一度だけ撫でてから小屋を出たフランの後を着く。
ルールの街から見て左側、道無き道を剣を振るいながら走るフランに対して後を追うシオンは楽々と進めていた。足元に生える微かな草木すらも切り刻む姿は、騎士と呼ぶより獣と呼ぶ方が近いだろう。
「すごいな……」
感嘆の声、漏れたのはフランの異常性からに他ならない。竜を操りながらも剣を振るい、ましてや、シオンへ切った草木が被らないようにと道の端へと灰に近い残骸すら弾いているのである。
「ありがとうございます。ですが、シオン様もこの程度ならば容易に行えるようになりますよ」
「いやぁ……それはさすがに無理かなぁ」
フランの言葉にシオンは頬を掻いて笑った。
冗談や世辞、その一言で括るには彼女の目は真っ直ぐに彼を映している。大き過ぎる期待ではあったが否定のみで留めたのは受け入れる覚悟があるからであった。
それを察してか、フランは立ち止まって剣を鞘へと戻す。彼女の姿にシオンは右手で鉄の剣を構えてから左手にある拳銃を上空へと撃ち込んだ。
「ギィギィ……」
嫌な声、悪臭……醜悪の権化とも呼べそうな四体のゴブリンが姿を表すのと同時に、一体の脳天から大量の出血が巻き起こる。
「悪いけど、少しだけズルをさせてもらった」
銃術、ダンジョン内での暇な時間の中で見付けた銃専用のスキルである。効果は銃による火力の増強と命中精度の向上、その二点のみしか書かれてはいなかったものの今の彼からすれば喉から手が出る程に欲しいものであった。
拳銃の反動から少しばかり後方に体が寄れた……が、同時に竜が走り出した。それによって前方へ引かれた体に合わせてシオンは剣を構え直す。
「ギィ……!?」
横を通過しただけ、その中でシオンはどうにか一体のゴブリンの首を切り落とす。残り二体、どちらも困惑と恐怖の感情を視線に宿しているが、逃げる事すら出来ない事をシオンは理解していた。
対面で竜に乗りながら様子を伺うフラン。
二方向を押さえられたゴブリンが出来る事といえば向かうか、空いた左右の草木で塞がれた空間を無理やり進むしかない。
その様からシオンは剣を鞘へと戻した。そのまま体を竜へと預け、右手へ拳銃を持ち替えてから左腕を竜の首元へと巻き付かせる。狙いという狙いは定められない……だが、その目に迷いは無かった。
ダンダンと二発の発砲音が響く。
同時に負けない大きさの拍手の音が響いた。
「お疲れ様です。シオン様」
「この程度では疲れないよ。それに……この子のおかげで少しも怖くなかったからな」
初めて魔物と対立した時の恐怖、軽い足の竦みは未だにシオンの脳裏に残っていた。今し方と対面した時も何も思わなかったとは彼も言えないだろう。確かに微かな恐れがあったのである。
とはいえ、自身を激励するために撃ち込んだ銃弾は信頼の現れとなった。無理やり走り出して体勢を戻させた竜の行動は優しさと、共に戦う意思の提示でしかないのである。
「次へ行こう。まだまだ帰るには早いだろ」
「そうですね。ええ……その通りです」
シオンの言葉にフランは優しく微笑んだ。
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