第9話「決死の救出」
崩れた塀の影で、俺は一度だけ深呼吸した。
窓の向こう。
薄暗い部屋の中で、ガイが床に転がっている。
殴られて、蹴られて、笑われて。
顔も腕も脚も、あちこちが赤黒い。
縛られたまま泣いている少女が見えた。
口を塞がれて、声にならない声を出している。
(……最悪)
デンが、唇を噛んだ。
「ガイ……」
「見るな」
俺は低く言った。
「今から回収する。それだけ考えろ」
デンが頷く。
目が揺れている。
「……どうやって入るんだ?」
「窓ぶち破る」
「……は?」
俺は窓枠に手をかけた。
「合図したら入れ。作戦通りやるぞ」
「……分かった」
(よし、今だ!)
俺は窓を——叩き割った。
ガシャァン!!
破片が飛ぶ。
部屋の空気が凍る。
男たちが振り向いた。
「誰——」
その視線が俺を捉えた瞬間、腰が鳴った。
『敵対個体による認識を確認』
『観測完了』
『変身可能です(ポーズ必須)』
(来た)
俺は半歩踏み出し、腕を振り上げる。
「——変身!!」
ドン、とBGM。
「クソうるせぇ!!」
光が弾ける。
次の瞬間、俺は変態になっていた。
キラキラマスク。黄ばんだタンクトップ。赤いブリーフ。
(ここでこの格好になるの、ほんと終わってる)
男が固まって呟く。
「……なんだ貴様」
「見るんじゃねえ!」
俺は即答した。
男が怒鳴る。
「てめぇ!!」
ナイフが飛んでくる。
俺は避けて、間合いに入った。
軍手をつけた拳で腕を叩き落とす。
「臭っ!?」
臭いで怯んだ隙に、腹に一発。
男が沈む。
二人目が棍棒を振り上げる。
俺は踏み込み、肘で顎を跳ね上げる。
倒れる。
三人目。
四人目。
人数が多い。
(長引くとまずい)
俺は叫んだ。
「デン!! 入れ!!」
窓の下からデンが滑り込む。
震えてる。でも動いてる。
「行け!!」
デンが少女の縄へ向かう。
俺はガイの前に立った。
ガイが必死に顔を上げる。
「……妹をたすけ……」
「黙ってろ。今は喋るな」
俺がガイの肩に手を置いた瞬間、奥の扉が開いた。
「何だ騒——」
別の男が顔を出す。
俺を見て、固まる。
「……は?」
「見んじゃねえ!!」
俺はそいつも殴った。
デンが叫ぶ。
「ほどけた!!」
少女の口布が外れ、泣き声が漏れる。
「……にい……ちゃん……!」
ガイが震えた。
(回収)
俺はデンの方を見る。
「デン!!」
デンが即答する。
「分かった!!」
デンが目を瞑ったのを確認して叫ぶ。
「——ブレイブフラッシュ!!」
白い光が爆ぜた。
閃光。
男たちが目を押さえて転げ回る。
「うわっ!!」
「目が!!」
「見えねぇ!!」
俺はガイを担いだ。
デンが妹を抱えた。
「走れ!!」
俺たちは窓から飛び出した。
*
路地を走る。
息が切れる。
赤いブリーフが風を受けて最悪に寒い。
(なんで俺、ブリーフで走ってんだ)
背後から怒鳴り声。
「追え!!」
「逃がすな!!」
足音が増える。
(もう少しで逃げ切れる)
そのとき、空気が変わった。
重い足音。
一歩ごとに、地面が沈むみたいな音。
路地の奥から、男が現れた。
でかい。
肩が広い。背が高い。
鎧みたいな革と金属。
目が——死んでる。
「……逃がすなと言われた」
デンが、顔色を変える。
「……あっ……こいつは……」
「デン」
俺は即答した。
「二人を連れて、ハンターギルドに逃げろ」
デンが首を振る。
「ダメだ!!さすがにあんたでもバルツには勝てないって! 一緒に逃げようよ!」
「足手まといを庇いながら逃げるのは無理だ」
俺はガイをデンに押し付ける。
「いいから、先に行け! 急いでな!」
デンが歯を食いしばり、ガイを担ぎ直した。
妹と手を繋ぎ、必死に走り出す。
「……ユウヤ!!」
呼び声が背中に刺さる。
俺は振り返らない。
男が俺を見る。
「……ほう、一人か」
一歩踏み出す。
空気が狭くなる。
「てめぇ何もんだ?」
「最後だろうから名乗っておいてやる。バルツだ」
淡々と、殺意だけが乗ってる。
「貴様を殺して……ガキも殺す」
「悪役が台詞上手いのムカつくな」
俺は息を吸った。
(この流れなら名乗りイケるな)
俺は叫んだ。
「俺は、闇を払い光を照らす!
恐れを越えて、救いを掴む!
仮面勇装——マスクド・ブレイブ!!」
『名乗りボーナス発動』
『身体能力が5倍になりました』
俺は地面を強く蹴った。
*
デンは走るしかなかった。
ハンターギルドへ。誰かに頼むしかない。
昨日、ロウが連れてきた大人は「ユウヤ」と名乗った。
正直、胡散臭いと思った。
口が悪い。態度が悪い。
でも——さっき、命をかけて自分たちを逃がした。
あれは闇ギルドのバルツ。
元Cランクのハンター。
この辺に住んでたら誰でも聞いたことがある名前だ。
化け物みたいに強いって言われている。
ユウヤがいくら強くても、勝てない。
……それでも。
デンは走る。
ガイを背負って、妹の手を引いて。
息が焼ける。脚が千切れそうだ。視界が滲む。
(頼む……間に合ってくれ)
背中の向こうで、何かが壊れる音がした。
殴り合いの衝撃が、路地に響いている。
(ユウヤ……)
振り返りたい。
でも、振り返ったら足が止まる。
足が止まったら——終わる。
デンは歯を食いしばった。
(待っててくれ)
(絶対、助けを連れて戻る)
ハンターギルドの看板が見えた。
その瞬間、デンは声が裏返るのも構わず叫んだ。
「た、助けてください!!」
*
名乗りボーナス。身体能力5倍。
……なのに。
(まるで、歯が立たねぇ)
バルツの拳が、壁を砕く。
避けたのに、衝撃が体を揺らす。
俺のブレイブパンチが入る。
——効いてない。
ブレイブキックも入る。
——倒れない。
「……おい、なんだよそれ……」
バルツは眉一つ動かさない。
「弱いな」
言葉が、刃みたいだった。
次の瞬間、腹に拳がめり込む。
「がっ……!!」
息が抜ける。
膝が折れる。
肋が鳴った。
腕が痺れる。
視界が揺れる。
(やべぇ)
俺は立ち上がる。
立ち上がらないと——終わる。
でも、次が来る。
拳が来る。
避ける。
二発目、三発目。
遅れる。
当たる。
一方的な連打。
そして蹴りを受け吹っ飛ばされる。
身体中が痣だらけになっていく。
骨がきしむ。
(くそ……ここまでか……)
そのとき。
腰が光った。
ブレイブドライバーが、やけに明るく告げる。
『クエスト達成を確認しました』
『クエスト:ガイとその妹を助け出せ クリア!』
『ヒーローポイント5を獲得しました』
「……はぁ、はぁ……」
俺は息を吸い込んで、笑いそうになるのを堪えた。
「デンのやつ……やっと逃げ切ったみたいだな」
バルツが一歩近づく。
「何を笑っている」
「笑ってねぇよ……ただ、タイミングがクソすぎただけだ」
俺はベルトを叩く。
カン。
「……ヒーローポイント、使うぞ」
目の前にウィンドウが開いた。
『現在購入可能な装備はありません』
「は?」
追い打ちみたいに表示が切り替わる。
『ブレイブドライバーのアップグレードが可能です』
『アップグレードには5ポイント必要です』
『アップグレードを行いますか?』
『Yes / No』
バルツが不気味に笑った。
「……祈りか?」
「祈りじゃねぇ。課金だ」
俺は息を吐いて、即答した。
「イエスだ……ばかやろう」
『アップグレードを行います』
次の瞬間。
ブレイブドライバーが——光り輝いた。




